チェリーブロッサムヒルの男爵夫人

MayonakaTsuki

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Alcasの島

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数か月が過ぎた。

投獄されてからというもの、
時間はもはや意味を持たなくなっていた。
それでも――
ついに移送の日がやってきた。

Alcasへの移送。

私は密閉された馬車の中へと押し込められた。
窓はなく、風も入らず、
自分がどこへ向かっているのかも分からない。
きしむ車輪の音と、
絶え間ない揺れが吐き気を誘い、
恐怖だけが静かに胸の奥に積もっていった。

やがて馬車から引きずり出され、
私は自分の居場所を目にした。

Alcasは、
荒れ狂う海の真ん中に孤立した島だった。
暗い石で築かれた建造物は、
まるで絶望を象徴する記念碑のようにそびえ立っていた。
外界と牢獄を繋ぐのは、
一本の細い橋だけ――
逃走を許さぬほど、あまりにも狭い。

その瞬間、
私は理解した。

ここへ入った者は……
ほとんど二度と外へは出られない。

私は冷たく湿った廊下を引きずられ、
海面よりも低い位置にある独房へと投げ込まれた。
石壁に打ち付ける波の音が、
遠くから絶えず響き、
自分がどこにいるのかを何度も思い知らされた。

私の独房は、完全な孤独だった。

することは何もない。
触れるものも、
聞こえるものもない。
あるのは、水滴が落ち続ける音と、
自分自身の呼吸だけ。

太陽の光さえ、
かろうじて届く程度だった。
それも、
外の世界がまだ存在しているのだと
思い出させるためだけに空けられたような、
小さな隙間を通して。

私は、
日々――
あるいは何週間も――
苦しみの中で過ごした。

考えていたのは、
あらゆること。

連れ去られてから、
何が起きたのか。
Laraのこと。
母のこと。
そして何よりも……Matiasのこと。

彼は今、どうしているのだろう。
彼には、何が伝えられたのだろうか。
私が死んだと、信じたのだろうか。

答えのない問いが、
休むことなく頭の中を巡り、
思考そのものが痛みになるまで続いた。

そんなある日――
長い沈黙の果てに、
私は異変を感じた。

声だ。

弱く、遠く、
そして、
石が崩れるような奇妙な音を伴っていた。

次の瞬間、
独房の壁の一部が、
低い轟音と共に崩れ落ちた。
粉塵と小さな石片が、
床一面に散らばった。

私は慎重に近づいた。

新しく開いた穴の向こうには、
別の独房が見えた。

足音が、廊下に響く。

警備兵たちが現れ、
警戒した様子でこちらを見た。

「何かあったのか?」

一人がそう尋ねた。

心臓が激しく脈打ったが、
私は必死に声を落ち着かせた。

「いいえ。
 何もありません」

彼らはしばらく周囲を見回し、
疑わしげな視線を向けたが、
やがて立ち去った。

再び静寂が戻ると、
私はもう一度、穴へと近づいた。

隣の独房には、
一人の小柄な老婦人がいた。

彼女は影の中に座っていた。
周囲には何冊もの本が散らばり、
明かりは、
私の独房と同じくらい乏しかった。
その身体は小さく、弱々しく、
時折、乾いた疲れ切った咳をしていた。

私が何か言う前に、
彼女が顔を上げた。

「ついに、新入りが来たのね……」

そう言って、
また咳き込んだ。

私は一瞬、言葉を失った。

「どうして……
 あの壁が崩れたんですか?」

そう尋ねると、
彼女はかすかに微笑んだ。
まるで、それが予想通りだったかのように。

「何年も前から、
 あなたの独房に辿り着こうとしていたのよ」
「動かずにいても……
 あなたが来たことで、
 壁は自然に崩れたの」

その言葉に、
私は混乱した。

「どうして?」
「なぜ、そこへ来たかったんですか?」

彼女の表情が、静かに変わった。

「昔ね……
 私の親友が、あなたの独房にいたの」
低い声で、彼女は言った。
「でも、少し前に亡くなったわ。
 だから、あなたがそこへ入れられたのよ」

冷たい感覚が、
背中を走った。

私が何か言う前に、
彼女は続けた。

「私の名前は、Lorenaよ」

その時の私は、
まだ知らなかった。

本と影に囲まれた、
このか弱い老婦人が――
私の人生を、
永遠に変えることになるなどとは。
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