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8 誰にでもじゃない
しおりを挟む「あら、リンじゃないですか」
洗濯の様子を見に来たレネが、悪魔様を見るなり言った。良かった、下着をまじまじ眺めているところじゃなくて。
「レネ・・・」
悪魔様はそう言って、ばさばさと翼をはためかせながら着地する。
「レネの下着を見て恍惚としてる奴がいるから何かと思えば」
「そんな顔はしてない!」
「あら、何か興味深かったですか?」
はい、興味深かったです。
「んで、こいつがレネの連れ込んだ男か?」
「つ、つ、連れ込んだ・・・」
いや、別に間違ってはいない。ただ、何となくいやらしい響きがあり、ついつい顔に血液が集まって来る。
「そうです。私が連れて来ました」
レネはその言葉をあまり深く考えなかったらしい。
「ショウさん、彼女は私のお友達のリンです。隣の島に住んでいます」
レネは僕に彼女をそう紹介してくれた。
「ふぅん」
悪魔様——リンさんは僕の顔を見る。やっぱり値踏みするような鋭い眼光。でも、よく見ると綺麗な人だなとは思う。いや、おそらく人ではないか。ともかく、レネとは違って中性的な整った顔立ちで、可愛いと言うよりは綺麗、格好いいと言った方が似合う容姿をしている。
ちなみにビキニに覆われた胸は、どちらかと言えば小さめで筋肉質。腹筋も太ももも引き締まっていて、簡単に絞め殺されそう。
リンさんは僕の頭の先からつま先までをまじまじと眺めると、暗黒色の翼をばさりと一度羽ばたかせて背中にしまった。
「なるほど。レネの好きそうな地味な男だな」
「す、す、好きそう・・・地味って・・・」
いろいろ言われて混乱する僕。後半はともかく、前半は悪くないどころか、小躍りしたくなるような事実。
「そうですか?これでも、私は人を見る目はあるんですよ」
にこにこしているレネ。肯定はしなかったけど、否定もしなかった。これはもしや・・・
「まあ、見た感じウブな童貞そうだから、信用できそうかな」
顔見ただけでわかるのか。
少し複雑な気持ちでいると、リンさんはにやりとして近付いて来て僕の耳元で、
「わかるさ。レネの下着見て興奮してたんだろう?それに、レネのあの体見て悶々と・・・なあ、ちょっと味見してやろうか?」
そう囁いて犬歯を見せる。
「ち、ちょっと!」
あんな綺麗な顔で耳元で囁かれたらゾクゾクするじゃないか。
リンさんは慌てふためく僕をにやにや眺めている。からかわれているみたいだ。
「ダメですよ」
レネが頬を膨らませる。わあ、可愛い。
「ショウさんは私が食べるんですから」
誤解を招きそうな言葉。
やはり誤解したのか、目を丸くするリンさん。
「まあ、自由だけどさ」
はて、誤解されたままの方がいいのか、誤解を解いた方がいいのか。
「なあ、少年」
悪魔様は腕を組んで僕を見ている。
「君がどう思っているか知らないが、こう見えてレネは用心深い」
「え?用心深いの?」
「そうだ。この間軽薄な遭難者がこの島に漂着したんだが」
「軽薄な遭難者?」
聞いたことのない言葉。
「目が覚めた途端にセイレーンのケツを追いかけ始めるような奴だったんだが」
うん。それは軽薄な遭難者。
「レネの警戒っぷりはすごかった。毛を逆立てた猫みたいに攻撃的になってな」
「そうなの?こんなにこにこしてるのに」
レネのほっぺをつんつんする。
「くすぐったいです」
なんだか嬉しそう。
そんなレネをリンさんは指差す。
「こんな顔なんか見せなかったぞ」
「そうなんだ。レネって皆んなに同じ態度とるんだと思ってた」
レネが怒っているとか、攻撃的になっているところとか想像できない。そう思いながらレネの顔を見ると、にっこりと笑顔を返してくれた。
「結局その軽薄な遭難者は、三日で壊れる筏に乗せて放り出したんだが」
恐ろしい。僕も不義理を働いたらそんな目に遭わされるのか。
「それまでレネを抑えておくのが大変だったんだ」
こんな小春日和みたいな笑顔なのに。
「だから、なんでだかは知らないが、少年の事は随分信用しているみたいだな。少なくとも、下着を託すくらいは」
そうなんだ。レネは誰にでも無防備だと思っていたけど、僕にだけ無防備なんだ。
そう考えると心が晴れやかになって、誇らしい気持ちになってくる。
「まあ少し安心した。レネをたぶらかす野郎だったら、三日で壊れる小船の上で三日間磔にして、三日目に海に流してやろうと思っていたんだが」
絶対にたぶらかしません。
「だから」
リンさんは僕の肩をぽんと叩き、レネに聞こえないくらいの声で、
「うまくやれよ」
その言葉の意味を瞬時に読み取った僕の体中の血液が、あっと言う間に沸騰する。
リンさんはさらに続ける。
「レネはセイレーンにしては珍しく、君ら人間でいう生娘だからな。優しくしろよ」
「な、ぼ、僕は・・・」
今の僕は真っ赤な顔をしているに違いない。そんな僕を見てリンさんは大笑いしているし、レネは不思議そうな顔をしている。
「はっはっは。やっぱりおもしろいな少年!」
リンさんはそう言うと、背中にしまっていた真っ黒な翼を広げる。
「何か困った事があったら言って来な。逢引きの仕方から避妊の仕方まで教えてやる」
「避妊って何ですか?」
純粋な顔で僕に聞かないで。つか、セイレーンって妊娠するの?
思わず不謹慎な事を考えてしまい、更に熱を帯びる僕の顔。
そんな僕を嘲笑うかのように、リンさんは翼を羽ばたかせてふわりと浮き上がる。
「二人の事はこれから観察させてもらうよ。じゃ」
そう言ってゆっくりと去って行く。
その後ろ姿を眺めながら——
「無茶苦茶だったけど、悪い人じゃなさそうだね。あの悪魔様」
「悪魔じゃねぇ!」
そんなリンさんの声が聞こえるようだった。
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