上 下
19 / 38
ハーレム第4章 ショタと俺

初対面はカツカレーの味

しおりを挟む
 注文したメロンソーダと、母の食べ残しのボリュームカツカレー限界マックス盛り(こんなもの頼んでおいてぬけぬけと財布を忘れたのか)が俺の腹に収まるころには、赤火と少し和やかな視線を交わすことができるようになっていた。彼は今、大城さんの元を離れて俺の足元で玩具を広げ、楽しげにキャッキャと遊んでいる。
 そんな彼の言動に時折り合いの手を入れたりしていると、大城さんが目を細めて言った。
 「光君は子供が好きなのねえ」
 「何かちっちゃい子と一緒にしとくと仲良くなってること多いよね、あんたは」
 母がその言葉を受けて続ける。
 「そうですかねえ、自分ではそんな子供の相手が得意とは思ってないですけど」
 ソーダに刺さったストローの折り目をくるくる弄んで言葉を返した。
 「ははっ、あんたの精神が子供だから気が合うんじゃないの」
 母の軽口をはいはいと聞き流し俺は赤火へと視線を落とす。先ほどのヒカリのフィギュアが彼の手に収まり、その脚で怪獣のフィギュアを蹴散らした。ばーんずごーん、などと言って夢中になっている。

 「かっこいいよなあ、ヒーロー」
 きらきらと輝く子供の瞳を見ながらそう声をかける。ちょっとくらい気安く話しかけてもそろそろ大丈夫かな?という思いから、俺の声は間延びしたものになっていた。それは赤火にも伝染したようだ。顔を上げ、ニカッと歯を見せてくれる。
 「俺大きくなったらヒカリみたいにつよーい大人になる!」
 「へーえ」
 自分のことを言われているのではないと分かっていても、何やら少々こそばゆい。
 「そんでー、いっぱい必殺技とか出せるようになる!」
 「はは、必殺技か!ちょっと俺に出してみてよ」
 そう言って椅子から降り、俺は床に膝をついた。
 子供って大体必殺技を出せるチャンスを見逃さない。赤火はさっと立ち上がると、俺に向かってきた。
 「うおおっ!ゲキピカストームッ!」
 そう叫んで、受け止めようと構えていた俺の両手の下・・・・・・、わき腹に向かって思い切り手刀を叩き込む。
 「うぅおっっ、っってえぇぇぇ!!・・・・・・お、お前っ、普通この手に向かってやるだろ!」
 どつかれたわき腹を押さえて崩れ落ちる俺を見て、赤火はニイッと満面の笑みを浮かべる。
 「こら赤火!調子に乗るんじゃない!ごめんなさいね光君」
 「はは、だ、大丈夫っす・・・・・・」
 呻きながらわき腹をさする。
 「よかったわねえ正義の味方からお仕置きしてもらえて。これでいつも風呂場で寝て溺れかける癖も直ったかなあ?」
 悪魔のように笑っている母とそれに青筋を立てる俺の目の前で、赤火が未だ大城さんからお小言を受けていた。どうやら大城さんの何らかのスイッチが入ってしまったようだ。
 「もー!あんた先週もお友達にそれやってサッカーの監督に怒られたでしょ?何回おんなじことすんのよ!」
 目を吊り上げる大城さん。赤火はというと、知らん顔で再び玩具遊びを再開している。きっと大城家ではこの流れが日常なのであろう。しかし、続く大城さんの「もういいわ、あんた、今度のプロペラキッズ杯の前に予防接種受けなかったら本当に試合出さないからね」という言葉で空気が変わった。

