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第二章
第二十話 当然の事を当然のように
しおりを挟む目を覚ますと、カウンセラーの梢さんのキュートな顔が目の前にあった。
「うわぁ!」
声を上げると、梢さんはとっさに身を引く。
危ない。唇が触れそうなくらいの距離だった。
「まあ残念」
梢さんがおどけて言う。
「何やってるんですか」
俺は寝たまま言う。どうやらベッドに寝かされているようだが、まるで掛け布団が錘になったようにうまく体に力が入らない。
「えーとね」
梢さんがベッド傍の椅子に座りながら言う。
「可奈子ちゃんと、どっちがより顔に近づけるか勝負を」
「何でそんな事を」
俺は言いながら、首だけで周囲を見回す。俺の頭の上辺りに、目を伏せた可奈子がいた。いつもの服に着替えている。可奈子まで一緒になって何してんだよ。
「残念ね。次のターンで可奈子ちゃんが私に勝つためには、もう触れちゃうしかなかったのに」
この人は本気で言ってるのだろうか。
「可奈子は止めなきゃダメだろう」
俺が言うと、可奈子は目を逸らした。
「いやね、可奈子ちゃんがあまりにも深刻な顔をしてるもんだから」
だからってやる事じゃないでしょう。
「洸平君は水着で私を誘惑するし」
あ、俺海パン一丁のまんまだ。でも、誘惑してるわけじゃないんですよ。
「だから、仕方なく襲おうとしたら可奈子ちゃんに止められて」
「止める事は止めたんだ」
「だから可奈子ちゃんも巻き込んで」
「何でそうなるんですか!」
俺は言いながら体を動かす。何だか頭と体がつながっていないような、変な感覚。
「だって洸平君、下着も着けてないんでしょ?興奮するなと言うのが無理ってものよ。ねえ可奈子ちゃん」
可奈子に同意を求めるな。
心の中でそう言いつつ、改めて周囲を見回す。イメージとしては保健室か、病室の印象。無機質な天井と、軋むパイプベッド。そしてベッドの周りはカーテンで仕切られており、側には梢さん。頭の方には可奈子。
多分、状況的に地球連合軍の医務室のような所に運ばれたらしい。
「なるほどね」
梢さんはタブレットを取り出し、何かを記録する。
「反応は大丈夫そうね」
カウンセラーの顔に変わる。
「俺の反応を見てたんですか?」
あのよく分からないやりとりも、俺の頭の反応を見るためのものか。
「半分ね」
もう半分は何ですか。
「ちょっと危険な兆候が見えたから、慎重に探ってただけよ。寸前まで近づいて、美女達の匂いに気づけるかどうか、とかね」
「それは嘘ですよね」
「うん嘘」
事もな気に言って、タブレットを操作する梢さん。
「で」
タブレットから目をあげて、梢さんは俺を見下ろしてくる。
「何があったの?可奈子ちゃんの水着姿に興奮して倒れた、って聞いたけど」
「だ、誰が!」
「晴人君」
「あいつか・・・」
奥歯をぎりぎり噛み締める。
「洸平、起きたか?」
カーテンの隙間からその本人が顔を出す。隣にはクリオナ。
「余計な事言うなよ」
相変わらず体は動かない。
「あの様子見たらそうとしか思えなかったからな」
晴人は軽薄に言うと、状況を説明してくれた。
俺が気を失ったと同時に稼働を停止したギジオレから、可奈子が大声で晴人を呼んだらしい。そうか、晴人と違ってスマートフォンも荷物と一緒にロッカーに入れたしな。
そうして晴人とクリオナがコックピットに乗り込んだら、ひっくり返った俺がいたとの事。それから狼狽える可奈子に源治おじさんに連絡させ、迎えに来た船にギジオレごと乗せられ、ここに運ばれた、と言う。
「そうか、悪かったな。色々世話になって」
なんだかんだ言って、晴人には助けられる事も多い。
