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第50章 — 新たな夜明けのはじまり
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裁きの日から、いくつもの月日が流れた。
恐怖と混乱に沈んでいた王国は、今や安堵と繁栄の息吹を取り戻していた。
塔に掲げられた旗は穏やかな風にたなびき、市場には再び笑い声が満ちる。
戦の風に枯れ果てていた花々も、いま再び咲き誇り、大地そのものが平和を祝福しているかのようだった。
そしてその日、国中を一つにする喜びの理由があった。
――王・ヘイタン(ヘイタン)と、令嬢・メアリー(メアリー)の結婚式である。
夜明けとともに、城の鐘が鳴り響いた。
人々はその音に導かれ、式典へと集う。
二人は時間をかけて、過去の嵐が静まるのを待ったという。
傷を癒やし、心を整え、ようやく運命が与えるべき結末へとたどり着いたのだと。
中には、王が早く後継者を望んでいるからだと噂する者もいた。
だが、理由など誰にとってもどうでもよかった。
ただ一つ確かなのは、王国全体が祝福に包まれていたということだ。
大聖堂は白と金の花々で覆われていた。
絹のカーテンがやわらかな風に揺れ、兵士も貴族も平民も、皆が同じ場所で新たな始まりを見届けようとしていた。
祭壇の前に立つヘイタン。
その表情はいつものように凛としていたが、瞳の奥にかすかな緊張が宿っている。
数々の戦場を渡り、腐敗した帝国を打ち倒した王――
だがいま、彼の胸を打つ鼓動は戦いの恐れではなく、愛ゆえの高鳴りだった。
そして、扉が開かれる。
光が差し込み、聖堂を黄金に染めた。
そこに立っていたのは――メアリー。
純白の衣をまとい、金色の陽に包まれながら、静かに歩みを進める。
薄いヴェールが風に舞い、まるで天上の存在のように見えた。
群衆のざわめきが止み、誰もがその美しさに息を呑んだ。
ヘイタンは息を詰める。
彼女はただの伴侶ではなかった。
共に戦い、苦しみを分かち合い、そして希望を見つけた存在。
――守るべきすべての象徴だった。
メアリーが祭壇へと近づき、視線が交わる。
その瞬間、世界の音がすべて遠のいた。
ただ、二人だけがそこにいた。
手が触れ合ったとき、鐘が再び鳴り響く。
老いた司祭が震える声で、厳かに式を始めた。
信仰の言葉、永遠の誓い。
だが最も心を打ったのは、そのどの言葉でもなく、二人の目に宿る想いだった。
言葉よりも深く、誓いよりも強く――それは、互いの心に刻まれた愛そのもの。
「……汝らを、夫婦とする。」
司祭の声と同時に、ヘイタンはメアリーにそっと口づけた。
聖堂が、城が、王国が――歓声と拍手に包まれる。
涙を流す者、名を叫ぶ者。
それは、誰もが待ち望んだ結末であり、新しい時代の始まりだった。
──それから、幾年もの時が過ぎた。
ヘイタンとメアリーの治世のもと、王国は繁栄を極めた。
飢えは消え、隣国との和平も築かれ、
「ヘイタン王」の名は――灰の中から蘇り、調和をもたらした伝説として語り継がれた。
だが、王にとって本当の奇跡は王座ではなかった。
それは、毎朝、隣で微笑むメアリーの姿だった。
ある午後のこと。
メアリーは執務室で書類に目を通していた。
窓から差し込む夕陽が机を照らし、その上には書簡や小さな玩具が並んでいる。
膝の上には、淡い金髪の小さな男の子――王太子。
彼女は優しく微笑み、息子の髪をなでた。
その温もりが、平和と愛の証そのものだった。
そこへ侍女が静かに入ってくる。
「陛下、王太子をお預かりしてもよろしいですか?」
メアリーは穏やかにうなずいた。
「ええ、お願い。少し休みたいの。」
侍女が子を抱き上げて出ていくと、部屋は静けさに包まれた。
メアリーは椅子にもたれ、目を閉じる。
蝉の声と、風に揺れるカーテンの音が心地よい子守唄のように響いた。
そして――彼女は夢を見た。
淡い金色の霧の中。