 赤火が慌てふためいて大城さんに駆け寄る。手にはヒカリのフィギュアを持ったまま、何度か足をもつれさせながら。
 「やだ!出る!出るー!」
 「じゃあ今日こそ絶対注射しに行くのよ」
 大城さんは事も無げに赤火の額を片手で押しやった。
 「やだああああ!注射やだあああああ!!」
 まるでこの世の終わりのように、赤火が喚く。
 「あんたね、毎日好きなことして遊んでばっかで。嫌なことはしたくなくてサッカーの試合は出たいって。いい加減にしなさいよ」
 「やだー!注射怖いー!やだー!!」
 ほとんど半狂乱で地団駄を踏む赤火。
 「ちょっと!お店の中で騒ぐんじゃない!迷惑でしょう!」
 俺たちの他に店内に客はいない。ちらりと視界を回すと店員の顔が見えた。苦笑しながらもまだ温かく見守ってくれている、の範疇だろう。
 「ははっ、好きなことして遊んでばかりなんだって!あんたと一緒だねえ!」という母の言葉は無視して、俺は少し仲良くなった幼い少年の後姿に向かって声をかけてやる。
 「赤火君、注射嫌なんだ。大丈夫だよ、あんなのなーんにも考えないようにして天井見てたら終わるって」
 軽い感じで言ってみたが、欠片も状況は変わらなかった・・・・・・、いや、大城さんの語気が強くなっただけだった。
 「ほらー。光お兄ちゃんもああ言ってるじゃない。みんなやってるのよ、あんただけ行かないなんてダメ」
 そう大城さんにたしなめられるが、赤火はぐずるばかりだ。「うぅ・・・・・・」とか「だって・・・・・・」とか言葉未満の何かを口から発している。
 大城さんが心底うんざりしたような表情で首を振った。うっかりこの会話の構成メンバーとなってしまった俺は、しかしどうこの間を埋めていいか分からず、「大変ですねえ」と曖昧な笑みを浮かべてみる。
 「もーずっとこれなんですよ。病院行くよって言ったら嫌だ嫌だって床にひっくり返る始末で」
 「はあ」
 「私もついガミガミ言っちゃって、そしたらますますこの子は頑固になって・・・・・・。でも私だって忙しいし、病院にだって予約取った時間以外受け付けてもらえないし、本当に今日こそ連れていかないと・・・・・・」
 大城さんの右手の人差し指は苛立ちを発散させるようにコツコツとテーブルの縁を叩いていた。
 赤火はそんな母親の様子を肌で感じ取ったのだろうか。べそをかきつつも表情は固くなり、じっと床を見つめている。
 「ぐす・・・・・・行かない・・・・・・。注射やだ・・・・・・」
 そう言って自分の身体を抱きかかえるようにして縮こまった。

 「赤火君なんでそんなにお注射が嫌なのかな?」
 何でもないような口ぶりで、母が声を上げた。よく見るとその手元にはおしぼり製の犬が鎮座している。
 赤火は「うう・・・・・・」と呻き、鼻をすすり上げながら吐露した。
 「こ、怖いんだもん・・・・・・」
 「お注射が?」
 「注射もだけど・・・・・・。びょ、病院の中とか・・・・・・。お医者さんとか・・・・・・」
 「ははあ、雰囲気が怖いってことかな?」
 わざと大げさに、茶目っ気を出しながら頷いてみせる母。
 「このお兄ちゃんもねー、赤火君くらいの年の頃、お注射打つ時最初は全然平気って威勢よかったのに、いざ病院でお医者さんの前に座ったらもじもじして帰るー!って泣き出しちゃって。ふふ、雰囲気に飲まれることってあるよねー、分かる分かる」
 「いちいち俺のエピソード引き合いに出さないと喋れないの?」
からからと笑う母に何を言っても無駄である。
 「まあでも、お注射行かないとサッカー行かせてもらえないなら仕方ないね。腹くくって行ってこよう」
 「そうよ赤火。・・・・・・ああもうこんな時間。さあお医者さん待ってるから。立ちなさい、行くわよ」

 「うっ、ううぅ・・・・・・」
 赤火が急に顔面蒼白になった。
 「ふぅっ、うううっ、お、お腹痛い・・・・・・」
 しゃがんだまま身体をくの字に曲げ、びくびくと痙攣し始める。
 「えっ?大丈夫?」
 ちょっとただ事じゃない雰囲気だ。俺の言葉に大城さんがため息をつく。
 「ああ・・・・・・。またか・・・・・・」
 「また?」
 俺の問いかけに、大城さんが疲れたような表情で答える。
 「なんでだろ、注射怖い怖いって言って、それでも無理に行かせようとするとお腹痛いって言い出すんですよね。それでいっつも病院の入り口まで来て帰ることになったりとか」
 そう言うと大城さんはがっくりとうな垂れてしまった。
 「頭ごなしに怒鳴ってるのが良くないのかなとは思いますけどね。でも私も毎日家と仕事の往復で、この子の兄弟も多くてやることいっぱいあって、毎日時間ない時間ないってそればかり思って・・・・・・なのにこうして駄々こねられるもんだからつい大きな声出しちゃって・・・・・・」
 俯く大城さんの前で、青ざめた顔でうんうん唸る赤火。
 「注射くらいぱっぱと行ってくれー!って思うんですよね・・・・・・」

