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第41章 — 灰の玉座
しおりを挟む地下のトンネルに、重く湿った足音が響いていた。
松明の炎が揺れ、壁に不安定な影を映し出す。
メアリー、ヘイタン、そして彼らに付き従う兵士たちの表情は、皆固く引き締まっていた。
空気は冷たく、息が白く濁るほどに重い。
それはまるで——帝国崩壊の前触れのような静寂だった。
メアリーは片手を剣の柄に添え、息を潜める。
「この通路……どこまでも続いてるみたいね……」
低く呟く声は、岩肌に吸い込まれるように消えた。
先頭を行くヘイタンは、振り返らずに答えた。
「もうすぐだ。」
トンネルはいくつにも分岐しており、頭上の通気口からは遠くの声が漏れてきた。
ヘイタンは手を上げ、全員に停止の合図を送る。
兵士たちは松明を高く掲げ、息を潜めた。
やがて、格子の向こう側から騎士たちの焦った声が聞こえてきた。
「ヘイタン城への攻撃は失敗だ! 防御が突破できん!」
「信じられん……あいつ、ずっと前から準備していたのか? 各地から援軍が押し寄せてる!」
兵士たちは恐怖と焦りに駆られ、足早に走り去っていく。
「……新しい王はどうしている?」
誰かが震える声で問う。
短い沈黙のあと、別の男が答えた。
「無駄だ。もう誰の言葉も届かん……権力に取り憑かれている。」
メアリーはヘイタンを見た。
彼は眉を寄せ、低く呟く。
「……奴らも気づいたか。だが、もう遅い。」
彼らはさらに奥へと進む。
やがて別の開口部から、別の叫びが響いた。
「前線に援軍を! 民衆の暴動が止まらない!」
「了解! すぐに兵を回す!」
地上の怒号と金属音が、地下まで震わせていた。
城門を叩く群衆の叫び。
燃え上がる街の音。
その全てが、帝国の終焉を告げていた。
メアリーは呆然と立ち尽くし、かすかに口を開いた。
「……外で戦ってるのね。」
ヘイタンは冷静に頷き、壁の一部を押した。
石がずれ、隠された通路が現れる。
「その混乱の間に、俺たちは玉座を奪う。」
重い金属音とともに扉が開き、一行はその先へ進む。
広い部屋に出た瞬間、メアリーは息を呑んだ。
「……ここは……かつての王と王妃の間……。」
しかし、そこには何もなかった。
家具も、絨毯も、肖像画さえも。
ただ冷たい石の壁と、過去を失った空間が残るのみ。
「ひどい……」
メアリーは拳を握り締めた。
「彼は……すべてを消したのね……。」
ヘイタンは静かに頷いた。
「奴は過去を壊しただけじゃない。書き換えたんだ。」
そして息を整え、再び指揮官の顔に戻る。
「感傷に浸っている暇はない。——玉座の間はすぐそこだ。警備も少ない。行くぞ。」
メアリーは剣を抜き、兵士たちは隊列を整えた。
靴音が響き、重く確かなリズムを刻む。
その音が、まるで運命の鼓動のように感じられた。
巨大な扉の前に立つと、空気が凍りついた。
ヘイタンが手を上げ、低く命じる。
「開けた瞬間、迷うな。——一撃で決める。」
合図とともに、扉が押し開かれる。
眩い朝日がステンドグラスを透かし、黄金色の光が広間を包み込む。
その光の中、玉座の前に一人の男が立っていた。
第一王子——ヘイタンの兄。
彼は背を向けたまま、窓の外で燃え上がる街を眺めていた。
「……これが、帝国の平和の終わりか。」
その声は穏やかでありながら、毒を含んでいた。
背後には数人の近衛兵がいたが、ヘイタンの騎士たちが一瞬で制圧した。
床に押さえつけられる兵の悲鳴が、広間にこだまする。
メアリーが視線を横に向けた瞬間、心臓が跳ね上がった。
——玉座のそばに、彼女がいた。
ロゼ。
その唇に浮かぶ微笑みは、冷たく、それでいて優雅だった。
時間が止まったように、音も熱も消える。
「……ロゼ……」
メアリーは震える声で呟く。
ロゼはゆっくりと顔を上げ、唇の端を美しく吊り上げた。
「メアリー……」
その声は絹のように柔らかく、しかし底に氷の刃を隠していた。
「久しぶりね。——また会えて嬉しいわ。」
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