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第二章
第十九話 自分の影
しおりを挟む黒いロボット——クロオレはゆっくりとクレーターから姿を表す。
水着姿の海水浴客が散り散りになって逃げてゆく。その中に、先程俺に声をかけてきた女の子たちも確認出来て、すこしほっとする。別に他意はない。
そしてよく見るとあのナンパ男達——これは見たくなかったな。
沸々とした気持ちが蘇る中、腕を掴む感触。可奈子が俺の腕を取ってきた。
不安なのか怖いのか、顔はまだ赤いままだったが、この後の事を理解しているのか真剣な目を俺に向けている。
そこへ晴人とクリオナもやって来る。
「おう、晴人。俺たちの荷物よろしく」
俺はそう言ってロッカーの鍵を投げる。
「任せとけ」
晴人は受け取って親指を立てる。
「ちょ、ちょっと待って。私、水着のまま」
急に恥ずかしくなったのか、自分の姿を見下ろす可奈子。
まあ、そうなんだけど。
「着替える時間は、くれそうにないね」
俺が言ったのは、すぐ傍に赤い魔法陣が現れたからだ。ギジオレを転送するためのマーカー。その赤色はみるみる凝縮すると、炭酸の泡みたいに弾けて、跪いた白いロボットの姿をこの海水浴場に出現させる。
可奈子は少し、唇をとがらせた。
「じゃあクリオナ、私の荷物もお願い」
「はい」
俺はクリオナに荷物を託した可奈子と共に、ギジオレに乗り込んだ。
ヘッドギアを装着しながらふと思う。こんな無骨なロボットのコックピットに、赤い水着の女の子がいる。六点式のシートベルトに縛られた、幼馴染みの可奈子がいる。
何だか不思議——いや、違うな。何だろうこの感覚は。
自分の心の中の感覚に戸惑いながら、俺はギジオレを立ち上がらせる。
妄想力インジケータを確認。まだその量はほんの少しだけ。もっと妄想力をあげなければならない。
チラリと隣を盗み見る。水着姿の可奈子。いつの間にか女の子らしいスタイルになった幼馴染。今、限りなく少ない布で体を隠した状態で、この密室の中にいる。
状況的に考えれば、妄想力を充分に発揮できそうなスチュエーションであろう。
何だか心がざわつくのは、ひとまず無視する。
その時クロオレが動く。足元の砂を噴き上げながら、砂浜を滑ってくる。
クロオレが拳を打ち出してきた。俺がギジオレの右手のひらで受け止めると、びりびりとした振動た伝わって来る。
俺は反対側の手を繰り出す。あっさりとクロオレの手で弾かれて、勢いで少し後退りする。
やっぱり出力が足りない。
もう一度可奈子の方を見る。とても心苦しいが、可奈子を『そういう目』で見る。見ようと努力する。だが、なぜかインジケーターは上がらない。
胸に小さな痛みが走る。
これは以前の事件のせいだろうか、それともギジオレが俺の心をかきまわしているのか、どちらかは分からないが、今の俺には隣の可奈子の事を邪な目で見る事が出来なかった。普通に可愛くて魅力的な、いつも隣にいる女の子。
クロオレの拳がギジオレの肩に直撃する。二、三歩後ずさって砂浜に膝を着く。
「洸平!もっと出力を上げないと!」
「分かってる!」
そう分かっている。だがどうすればいいか分からない。少し前までは出来ていたのに。
少し前までなら、隣の水着姿の美少女の姿を見たら——こういう言い方はしたくないが——少なからず興奮していたんだろうな、と思う。実際、可奈子に抱きつかれたりしたら妄想力は格段に上がったし。
でも今は、自分でもよく分からないが、触れてはいけない聖域に手を伸ばしているようで、本能がその手を払っている。
飛びかかってきたクロオレがギジオレの首を脇で締め始める。
クロオレの腕を掴んで引き離そうとするが、やはり出力が足りない。
可奈子の不安そうな目。そんな目で見ないでくれ。
どうすれば。どうすれば。
『そういう時のために、プランBも用意しておくのがいいかもね』
梢さんの言葉が思い出される。
そうか、あの時の光景と、あの感触——
「あ、すごい!」
一気にインジケーターが上がったのを見て、可奈子が声を上げる。
クロオレの手を引き剥がして、腕を捻るように砂浜に叩きつける。
「やった!」
可奈子が跳ねるように声を上げる。そうやてって胸を揺らしながら俺の方を見る可奈子とは対照的に、俺の中は罪悪感で一杯だった。
無邪気な笑顔を向ける一番大切な女の子の横で、別の女性の事を思い浮かべてしまった。心についた小さな傷跡がだんだんと大きくなるように、胸の奥がジンジンと痛んだ。
そのせいか、妄想力インジケーターが最小まで下がってしまう。
「あ、洸平!」
不安そうな可奈子の声。そう、俺は可奈子を傷つけない、悲しませないって決めたんだ。でも、俺の今の行動は可奈子を傷つけやしないか。俺が毛嫌いした、あのナンパ野郎と同じではないか?
沸々と、違う感情が芽生えてくる。
じわりじわりと、インジケーターが上がってゆく。
俺は立ちあがろうとしたクロオレにギジオレで跨ると、顔面を殴りつける
頭の中を黒い記憶が支配する。
インジケーターが振り切った。
「ちょっと!」
何かを感じてか、可奈子が俺の手を取る。
しかし俺はそんな事を気にもせず、クロオレを殴りつける。クロオレの真っ黒な顔があのナンパ野郎に見える気がして、それ以上に自分の顔に見えるような気がして。
あの時、なぜナンパ野郎にあんなに憎悪を感じていたのかは分からない。言ってしまえば、ただのナンパ。日常の風景の一コマでしかない。ただ今にして思えば、あのナンパ野郎に自分の影を重ねたのかもしれない。大切な人がいるのに、他にも現を抜かしてしまう、自分の影。
「可奈子を・・・傷つけるなっ!」
クロオレを何度も殴りつけていると、顔面が潰れて火花が散った。ぴくぴくと痙攣するように動いたので、一旦離れ、渾身の力を込めてその腹に一撃。
舞い上がる砂と、真っ二つになったクロオレ。
謎の液体が、砂浜に青黒いシミを広げていった。
「・・・」
「洸平?」
可奈子の声が聞こえたが、何も答えられない。
妄想と、自己嫌悪と、憎悪と、ほんの少しの宝物が頭の中でぐるぐる回る。それと同時に視界もぐるぐる回る。もうキャパオーバー。
「洸平、汗が・・・」
「可奈子——」
そこで俺の記憶は途切れた。
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