 そう言った大城さんの眉間に深い皺が刻まれた。兄弟が多くて仕事もしてって、そりゃ確かに大変だろうな。
 「ありゃりゃあ、重症だね」
 と、口に運びかけたコーヒーカップを止めたままの母。俺は苛立ち途方に暮れる大城さんと、今や顔面蒼白になって苦しむ赤火とを交互に見ていた。
 ・・・・・・注射、注射かあ。確かに母の言葉通り幼少の俺にとっても憂鬱なものだった。今だってあまり楽しくはない。あの白い診察室。カチャカチャと高い金属が触れ合う音。そして細く銀色に光る針が今まさに自分の皮膚に突き刺さろうとする瞬間。たった数回しか経験のないことのはずなのに、あの独特の感触がはっきりと蘇ってくる。過剰に拒否を示す児童だって、そりゃいるだろう。その上母親が何度もきつく叱責してくるのだ。さっきの大城さんの言葉を聞くに、家の中もピリピリした雰囲気かもしれない。うーん・・・・・・。

 「・・・・・・赤火君、今日は俺と一緒に病院に行こうか」

 「・・・・・・へ?」
 泣きべその幼児が、あっけに取られた顔でこちらを見た。
 「えっ!?」
 大城さんも驚愕の表情を向けてくる。
 ごめん、俺もぶっちゃけ驚いてる。なんでこんな事言ったんだ。母がコーヒーを啜るずるるるる、という音が最高に空気読めてなかった。

 「え、ええ~とその・・・・・・。ほ、ほら、ち、違う人と一緒に行けば気分が変わったりとかするかなーって・・・・・・思っ・・・・・・て・・・・・・」
 しどろもどろの言葉が宙に浮いたようになる。ぎこちない動きで大城さんと赤火の顔を交互に見た。
 「えーっ・・・・・・。いえいえそんな。まさかよその人に行っていただくなんて・・・・・・、あはは・・・・・・」
 あーあ、大城さんが流してくれようとしてるじゃん、あーあ!ちょっと待ってちょっと待って!
 「あのっ・・・・・・マジで俺、この後特に用事とかもないんで・・・・・・。行きますよ、一緒に。あ、もちろん赤火君がよければですけど」
 「そんなことしていただかなくて大丈夫ですから!」と手を振る大城さんの横で呆然としている赤火に向かって、俺は「どうする?赤火君」と、なるべく穏やかに言った。
 「ちょっとさ、お兄ちゃんと一緒に病院行ってみないか?ほら、軽くお散歩するくらいの気持ちで行けばいいし・・・・・・、すみません大城さん病院ってどこのー・・・・・・、ああ、西浦医院。ならすぐそこですね。・・・・・赤火君、俺、赤火君ともっとおしゃべりしたいなー。ピカレンジャーの話しようよ。な!」
 赤火は一瞬硬直したが、明らかにそわそわしだしたのが分かった。活発そうな二つの瞳が逡巡するようにきょろきょろ動く。
 「な、赤火君。もし無理そうだったら今日も帰ってくればいいから。病院までブラーッとさ、ちょっと行ってみようぜ!」
 「・・・・・・ほんとに、無理だったら帰ってきてもいい?」
 テーブルのすぐ横の窓から入ってきた陽光が、彼の不安げな瞳の中できらきらと輝く。大城さんの前でうんと言ってやるのは気が引けたが・・・・・・。
 「・・・・・・おう!任せとけって!」
 俺は椅子から立ち上がり、小さな彼の頭にそっと触れる。赤火は一瞬怖気づくような反応を見せたが、そのまま俺に撫でられるままになっていた。


 元気いっぱいのやんちゃな彼の性格に反して、その髪の毛は細く、ふわふわと俺の指に馴染んだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:8,441pt お気に入り:540

愛 玩 人 体

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:65

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:98,335pt お気に入り:3,154

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,564pt お気に入り:3,569

処理中です...