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第33章 — 憎しみを生んだ真実
しおりを挟む部屋の中には重い沈黙が満ちていた。
ローズの震える息づかいだけが、静寂を破っていた。
彼女はまだ頬に手を当てていた。そこには母の平手打ちの痛みが残っている。
母親は部屋の中央に立ち、冷たい目で娘を見下ろしながら、ついに口を開いた。
「ローズ、あなたはもう知るべき年齢よ。」
ローズは涙に濡れた瞳を上げ、かすれた声で尋ねた。
「な、何を…知るの…お母さん?」
母はゆっくりと近づいてきた。ランプの明かりが揺れ、彼女の顔を半分影に沈める。
「あなたの父親があの女――メアリーを手に入れる前に、私はあなたを身ごもっていたのよ。」
その声は毒のように苦く、そして冷たかった。
「私は、彼の愛人だったの。」
ローズの顔から血の気が引いた。
「ア、アイジン…?」
「そうよ。」
母は軽蔑を込めて笑った。
「あなたは長女。でも、不義の子として生まれたから、私はあなたを隠さなければならなかった。
私はずっと影の中で生きていたのに、あの女は――」
彼女は拳を握りしめて言葉を切った。
「――すべてを手に入れていた。」
一歩前に出て、母はローズの顔を両手で掴んだ。
「私はね、あの女を死なせたのよ。」
ローズの呼吸が止まった。
「な、なにを言ってるの…?」
「出産のあと、あの女は悲しみに沈んでいた。私は、ほんの少し“手を貸した”だけ。」
冷たい笑いが漏れた。
「そして彼女がいなくなったとき、あなたの父は自由になった。
――私は、ずっと望んでいたものを手に入れたの。」
母は立ち上がり、部屋の中を歩きながらまるでどうでもいいことを語るように続けた。
「三年間、田舎の屋敷で過ごしたわ。あの人と、そして幼いあなたと。
戻ってきたとき、誰も疑わなかった。皆、私を当然のように受け入れたのよ。」
彼女は鼻で笑った。
「本当に、愚か者ばかり。」
ローズの身体は震え、涙が頬を伝った。
母は再び彼女の前に膝をつき、真っすぐにその瞳を見つめた。
「よく聞きなさい、ローズ。あなたは私の娘。
私は自分の地位を得るために、何だってしてきた。――だから、
あなたが私を裏切ることは許さない。
模範的な娘として生きなさい。あのメアリーより、ずっと立派にね。」
ローズはただ頷くしかなかった。
母の言葉が心の中で刃のように響く。
母が去ると、部屋には再び重たい沈黙が戻った。
ローズはベッドに倒れ込み、震える手でシーツを握りしめた。
「メアリーより…立派に…」
その呟きとともに、涙があふれた。
嗚咽が尽きるまで泣き続け、やがて疲れ果てて眠りに落ちた。
胸の奥では、新しい痛みが燃えていた――
恐怖と屈辱、そして嘘から生まれた憎しみ。
──そして、目を覚ますと、もう過去ではなかった。
男の声が聞こえた。
ローズはゆっくりと目を開ける。そこは豪華な城の一室。
目の前には第一王子が立っていた。
シャツの前を開け、余裕の笑みを浮かべている。
「準備は整った、ローズ。」
低く自信に満ちた声が響く。
「計画はもうすぐ始まる。」
ローズはしばらく彼を見つめた。
さっきまで夢のように蘇っていた過去、母の言葉、あの平手打ち…。
(もう、二度と繰り返さない。)
彼女はベッドから立ち上がり、シーツを整えながら冷静に答えた。
「わかりました。私はしっかり演じます。」
王子は満足そうに微笑んだ。
「いいだろう。すべては君にかかっている。」
ローズは鏡の前に立った。
そこに映るのは、もう泣き虫な少女ではない。
涙を力に変えた女の顔だった。
その瞬間、彼女の中で憎しみが形を変えた。
それは――目的となった。
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