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13 夕暮れのスイカ
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「もう俺息止まりそうになっちゃってさ。その1枚でだよ?そのバンドは好きだったけど、CDのジャケットにそこまでの思い入れ持ったことはなかったんだよね。それが、一瞬で虜になっただけじゃなくて、そのジャケットを作った人とか、作る工程なんかに一気に興味が出てきたんだよ。どんな人が作ったんだろうと思って調べたら、なんと日本の会社が制作したっていうんだよね!そっからはもう夢中で講座に通ったりデザイン系の学校探したりして。もうまっさかさま!転落しちゃったみたいな感じ!」
「まっさかさまとか転落ってまるで悪いことみたいじゃねえか。目指したいものが見つかったんだろ?」
暖雪の苦笑しながらの突っ込みに、大海はようやく我にかえって少し恥ずかしそうにする。でも、一度点火された熱が冷める様子は見られない。肩にかけたカバンからペットボトルのお茶を出し、一口飲んでから一息ついた。
「それでね、その制作をメインで担当したのが当時その会社に所属してた、今度俺が入社する事務所の代表だったってわけ。はあ、俺もいつかあの人みたいに、誰かを夢中にさせたり喜んでもらえたりできるようなもの作れるようになりたい……」
「そっかあ」
暖雪は何だか羨ましさを覚えていた。
「すげえな。俺そんな風に熱中できるようなこととか何もないよ」
暖雪が公務員を志したのは高校生の時である。一生懸命勉強して夢を叶えたわけだが、これからの人生で何か達成したいことや、こんな人間になりたいというような目標などはない。
「ふふ。いやいや、今の俺は何もないただの人だから。これから色々学んでちょっとずつ一人前に……、あっ!」
大海が、車窓の外のある一点を指さして、興奮気味に声を上げる。
「どうした?」
「雪ちゃん見て見てあのライトアップされてるとこ!俺の師匠が美術面の監修したんだよ!こうやって上から見た時に、展示物の並びが大きな海水浴場みたいに見えるように設計してあるんだって」
暖雪は大海の指さす先を見た。
そこは大きな公園の一角で、何やら大型のイベント会場の設営がされているようだった。会場の中央でひと際目を引くのは、有名食品メーカーの看板キャラクターを模した形の巨大バルーンである。
「おおー、本当だ。あのアトラクションとかフードコートの色の組み合わせがちょうど砂浜とか波とかパラソルに見える」
言いながら、暖雪はスマホを出して公園の名前で検索してみた。
出てきた記事のタイトルを読むと、どうやら開催されるのはテレビ局と大手芸能事務所、そして大手食品メーカーがタイアップした夏のイベントらしい。かなりの開催規模だ。
「あのでっかいバルーンはね、スイカ割りのスイカをイメージしてるんだって」
「なるほどなあ、……すげえじゃん。お前もああいうのに関わったりするようになるわけ?」
「そうなれるように頑張んなきゃなあ~。……はあ」
会場が遠ざかっていくまでモノレールの窓に顔を近づけていた大海は、やがてため息をつく。これからの未来に、大きな期待が現れている顔だった。そしてそれだけでなく、興奮や緊張や不安も伝わってくるような。
上司となる人の仕事を目の当たりにして、胸がいっぱいになったのだろう。
ずっと市役所職員として生きてきた暖雪は、あのような派手な仕事とは無縁だ。何かを自分の手で作り上げたような経験もないから、今の大海の気持ちを想像するのも難しい。
(……でも、もう少し、もう少しだけ背中を押してやりたいな)
そんな思いが、心の底から湧き上がってきた。
「大海……」
だから、少し考えた後にこんな言葉をかけてみる。
「実はさ、このルート若干遠回りっていうか、乗り換えせずうちの最寄まで行ける電車他にもあるんだけど。こっちの方が途中景色が楽しいっていうか、面白いものがたくさんあると思ったからわざと選んだんだ。別のルートだったらこのイベント会場見れなかったよ」
