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新しい一日の始まり
しおりを挟む思い出と約束
朝の最初の光が、宿屋の特別な部屋のカーテンを通り抜け、ミレールの穏やかな顔を優しく照らした。窓から差し込む朝の風が白いカーテンを揺らし、敷地の周囲に咲く花々や草原の遠い香りを運んでくる。
ハルヤはゆっくりと目を開けた。部屋はまだ静かで、隣で眠るミレールの穏やかな呼吸だけが聞こえる。銀色の髪が枕の上に絹のように広がり、朝日の光にエルフの耳がかすかに輝いていた。
彼はしばらくその姿を見つめた。
小さく笑みが浮かぶ。
「…どうして、寝ているだけでこんなに美しいんだろう…」
低く呟く声は、ほとんど魅せられたかのようだった。
そっと手を伸ばし、指先で耳に触れる。肌は冷たく柔らかく、ミレールは眠ったまま、くすぐったそうに笑いながら横を向いた。夢の中で反応しているようだった。
ハルヤは静かに笑った。
小さな仕草ひとつで、心が温まる瞬間だった。
しかし、彼女を見つめると、記憶が蘇る――すべてが始まった瞬間のこと。
――フラッシュバック:初めての出会い
あの任務は、決して忘れられない。
その日、彼らはキメラと呼ばれる巨大な怪物と戦っていた。火と毒を同時に吐く恐ろしい存在。
戦いの最中、まだ新人の半エルフ――ミレールは、遠く冷たい存在だった。
ほとんど喋らず、フードを深くかぶり、他の仲間と目を合わせることも稀だった。その堂々とした沈黙は、傲慢に見えたかもしれないが、ハルヤには孤独を帯びた瞳が印象的だった。
その日、彼女は壁に叩きつけられ、鎧が壊れ、足首を負傷してしまう。
咄嗟にハルヤは駆け寄った。
「ミレール!」
彼女は足を引きずりながら立ち上がろうとするが、支えが必要で、ほとんど動けなかった。キメラは咆哮し、次の攻撃に備えている。
「俺の後ろに隠れろ!」
黄金に光る剣を抜き、彼は叫ぶ。
一時間、ハルヤは単身で怪物と戦った。
一撃一撃、火の一閃、衝撃の重み――すべてが凄まじく、だが彼は退かなかった。
後ろで倒れたままのミレールは、息をのんでその姿を見守る。
そしてついに怪物が倒れた時、彼女は弱々しく呟いた。
「…バカね」
ハルヤは疲れ果て、膝をついて笑う。
「かもしれないけど…生きてるバカだ」
――フラッシュバック終了
現実に戻り、ハルヤは瞬きをする。
次に浮かぶ記憶は、暖かいものだった――結婚式のこと。
花々、仲間たち、ギルドマスターが隅でこっそり涙を流す。
そしてミレールは祭壇で微笑みながら、強い瞳で言った。
「今回は…あなたが私を守るだけじゃない。私もあなたを守る」
震えるけれど、確信に満ちた声を今でも覚えている。
そして二人で宿屋を開いたとき、彼女は続けた。
「これからは、二人でこの場所を守ろう。私たちの家を」
その言葉は、今も彼の胸に響いていた。
ハルヤはそっと息を吐き、彼女を起こさないように体を伸ばした。
「そろそろ…時間だな」
そっとベッドから起き上がる。
寝巻きのままキッチンへ向かい、朝食の準備を始める。
パンを切る音、コーヒーの香り、フライパンのかすかな音――すべてが穏やかで心地よい。
朝食を小さなトレイに並べる。
温かいパン、果物、湯気の立つコーヒー。
日差しが柔らかく差すベッドの右側に置き、微笑む。
「ミレール…起きて、愛しい人」
そっと肩に触れる。
彼女はかすかに呟き、顔を枕に埋める。
「あと五分…」
眠そうな声。
ハルヤは笑った。
「もう時間だぞ、寝坊助。これじゃ宿泊客に先に食べられちまう」
ミレールは一つの目を開け、光に目を細める。
「ふん…せめてキスで起こしてよ」
ハルヤは目を細め、楽しそうに笑う。
「考えてたよ…でも絶対お願いすると思ったからな」
彼女は笑い、やっとベッドに座り、猫のように伸びをする。
「はぁ…おはよう、私の引退した英雄」
「おはよう、私の不器用な暗殺者」
トレイを膝に置く。
「朝食、どうぞ」
ミレールはちらりとトレイを見て微笑む。
「ふむ…綺麗ね。私を甘やかすつもり?」
「もう遅いだろ」
ハルヤは隣に座る。
朝の光に包まれた部屋で、二人は初めての朝食を分かち合った。
伝説の冒険者としてではなく、夫婦として、少しずつ最も大切な家となる宿屋の主人として。
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