41 / 51
第41章 — 灰の玉座
地下のトンネルに、重く湿った足音が響いていた。
松明の炎が揺れ、壁に不安定な影を映し出す。
メアリー、ヘイタン、そして彼らに付き従う兵士たちの表情は、皆固く引き締まっていた。
空気は冷たく、息が白く濁るほどに重い。
それはまるで——帝国崩壊の前触れのような静寂だった。
メアリーは片手を剣の柄に添え、息を潜める。
「この通路……どこまでも続いてるみたいね……」
低く呟く声は、岩肌に吸い込まれるように消えた。
先頭を行くヘイタンは、振り返らずに答えた。
「もうすぐだ。」
トンネルはいくつにも分岐しており、頭上の通気口からは遠くの声が漏れてきた。
ヘイタンは手を上げ、全員に停止の合図を送る。
兵士たちは松明を高く掲げ、息を潜めた。
やがて、格子の向こう側から騎士たちの焦った声が聞こえてきた。
「ヘイタン城への攻撃は失敗だ! 防御が突破できん!」
「信じられん……あいつ、ずっと前から準備していたのか? 各地から援軍が押し寄せてる!」
兵士たちは恐怖と焦りに駆られ、足早に走り去っていく。
「……新しい王はどうしている?」
誰かが震える声で問う。
短い沈黙のあと、別の男が答えた。
「無駄だ。もう誰の言葉も届かん……権力に取り憑かれている。」
メアリーはヘイタンを見た。
彼は眉を寄せ、低く呟く。
「……奴らも気づいたか。だが、もう遅い。」
彼らはさらに奥へと進む。
やがて別の開口部から、別の叫びが響いた。
「前線に援軍を! 民衆の暴動が止まらない!」
「了解! すぐに兵を回す!」
地上の怒号と金属音が、地下まで震わせていた。
城門を叩く群衆の叫び。
燃え上がる街の音。
その全てが、帝国の終焉を告げていた。
メアリーは呆然と立ち尽くし、かすかに口を開いた。
「……外で戦ってるのね。」
ヘイタンは冷静に頷き、壁の一部を押した。
石がずれ、隠された通路が現れる。
「その混乱の間に、俺たちは玉座を奪う。」
重い金属音とともに扉が開き、一行はその先へ進む。
広い部屋に出た瞬間、メアリーは息を呑んだ。
「……ここは……かつての王と王妃の間……。」
しかし、そこには何もなかった。
家具も、絨毯も、肖像画さえも。
ただ冷たい石の壁と、過去を失った空間が残るのみ。
「ひどい……」
メアリーは拳を握り締めた。
「彼は……すべてを消したのね……。」
ヘイタンは静かに頷いた。
「奴は過去を壊しただけじゃない。書き換えたんだ。」
そして息を整え、再び指揮官の顔に戻る。
「感傷に浸っている暇はない。——玉座の間はすぐそこだ。警備も少ない。行くぞ。」
メアリーは剣を抜き、兵士たちは隊列を整えた。
靴音が響き、重く確かなリズムを刻む。
その音が、まるで運命の鼓動のように感じられた。
巨大な扉の前に立つと、空気が凍りついた。
ヘイタンが手を上げ、低く命じる。
「開けた瞬間、迷うな。——一撃で決める。」
合図とともに、扉が押し開かれる。
眩い朝日がステンドグラスを透かし、黄金色の光が広間を包み込む。
その光の中、玉座の前に一人の男が立っていた。
第一王子——ヘイタンの兄。
彼は背を向けたまま、窓の外で燃え上がる街を眺めていた。
「……これが、帝国の平和の終わりか。」
その声は穏やかでありながら、毒を含んでいた。
背後には数人の近衛兵がいたが、ヘイタンの騎士たちが一瞬で制圧した。
床に押さえつけられる兵の悲鳴が、広間にこだまする。
メアリーが視線を横に向けた瞬間、心臓が跳ね上がった。
——玉座のそばに、彼女がいた。
ロゼ。
その唇に浮かぶ微笑みは、冷たく、それでいて優雅だった。
時間が止まったように、音も熱も消える。
「……ロゼ……」
メアリーは震える声で呟く。
ロゼはゆっくりと顔を上げ、唇の端を美しく吊り上げた。
「メアリー……」
その声は絹のように柔らかく、しかし底に氷の刃を隠していた。
「久しぶりね。——また会えて嬉しいわ。」
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】無関心夫の手を離した公爵夫人は、異国の地で運命の香りと出会う
佐原香奈
恋愛
建国祭の夜、冷徹な公爵セドリック・グランチェスターは、妻セレスティーヌを舞踏会に残し、早々に会場を後にした。
それが、必死に縋り付いていた妻が、手を離す決意をさせたとも知らず、夜中まで仕事のことしか考えていなかった。
セドリックが帰宅すると、屋敷に残されていたのは、一通の離縁届と脱ぎ捨てられた絹の靴。そして、彼女が置いていった嗅いだことのない白檀の香りだけだった。
すべてを捨てて貿易都市カリアへ渡った彼女は、名もなき調香師「セレス」として覚醒する。
一方、消えた妻を追うセドリックの手元に届いたのは、かつての冷たい香りとは似て非なる、温かな光を宿した白檀の香水。
「これは、彼女の復讐か、それとも再生か——」
執念に駆られ、見知らぬ地へ降り立った公爵が目にしたのは、異国の貿易王の隣で、誰よりも自由に、見たこともない笑顔で微笑む「他人」となった妻の姿だった。
誤字、修正漏れ教えてくださってありがとうございます!
【完結】遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【残り数話を持ちまして3月29日完結!!】
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
八年間の恋を捨てて結婚します
abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。
無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。
そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。
彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。
八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。
なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。
正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。
「今度はそうやって気を引くつもりか!?」
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。