サブドロップ症候群の南さんと、恋に落ちたDom

あゆみん

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2話 グレアの暴発と、見知らぬ人

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今日は珍しく、いつも頭の奥に張りつく痛みが薄い。
身体のだるさも幾分かましで、わずかだが、軽さすら覚えた。
なんとなく、仕事もはかどりそうだ。

「たまには、外に出るか」

俺は、軽く身支度を整えて部屋を後にする。
久しぶりに感じる昼の雑踏、人の行き交う音や車の音が混ざり合い賑やかだ。
お洒落なカフェや人が立ち並ぶ人気の御飯屋と、よりどりみどりだが、俺の足はいつもの喫茶店へと向かう。

カラン、カラン──。

「いらっしゃい……って、こんな時間に珍しいわね」

迎えてくれたのは店のオーナー。
俺より若いけれど、店を一人できりもりするだけの落ち着きと手際の良さを持っている。

「今日は調子がいいんだ」

「あら、確かに顔色がいつもより良さそうね」

俺はいつものアイスコーヒーに砂糖多めを頼み、カウンターの定位置へ腰を下ろす。
昼のピークがちょうど本格化してきた頃で、扉のベルはひっきりなしに鳴っていた。

体調の良い日しか来られないが、それでもこの店は落ち着く。
繁盛している様子を見ると、自分のことみたいに嬉しい。

甘いコーヒーを口に運びながら、店内のざわめきをBGMにPCへ向い合う。
集中していたせいで気づけば数時間が経ち、人の流れは落ち着いていた。
小し休もうとPCを閉じた、その時。
空いている席がいくらでもあるのに、わざわざ俺の隣へ誰かが腰を下ろす。

派手めな髪色、胸元の開いたシャツ。
落ち着いたこの店では浮いて見える、街のキャッチのような風貌だった。

「ねぇお兄さん、でしょ? 夜、足りてないんじゃない?」

思わず眉がひきつる。
明らかに第二次性を思わせる内容。公共の場で第二次性に触れるのは暗黙のマナー違反だ。

「………。」

こういう相手は無視が一番だ。
そう、聞こえないふりを貫こうとした。

「ちょっと、聞こえてるー?」

「お客様、このお店そういう場所じゃないのよ。わかったらお控えいただける?」

マスターが割って入ってくれた。
けど、優しい声に対し、目は笑っていない。

「おかまに用はねぇよ。俺が話してんのはこっちだっての。で、どうなの?」

「……」

構わず、相手にしないスタンスを貫くと、それに痺れを切らしたように男が逆上した。

「さっきから無視しやがって、──舐めてんのか!」

空気がぴんと張るような圧が走る。”グレア”だ。

外で放つなんて常識外れにもほどがある。公共の場だぞ──。

だが、俺の身体はそいつを咎める気持ちに反し、びくりと震え、胃が裏返るような吐き気が込み上げた。
指先の感覚が薄れ、そのまま椅子から崩れ落ちる。

「……っ」

視界の端で、男が狼狽えるのが見えた。
だが一番早く動いたのはマスターだ。

「誰か! 救急車を呼んで!」

床に倒れた俺に駆け寄り、店内に指示を飛ばす。
痙攣は止まらず、呼吸すらままならない。

真正面からグレアを受けたのは初めてで、身体の奥が悲鳴をあげていた。
正直、死が脳裏をかすめた。
その最悪の渦中に、一つの声が割って入る。

「蓮司! この騒ぎ、どうしたんだ?」

スターに駆け寄ってきた若い男。マスターと同年代だろうか。
意識がぼやけて、言葉がまともに拾えない。

「バカな客がグレアを放って……ケアしようにも私じゃ──」

マスターより先に、その男は俺に目を向けた。一瞬だけ迷うような表情。そして──

空気が変わる。。

グレアだ──けれど、さっきと違う。
肌を刺す嫌悪はなく、胸の奥の圧がゆっくり溶けていく。

荒かった呼吸が戻り、視界が安定した。
体調は悪いままだが、だいぶマシになった。

ほどなく救急隊が到着し、力の入らない身体ごと担架に乗せられる。

「……ありがとう」

見ず知らずの俺にケアを施してくれた男へ礼を告げ、俺は病院へ搬送された。

────────────────

事情を聞いた賢誠は、珍しく声を荒げた。

「その人の連絡先、聞いた?」

「いや……」

「なんで聞かないんだよ!」

怒られても困る。
そんな余裕のある状況じゃなかったし、”彼”にもう一度会うつもりもなかった。

初めて“心地よい”と感じたグレアの相手だったとしても、だ。
俺の体質に誰かを巻き込むことは考えられないし、もしかしたら彼には既にパートナーがいるかもしれない。

朧げな記憶だけど、綺麗な顔をしていたしな。

だが、賢誠はさらに苛立ち、「絶対に連絡先を聞け」と念を押してきた。

マスターの知り合いらしいから不可能ではない。
でも、迷惑をかけてしまう気がして、どこか落ち着かなかった。

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