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ハーフエルフの誇りと冒険者の矜持
しおりを挟む丘の向こうに沈みかけた夕陽が、空を橙と金に染めていた。
宿屋《二つの太陽の憩い亭》の広間は賑やかだった。
冒険者、商人、旅人――あらゆる者たちがテーブルを囲み、酒を飲み、笑い、そして少し誇張されたモンスター討伐や財宝発見の話を披露していた。
だが、その夜の主役はそんな話ではなかった。
この宿を営む夫婦だった。
ハルヤはカウンターの向こうで、決意に満ちた目と自信に溢れた笑みを浮かべていた。
一方のミレルは、机を軽く叩きながら耳をぴくぴくと動かし、挑発的な笑みを見せる。
「――覚悟はいいの、わたしの旦那さま?」
腕を組み、顎を上げながらミレルが言った。
「いつだって準備万端だよ、俺の美しいハーフエルフの妻。」
ハルヤが挑むように微笑み返す。
客たちが歓声を上げた。
「また始まったぞー!」
「ミレルさんに銀貨五枚だ!」
「ハハッ! 俺はハルヤに十枚賭けるぜ! あの男、ドワーフの蜂蜜酒の樽一本を飲み干して生き残ったからな!」
笑い声が高く響いた。
ミレルは手の中でジョッキをくるくると回し、その瞳に競争心の炎を宿す。
「Sランクの元暗殺者の名誉がかかってるのよ! 引退した飲んだくれには負けないんだから!」
ハルヤは声を立てて笑い、自分のジョッキを掲げた。
「そうかい? だったら伝説の冒険者の誇りも賭けようじゃないか。それに――」
彼はカウンターの後ろに掛けられた一枚の板を見た。そこには「ミレルが割ったジョッキの数」と題された無数の刻み跡がある。
「もし俺が勝ったら、その板はこのまま飾っておくぞ。」
ミレルは目を細めた。
「……ふん、無礼者。じゃあ、わたしが勝ったら、その忌々しい板の傷、全部消してもらうからね。」
「いいだろう。」
ハルヤは手を差し出した。
「ただし、俺が勝ったら――昨日の市で見たあの剣、買わせてもらう。」
「……昨日、あんたが目で口説いてたあの高価な剣のこと?」
「その通り。」
ハルヤはにやりと笑う。
「毎日君の相手してるご褒美だと思ってくれ。」
ミレルの頬が赤くなり、軽く彼の腕を叩いた。
「ば、馬鹿っ! 絶対負けないんだからね!」
店中が大歓声に包まれた。
ジョッキが机に打ち鳴らされ、客たちの声が重なる。
「早く始めろー! ビールがぬるくなるぞー!」
勝負開始
最初の一口が、まるで合図の雷鳴のように広間に響いた。
ミレルは勢いよく飲み干し、すぐに勝ち誇った笑みを浮かべる。
「いーちっ!」と宣言し、空のジョッキを机に叩きつけた。
ハルヤも落ち着いた動作で飲み干す。
「俺も一つ。」
観客たちは一緒に数を数え始めた。
「二ー! 三ー! 四ー!」
ミレルの勢いは止まらない。
その飲みっぷりは見事で、笑いながら次々とジョッキを空にしていくたびに、彼女の耳が誇らしげにぴょこぴょこと動いた。
「今のうちに降参したらどう? 旦那さまー!」
ミレルがからかいながらジョッキを叩く。
「まだまだ、これからよ!」
ハルヤは静かに彼女を見つめ、頭の中でつぶやいた。
「……よし、思った通りだ。」
彼はわかっていた。
長年の冒険で培った観察眼――酒は、最初に飛ばすほど効くのが早い。
嵐のように突き進むミレルを横目に、ハルヤは一定のペースを守った。
やがて、ミレルの動きがわずかに鈍くなる。
頬がほんのり赤く染まり、潤んだ瞳に少し焦点が合っていない。
「ひくっ……あれぇ……世界が……くるくるしてる……?」
ミレルが首を振りながら呟いた。
ハルヤは最後のジョッキを掲げ、高らかに叫ぶ。
「そして――十っ!」
広間は爆発したような歓声に包まれた。
「ハルヤの勝ちだー!」
「この国で一番面白い夫婦に乾杯!」
ミレルはカウンターに寄りかかり、唇を尖らせた。
「ず、ずるい……わたし、勝ってたのにぃ……」
ハルヤは微笑みながら、彼女の肩をやさしく抱いた。
「作戦勝ちさ。君の真剣な顔が見たくて、わざと先に行かせたんだ。」
ミレルは少し潤んだ目で彼の胸を軽く叩く。
「……ずるい人……でも、そんなあなたが……好きよ、バカ。」
「俺もだよ。おっちょこちょいな俺のハーフエルフ。」
ハルヤは彼女をそっと抱き上げた。
客たちは大笑いしながら拍手を送る。
ミレルは彼の腕の中でもがきながら、酔った声で言った。
「お、おろしてよハルヤ! わたし、まだ……ひくっ……もう一杯いけるんだから!」
「はいはい。」
ハルヤは穏やかに笑いながら階段へ向かう。
「でもまずは、この可愛い酔っぱらい妻をベッドに運ばないとな。」
「……バカな優しい人……」
ミレルは彼の肩に頭を預け、囁く。
「大好きよ。」
ハルヤは静かに笑った。
「知ってるさ、ミレル。」
階段を上がる二人の背に、広間の笑い声とジョッキの音が響き続けた。
それは、かつて命を懸けて戦った二人が今守る、何よりも大切な宝――
二人の愛と、笑いの絶えない小さな家の物語。
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