メアリーは広大で穏やかな庭に立っていた。
花々が光の湖の上でゆっくりと揺れ、空気が優しくきらめいている。
その奥に、一人の女性が立っていた。
穏やかな微笑みをたたえた、美しい女性。
メアリーの胸が強く脈打つ。
――知っている。この顔を。
城の古い絵画で、何度も見た。
それは、彼女の母の姿だった。
「……お母様。」
メアリーが震える声でつぶやく。
女性はやさしく歩み寄り、そっと頬に手を添えた。
「メアリー……」
その声は、柔らかく包み込むようだった。
「本当に、よく頑張りましたね。
あなたはついに、自分の“幸せな結末”にたどり着いた。
あんなに多くの痛みを越えても、あなたは生きることを諦めなかった。
ありがとう……もう一度、生きてくれて。」
メアリーの瞳から涙がこぼれる。
「……お母様だったのね? あの“第二の人生”をくれたのは?」
女性は微笑み、彼女の頬をなでた。
「そうよ。でもね、いまの幸福はあなた自身の力で掴んだもの。
誇りなさい、メアリー。
そして忘れないで――愛は、この世に残す永遠の形なの。」
光が庭を包み込む。
母の姿がゆっくりと消えていく。
メアリーは手を伸ばすが、その光は指の間からこぼれ落ちた。
――目を覚ます。
部屋は静かで、夕日が黄金色に染めている。
メアリーの頬には涙が伝っていたが、唇には穏やかな笑みが浮かんでいた。
安らぎと、感謝、そして――愛の微笑み。
彼女は立ち上がり、部屋を出た。
廊下には、遠くから楽しげな笑い声が響く。
バルコニーの扉を開けると、庭でヘイタンが息子と遊ぶ姿が見えた。
戦場で鍛えられたあの瞳が、いまは優しさと幸せに満ちている。
メアリーは駆け下り、二人を強く抱きしめた。
「ありがとう……」と、震える声でつぶやく。
ヘイタンは驚いたように笑い、彼女の髪をなでた。
「どうしたんだい?」
「……あなたがいてくれるから。生きて、この新しい始まりを迎えられたから。」
夕陽が山の向こうに沈み、空が橙色に染まる。
その光の中で、メアリーは確信した。
――これこそが、自分の“幸せな終わり”なのだと。
終(おわり)
恐怖と混乱に沈んでいた王国は、今や安堵と繁栄の息吹を取り戻していた。
塔に掲げられた旗は穏やかな風にたなびき、市場には再び笑い声が満ちる。
戦の風に枯れ果てていた花々も、いま再び咲き誇り、大地そのものが平和を祝福しているかのようだった。
そしてその日、国中を一つにする喜びの理由があった。
――王・ヘイタン(ヘイタン)と、令嬢・メアリー(メアリー)の結婚式である。
夜明けとともに、城の鐘が鳴り響いた。
人々はその音に導かれ、式典へと集う。
二人は時間をかけて、過去の嵐が静まるのを待ったという。
傷を癒やし、心を整え、ようやく運命が与えるべき結末へとたどり着いたのだと。
中には、王が早く後継者を望んでいるからだと噂する者もいた。
だが、理由など誰にとってもどうでもよかった。
ただ一つ確かなのは、王国全体が祝福に包まれていたということだ。
大聖堂は白と金の花々で覆われていた。
絹のカーテンがやわらかな風に揺れ、兵士も貴族も平民も、皆が同じ場所で新たな始まりを見届けようとしていた。
祭壇の前に立つヘイタン。
その表情はいつものように凛としていたが、瞳の奥にかすかな緊張が宿っている。
数々の戦場を渡り、腐敗した帝国を打ち倒した王――
だがいま、彼の胸を打つ鼓動は戦いの恐れではなく、愛ゆえの高鳴りだった。
そして、扉が開かれる。
光が差し込み、聖堂を黄金に染めた。
そこに立っていたのは――メアリー。
純白の衣をまとい、金色の陽に包まれながら、静かに歩みを進める。
薄いヴェールが風に舞い、まるで天上の存在のように見えた。
群衆のざわめきが止み、誰もがその美しさに息を呑んだ。
ヘイタンは息を詰める。
彼女はただの伴侶ではなかった。
共に戦い、苦しみを分かち合い、そして希望を見つけた存在。
――守るべきすべての象徴だった。
メアリーが祭壇へと近づき、視線が交わる。
