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1話 難病の発現
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俺たち人間は、生まれながらの男女という性別のほかに、もうひとつ“第二次性”を持つ。
DomとSub──支配する者と、支配される者。
この二つの性は、互いに「支配したい」「されたい」という衝動を抱え、プレイと呼ばれる行為でしかその“欲”を発散できない。怠れば体調不良や情緒の不安など、目に見える不調として身体に跳ね返ってくる。
「南、そろそろ真剣に治療を考えてみない?」
そう言ってくるのは、俺の幼馴染で医師の板橋賢誠。
今日も持病のせいで、俺は賢の診察室を訪れていた。
「まだ薬のままでいい……」
「……はぁ、わかった。だけど、治療のことも考えてみて」
「悪いな」
賢は眉を寄せながらも、それ以上は踏み込んではこない。
診察を終え、俺は静かになった待合室で処方箋が出るのを黙って待つ。
俺はSubだ。
発現は高校生と遅めだったが、それを自覚した矢先に、自分が“難病”だと知った。
第二次性が発現した生徒は必ず講義を受ける。そこでDomとSubの性質、プレイの意味について教わる。もちろん、Domだけが持つ“グレア”についても──。
─────────────────────
「──ここまででわからないことはないか?」
先生の言葉に、一人の男子生徒が手を挙げた。
「グレアって何なんですか?」
その質問に教室が静まり、興味の視線が集まる。
その時の俺は、どこか他人事のようにその空気を眺めていた。
「グレアは、プレイ時にDomが放つフェロモンのようなものだ。」
先生が丁寧に説明していると、不意に、後ろの席から小声が漏れてきた。
「俺たちDomだし、出せるんじゃね?」
「やっちゃうか!」
「いや、駄目だろ、笑」
軽い調子の話し声。
それを注意するように振り返ったのは、一人の女生徒だった。
「ちょっと。グレアは同意なしに出しちゃいけないのよ。まして公共の場なんだから」
DomSubを持つ者なら誰でも知っている常識。
それを言われた男子生徒は、むっとしたように顔をしかめる。
「は?そんなの知ってるっつの」
「てか、お前、Domに喧嘩売ってんの?」
威嚇するような声音。
女生徒も引く気はなく、真っ向から睨み返した。
その瞬間だった。
微弱な何かが、ふわりと肌にまとわりつく。
まるで空気の層が触れたような奇妙な感覚だ。
……なんだ?
考える暇もなく、次の瞬間には全身に水を被ったような寒気が走る。
血の気がすうっと引いていくのが、自分でも分かった。
「南? 大丈夫か?」
最初に異変に気づいてくれたのは賢だった。
けれど、返事をする前に、身体が勝手に痙攣し始め、視界が遠ざかる。
「先生ッ!南が──!」
「どうしたッ!?」
周囲が騒いでいる気配だけはわかったが、内容まではもう聞き取れない。
そのまま俺の意識は暗闇へと落ちた。
次に目を覚ました時、俺は病院のベッドの上だった。
そこで医師に言われた一言、俺が抱えている病の正体だ。それは──『サブドロップ症候群』
サブドロップはSubに強いストレスがかかった時の防衛反応だが、本来は相当な負荷がかからないと起こらない。
だが俺は、ほんのわずかなグレアでも発症してしまう。
つまり──プレイができないSub。
欲求を発散しなければ不調になる身体なのに、その欲求を満たすことができないんだ。
”欠陥sub”──そう言われても否定できなかった。
賢は「相性のいいグレアの相手を見つければなんとかなるかもしれない」と言っていたが、俺は半ば諦めている。
だから、薬で欲そのものを抑え込んでいる。
けど、薬にも限界があって、その副作用は日に日に重くなる一方だ。
頭痛はほぼ日常化し、ひどい日は動悸や吐き気まで襲う。
賢が治療を勧めるのも無理はない。
けど治療と言ってもグレアにとにかく触れるという荒療治だ。
発症例が少なすぎて、医学的な方法が確立されていない分、物理的な接触治療しかない。
だが──初めて経験したサブドロップの感覚が邪魔をして、治療にまで踏み込めない。
やっと名前を呼ばれ、処方箋と見慣れた薬を受け取る。
今日もなんとか生命線をつなぎ止めただけだ。
足取りの重いまま家に戻り、俺は真っ先に布団へ突っ伏す。
今はフリーライターとして生活に困らない程の稼ぎがあり、それほど困ったことはない。
