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第36章 ―― 王国が沈黙するとき
城の窓から吹き込む風は、鉄と煙の重い匂いを運んでいた。
まるで空気そのものが、哀しみを予感しているかのようだった。
メアリーはまだ涙で濡れた手紙を握りしめたまま、ステファニーの方へと振り向いた。
その瞳は潤み、声は震えていた。
――こんなこと……起こるはずがなかったのに、ステファニー。
兵士たちから、何か聞いたの?
侍女のステファニーはためらいながら、エプロンの上で両手をきゅっと握りしめた。
――はい、お嬢様……。数人の兵士が話していました。
それは……暗殺だと。
メアリーはまばたきをし、息をのむ。
――あ、暗殺……?
――はい。けれど、中には毒殺だったとも言う者がいます。
ここ数日の間に、多くの貴族が殺されたとか……。
何かが起きているのです、お嬢様。
メアリーは拳を握りしめた。
悲しみの重さが、次第に怒りと恐怖へと変わっていく。
――誰か、疑われているの?
――噂では……隣国が疑われているとか。
彼らは王国の将たちを排除して、王権を弱め、クーデターを狙っている――そう言われています。
メアリーは深く息を吸い込んだ。
心臓が激しく脈を打つ。
――そう……。つまりこれは、“悲劇”の仮面をかぶった戦争、というわけね。
彼女は立ち上がり、決意を込めて言った。
――ハイタン殿下に知らせなくては。すぐに。
――はい、お嬢様!
二人は急ぎ足で石造りの廊下を進む。
ブーツの音が乾いた響きを立て、遠くからは慌ただしい声と足音が近づいてくる。
――どうしたの? なぜこんなに兵士が……?
――わかりません、お嬢様……正式な召集も聞いておりません。
メアリーの胸が締めつけられる。
何か、恐ろしい真実が待っている――そんな予感がした。
ハイタン王子の執務室の前にたどり着くと、メアリーは一度深呼吸をして、静かにドアノブへと手を伸ばした。
――失礼いたします……。
扉をわずかに開けた瞬間、室内に漂う沈黙が肌を刺す。
ハイタン王子は窓際に立ち、背を向けていた。
朝の灰色の光がカーテンの隙間から差し込み、その姿を淡く縁取る。
凛とした背中なのに、どこか脆く見えた。
メアリーは一歩踏み出す。
――殿下……ご無事ですか?
ハイタンはすぐには答えなかった。
わずかに肩が震えている。
やがて、低くかすれた声が室内に落ちた。
――……何の用だ、メアリー。
彼女はさらに近づき、王子の頬を伝う光を見つけた。
それは、拭いきれない涙の跡だった。
――あの……手紙を受け取りました。
父と……継母が……亡くなったそうです。
ハイタンは目を閉じた。
重く、張り詰めた沈黙。
まるで時が止まったようだった。
――それは……悲しい知らせだな。
彼がゆっくりと振り返る。
普段は穏やかな瞳が、今は濁り、疲れきっていた。
――だが、メアリー……覚悟しておけ。
――覚悟……ですか? 一体、何の?
ハイタンは深く息を吸い込み、声を震わせながら言葉を絞り出した。
――最悪のことが……起こった。
メアリーの背筋に冷たいものが走る。
――ど、どういう意味……?
ハイタンは虚ろな目で彼女を見つめ、
そして――ほとんど囁くように言った。
――国王陛下と……王妃陛下が……暗殺された。
空気が、一瞬にして凍りついた。
ステファニーが息をのんで口を手で覆い、
メアリーは足元から力が抜けて後ずさる。
――そ、そんな……ありえない……。
国王陛下と王妃陛下が……?
ハイタンは再び窓の外へ視線を向けた。
遠くを見つめるその目は、絶望に沈んでいた。
――城はすでに警戒態勢に入っている。
これから、王位継承をめぐる争いが始まるだろう。
そして……噂でしかなかった戦の火種が、今日、現実となった。
メアリーは胸に手を当てた。
心臓が痛いほどに脈打つ。
――つまり……クーデターが始まったのね……。
遠くで鳴り響くラッパの音が、城の廊下を満たした。
それは、新たな王の即位を告げる音。
だがその響きは、血に染まった新しい時代の幕開けでもあった。
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