「可奈ちゃん泣きそうだったからな。ここで泣かせたとあっちゃあ、洸平が落ち込んじまうからな」
「そんな事はないけどさ」
俺は言いながら、気になる事があって可奈子の方を向く。
「可奈子」
「何?」
少し俺の方を向いた。
「俺、可奈子に何もしなかったか?」
詳しくは俺も言いたくないが、まあ、以前の事件のような事。
「うん」
短く答える可奈子。
「なら良かった」
それが心に引っかかっていた。じゃあ単純に気を失っていただけだったのか。
・・・待てよ。
可奈子のこの態度。まさか、とても口では言えない事をされてしまったから、ここで言えないだけじゃあないだろうな。
着衣の乱れは——って、俺海パン一丁だし。当時は可奈子も水着姿だし。
・・・いやいや、さすがにないだろう。ただ、一応責任を取る準備はしておいた方がいいかもしれない。
「相変わらずじれったい二人ね」
「でしょ?」
「でも、良い関係だと思いますよ」
「だから悪戯したくなっちゃうのよ」
「俺にも悪戯して下さいよ」
「あら、浮気ですか?」
「うーん、私、晴人君より洸平君の方が好みかなーって、可奈子ちゃん、冗談なんだからそんな怖い顔しないの」
見ると、可奈子が梢さんを睨んでいる。別に嫌っているわけではないのだろうが、可奈子が梢さんに張り合おうとしているフシがある。なぜかは分からないが。
「じゃあ、どう?そろそろ動ける?」
うーんと言ってゆっくり体を起こす。とっさに差し出された可奈子の手に引かれて、ベッドサイドに座る。上半身裸で、海パン姿で。
「頭と体が繋がった気がします」
頭をぷるぷる振ってみる。思った通りの動きをしている。妄想力が高まった時に、ギジオレと一体になった時のような感覚。
「ちょっと確認するわね」
梢さんが俺の真正面に移動する。俺の手を握る可奈子の手に力が込められる。
「単純な質問するから、答えて」
「はい」
「1たす1は?」
「2」
「にゃーと鳴くのは?」
「猫」
「海と川、しょっぱいのは?」
「海。って、ちょっと待って下さい」
なんだこれ。
と、文句を言う俺の唇を人差し指で制す梢さん。
可奈子の手にさらに力がこめられる。
「これは、当然の事を当然のように答えられるかどうかのテストよ。頭の体操みたいなものだと思ってもらえればいいわ」
それにしては単純すぎる。
「じゃあ目を閉じて」
仕方ないので従う事にする。
それから単純な質問のやりとりをいくつかしていると、頭の中がクリアになっていくような気がする。
「私と可奈子ちゃん、大人っぽいのは?」
「梢さん」
俺の手を掴む可奈子の手の力がさらに強くなる。
「私と可奈子ちゃん、おっぱいが大きいのは?」
「梢さん」
可奈子、爪を立てないでくれ。
「私と可奈子ちゃん、どっちがえっち?」
「梢さんかなぁ」
可奈子の手が少し戸惑った。
「私と可奈子ちゃん、どっちが好き?」
「可奈子に決まってるでしょう」
ふっと手が離れる。
目を開けると、可奈子がカーテンの向こうに消えていった。
「あれ?何か変な事言いました?」
ふいの事で、質問も答えもいまいち覚えていない。
「別にー」
「ふーん」
「そうなんですねー」
にやにやする梢さんと晴人。クリオナはにこにこしている。
「え?え?何?何がどうしたの?」
軽くパニックになる俺。
「当然の事を当然のように、答えただけだもんね」
梢さんのにやにやが何だかいつもと違う。
「いや、だからそれを何て——」
「可奈子ちゃんに聞いてみなさい。素直に言ってくれるかどうかは分からないけど」
どうして教えてくれないんだよ。
数分後、地球連合軍の休憩所の隅で、ゆでダコのようになっていた可奈子が発見された。
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