「そうだったの?」
「そうそう。住宅地とか見るよりはこんな風に公園とかの方が外国から来たばかりのやつにはいいんじゃないかと思ってこのモノレールに乗ることにしたんだけど。だからさっきの公園とか観れたのは完全に偶然なんだ」
何とか大海の気分を上げてやりたくて、暖雪も身を乗り出して言葉を続ける。
「結果いいもん見れてよかったよ。しかも今ちょうど夕暮れにライトアップされてて一番綺麗に見える時間帯だし。お前が空港間違えて時間遅れたおかげじゃん。怪我の功名ってやつだよ。なかなか“持ってる”んじゃないの、お前」
大海の切れ長の目が、僅かに揺らいでこちらを見た。その瞳の瞬きに、なぜだかこちらが応援されているような気になって、暖雪は一気に残りの言葉を繋げる。
「……だからその、お前ポテンシャルあるんじゃないかと思う。大丈夫だよ、きっと。成功する」
そう言うと、大海は分かりやすく喜んだ。
「おお~。ありがとう!さすが雪ちゃん、俺を喜ばせるプロだねえ~」
「調子が良すぎだろ。この電車に乗ったのは偶然だっての」
ストレートな感謝の言葉にむず痒くなってそんな軽口を叩いてみるも、そこまで喜んでもらえると嬉しい。
「いやいや、雪ちゃんがこっちのルートを選んでくれたおかげだよ」
大海の言葉一つ一つが、まるでキラキラという音を伴って耳に響くようだった。
こんなやつと一緒に住めるなんてよかった。
ふとそんな思いが、暖雪の心に生まれる。
「……お前すごいよ、大きい夢があって、そのために国境を越えるような情熱も持ってて。俺なんかと考えることのスケールが全然違う。きっと将来成功するよ、頑張れよ」
「何言ってんの、雪ちゃんだってすごいじゃない。市に住んでる人全員のために毎日頑張ってるんでしょ?家や職場の外一歩出たらそこ歩いてる人たち全員がお客さんなのと一緒じゃん」
大海の真剣な顔が、夕暮れの太陽に照らされていた。
「もちろん俺がこれからやる仕事も制作物の先に一般のユーザーの人がいるけどさ。市民全員がお客さんだって考えると緊張感やばいと思うなあ~。ちょっとポカしたらすぐ苦情来たりするんでしょ?公務員は大変だと思うよ」
「……いや。本当にすげーわお前。そういうとこ」
きちんとしなければ。こんなやつが自分を頼ってアメリカから遥々来たんだ。そんな風に背筋が伸びる思いが否応なしに芽生えるのだった。
「まっさかさまとか転落ってまるで悪いことみたいじゃねえか。目指したいものが見つかったんだろ?」
暖雪の苦笑しながらの突っ込みに、大海はようやく我にかえって少し恥ずかしそうにする。でも、一度点火された熱が冷める様子は見られない。肩にかけたカバンからペットボトルのお茶を出し、一口飲んでから一息ついた。
「それでね、その制作をメインで担当したのが当時その会社に所属してた、今度俺が入社する事務所の代表だったってわけ。はあ、俺もいつかあの人みたいに、誰かを夢中にさせたり喜んでもらえたりできるようなもの作れるようになりたい……」
「そっかあ」
暖雪は何だか羨ましさを覚えていた。
「すげえな。俺そんな風に熱中できるようなこととか何もないよ」
暖雪が公務員を志したのは高校生の時である。一生懸命勉強して夢を叶えたわけだが、これからの人生で何か達成したいことや、こんな人間になりたいというような目標などはない。
「ふふ。いやいや、今の俺は何もないただの人だから。これから色々学んでちょっとずつ一人前に……、あっ!」
大海が、車窓の外のある一点を指さして、興奮気味に声を上げる。
「どうした?」
「雪ちゃん見て見てあのライトアップされてるとこ!俺の師匠が美術面の監修したんだよ!こうやって上から見た時に、展示物の並びが大きな海水浴場みたいに見えるように設計してあるんだって」
暖雪は大海の指さす先を見た。
そこは大きな公園の一角で、何やら大型のイベント会場の設営がされているようだった。会場の中央でひと際目を引くのは、有名食品メーカーの看板キャラクターを模した形の巨大バルーンである。