だがこの体調がずっと続くと思うと、ただただ胸が重い。
その重さに沈むように、俺は眠りへ落ちていった。
DomとSub──支配する者と、支配される者。
この二つの性は、互いに「支配したい」「されたい」という衝動を抱え、プレイと呼ばれる行為でしかその“欲”を発散できない。怠れば体調不良や情緒の不安など、目に見える不調として身体に跳ね返ってくる。
「南、そろそろ真剣に治療を考えてみない?」
そう言ってくるのは、俺の幼馴染で医師の板橋賢誠。
今日も持病のせいで、俺は賢の診察室を訪れていた。
「まだ薬のままでいい……」
「……はぁ、わかった。だけど、治療のことも考えてみて」
「悪いな」
賢は眉を寄せながらも、それ以上は踏み込んではこない。
診察を終え、俺は静かになった待合室で処方箋が出るのを黙って待つ。
俺はSubだ。
発現は高校生と遅めだったが、それを自覚した矢先に、自分が“難病”だと知った。
第二次性が発現した生徒は必ず講義を受ける。そこでDomとSubの性質、プレイの意味について教わる。もちろん、Domだけが持つ“グレア”についても──。
─────────────────────
「──ここまででわからないことはないか?」
先生の言葉に、一人の男子生徒が手を挙げた。
「グレアって何なんですか?」
その質問に教室が静まり、興味の視線が集まる。
その時の俺は、どこか他人事のようにその空気を眺めていた。
「グレアは、プレイ時にDomが放つフェロモンのようなものだ。」
先生が丁寧に説明していると、不意に、後ろの席から小声が漏れてきた。
「俺たちDomだし、出せるんじゃね?」
「やっちゃうか!」
「いや、駄目だろ、笑」
軽い調子の話し声。
それを注意するように振り返ったのは、一人の女生徒だった。
「ちょっと。グレアは同意なしに出しちゃいけないのよ。まして公共の場なんだから」
DomSubを持つ者なら誰でも知っている常識。
それを言われた男子生徒は、むっとしたように顔をしかめる。
「は?そんなの知ってるっつの」
「てか、お前、Domに喧嘩売ってんの?」
威嚇するような声音。
女生徒も引く気はなく、真っ向から睨み返した。
その瞬間だった。
微弱な何かが、ふわりと肌にまとわりつく。
まるで空気の層が触れたような奇妙な感覚だ。
……なんだ?
考える暇もなく、次の瞬間には全身に水を被ったような寒気が走る。
血の気がすうっと引いていくのが、自分でも分かった。
「南? 大丈夫か?」
最初に異変に気づいてくれたのは賢だった。
けれど、返事をする前に、身体が勝手に痙攣し始め、視界が遠ざかる。
「先生ッ!南が──!」
「どうしたッ!?」
周囲が騒いでいる気配だけはわかったが、内容まではもう聞き取れない。
そのまま俺の意識は暗闇へと落ちた。
次に目を覚ました時、俺は病院のベッドの上だった。
そこで医師に言われた一言、俺が抱えている病の正体だ。それは──『サブドロップ症候群』
サブドロップはSubに強いストレスがかかった時の防衛反応だが、本来は相当な負荷がかからないと起こらない。
だが俺は、ほんのわずかなグレアでも発症してしまう。
つまり──プレイができないSub。
欲求を発散しなければ不調になる身体なのに、その欲求を満たすことができないんだ。
”欠陥sub”──そう言われても否定できなかった。
賢は「相性のいいグレアの相手を見つければなんとかなるかもしれない」と言っていたが、俺は半ば諦めている。
だから、薬で欲そのものを抑え込んでいる。
けど、薬にも限界があって、その副作用は日に日に重くなる一方だ。
頭痛はほぼ日常化し、ひどい日は動悸や吐き気まで襲う。
賢が治療を勧めるのも無理はない。
けど治療と言ってもグレアにとにかく触れるという荒療治だ。
発症例が少なすぎて、医学的な方法が確立されていない分、物理的な接触治療しかない。
だが──初めて経験したサブドロップの感覚が邪魔をして、治療にまで踏み込めない。
やっと名前を呼ばれ、処方箋と見慣れた薬を受け取る。
今日もなんとか生命線をつなぎ止めただけだ。
足取りの重いまま家に戻り、俺は真っ先に布団へ突っ伏す。
今はフリーライターとして生活に困らない程の稼ぎがあり、それほど困ったことはない。
だがこの体調がずっと続くと思うと、ただただ胸が重い。
その重さに沈むように、俺は眠りへ落ちていった。
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