その瞬間、世界の音がすべて遠のいた。
ただ、二人だけがそこにいた。
手が触れ合ったとき、鐘が再び鳴り響く。
老いた司祭が震える声で、厳かに式を始めた。
信仰の言葉、永遠の誓い。
だが最も心を打ったのは、そのどの言葉でもなく、二人の目に宿る想いだった。
言葉よりも深く、誓いよりも強く――それは、互いの心に刻まれた愛そのもの。
「……汝らを、夫婦とする。」
司祭の声と同時に、ヘイタンはメアリーにそっと口づけた。
聖堂が、城が、王国が――歓声と拍手に包まれる。
涙を流す者、名を叫ぶ者。
それは、誰もが待ち望んだ結末であり、新しい時代の始まりだった。
──それから、幾年もの時が過ぎた。
ヘイタンとメアリーの治世のもと、王国は繁栄を極めた。
飢えは消え、隣国との和平も築かれ、
「ヘイタン王」の名は――灰の中から蘇り、調和をもたらした伝説として語り継がれた。
だが、王にとって本当の奇跡は王座ではなかった。
それは、毎朝、隣で微笑むメアリーの姿だった。
ある午後のこと。
メアリーは執務室で書類に目を通していた。
窓から差し込む夕陽が机を照らし、その上には書簡や小さな玩具が並んでいる。
膝の上には、淡い金髪の小さな男の子――王太子。
彼女は優しく微笑み、息子の髪をなでた。
その温もりが、平和と愛の証そのものだった。
そこへ侍女が静かに入ってくる。
「陛下、王太子をお預かりしてもよろしいですか?」
メアリーは穏やかにうなずいた。
「ええ、お願い。少し休みたいの。」
侍女が子を抱き上げて出ていくと、部屋は静けさに包まれた。
メアリーは椅子にもたれ、目を閉じる。
蝉の声と、風に揺れるカーテンの音が心地よい子守唄のように響いた。
そして――彼女は夢を見た。
淡い金色の霧の中。
メアリーは広大で穏やかな庭に立っていた。
花々が光の湖の上でゆっくりと揺れ、空気が優しくきらめいている。
その奥に、一人の女性が立っていた。
穏やかな微笑みをたたえた、美しい女性。
メアリーの胸が強く脈打つ。
――知っている。この顔を。
城の古い絵画で、何度も見た。
それは、彼女の母の姿だった。
「……お母様。」
メアリーが震える声でつぶやく。
女性はやさしく歩み寄り、そっと頬に手を添えた。
「メアリー……」
その声は、柔らかく包み込むようだった。
「本当に、よく頑張りましたね。
あなたはついに、自分の“幸せな結末”にたどり着いた。
あんなに多くの痛みを越えても、あなたは生きることを諦めなかった。
ありがとう……もう一度、生きてくれて。」
メアリーの瞳から涙がこぼれる。
「……お母様だったのね? あの“第二の人生”をくれたのは?」
女性は微笑み、彼女の頬をなでた。
「そうよ。でもね、いまの幸福はあなた自身の力で掴んだもの。
誇りなさい、メアリー。
そして忘れないで――愛は、この世に残す永遠の形なの。」
光が庭を包み込む。
母の姿がゆっくりと消えていく。
メアリーは手を伸ばすが、その光は指の間からこぼれ落ちた。
――目を覚ます。
部屋は静かで、夕日が黄金色に染めている。
メアリーの頬には涙が伝っていたが、唇には穏やかな笑みが浮かんでいた。
安らぎと、感謝、そして――愛の微笑み。
彼女は立ち上がり、部屋を出た。
廊下には、遠くから楽しげな笑い声が響く。
バルコニーの扉を開けると、庭でヘイタンが息子と遊ぶ姿が見えた。
戦場で鍛えられたあの瞳が、いまは優しさと幸せに満ちている。
メアリーは駆け下り、二人を強く抱きしめた。
「ありがとう……」と、震える声でつぶやく。
ヘイタンは驚いたように笑い、彼女の髪をなでた。
「どうしたんだい?」
「……あなたがいてくれるから。生きて、この新しい始まりを迎えられたから。」
夕陽が山の向こうに沈み、空が橙色に染まる。
その光の中で、メアリーは確信した。
――これこそが、自分の“幸せな終わり”なのだと。
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