「おおー、本当だ。あのアトラクションとかフードコートの色の組み合わせがちょうど砂浜とか波とかパラソルに見える」
言いながら、暖雪はスマホを出して公園の名前で検索してみた。
出てきた記事のタイトルを読むと、どうやら開催されるのはテレビ局と大手芸能事務所、そして大手食品メーカーがタイアップした夏のイベントらしい。かなりの開催規模だ。
「あのでっかいバルーンはね、スイカ割りのスイカをイメージしてるんだって」
「なるほどなあ、……すげえじゃん。お前もああいうのに関わったりするようになるわけ?」
「そうなれるように頑張んなきゃなあ~。……はあ」
会場が遠ざかっていくまでモノレールの窓に顔を近づけていた大海は、やがてため息をつく。これからの未来に、大きな期待が現れている顔だった。そしてそれだけでなく、興奮や緊張や不安も伝わってくるような。
上司となる人の仕事を目の当たりにして、胸がいっぱいになったのだろう。
ずっと市役所職員として生きてきた暖雪は、あのような派手な仕事とは無縁だ。何かを自分の手で作り上げたような経験もないから、今の大海の気持ちを想像するのも難しい。
(……でも、もう少し、もう少しだけ背中を押してやりたいな)
そんな思いが、心の底から湧き上がってきた。
「大海……」
だから、少し考えた後にこんな言葉をかけてみる。
「実はさ、このルート若干遠回りっていうか、乗り換えせずうちの最寄まで行ける電車他にもあるんだけど。こっちの方が途中景色が楽しいっていうか、面白いものがたくさんあると思ったからわざと選んだんだ。別のルートだったらこのイベント会場見れなかったよ」
「そうだったの?」
「そうそう。住宅地とか見るよりはこんな風に公園とかの方が外国から来たばかりのやつにはいいんじゃないかと思ってこのモノレールに乗ることにしたんだけど。だからさっきの公園とか観れたのは完全に偶然なんだ」
何とか大海の気分を上げてやりたくて、暖雪も身を乗り出して言葉を続ける。
「結果いいもん見れてよかったよ。しかも今ちょうど夕暮れにライトアップされてて一番綺麗に見える時間帯だし。お前が空港間違えて時間遅れたおかげじゃん。怪我の功名ってやつだよ。なかなか“持ってる”んじゃないの、お前」
大海の切れ長の目が、僅かに揺らいでこちらを見た。その瞳の瞬きに、なぜだかこちらが応援されているような気になって、暖雪は一気に残りの言葉を繋げる。
「……だからその、お前ポテンシャルあるんじゃないかと思う。大丈夫だよ、きっと。成功する」
そう言うと、大海は分かりやすく喜んだ。
「おお~。ありがとう!さすが雪ちゃん、俺を喜ばせるプロだねえ~」
「調子が良すぎだろ。この電車に乗ったのは偶然だっての」
ストレートな感謝の言葉にむず痒くなってそんな軽口を叩いてみるも、そこまで喜んでもらえると嬉しい。
「いやいや、雪ちゃんがこっちのルートを選んでくれたおかげだよ」
大海の言葉一つ一つが、まるでキラキラという音を伴って耳に響くようだった。
こんなやつと一緒に住めるなんてよかった。
ふとそんな思いが、暖雪の心に生まれる。
「……お前すごいよ、大きい夢があって、そのために国境を越えるような情熱も持ってて。俺なんかと考えることのスケールが全然違う。きっと将来成功するよ、頑張れよ」
「何言ってんの、雪ちゃんだってすごいじゃない。市に住んでる人全員のために毎日頑張ってるんでしょ?家や職場の外一歩出たらそこ歩いてる人たち全員がお客さんなのと一緒じゃん」
大海の真剣な顔が、夕暮れの太陽に照らされていた。
「もちろん俺がこれからやる仕事も制作物の先に一般のユーザーの人がいるけどさ。市民全員がお客さんだって考えると緊張感やばいと思うなあ~。ちょっとポカしたらすぐ苦情来たりするんでしょ?公務員は大変だと思うよ」
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