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3話 仮のパートナー
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「先日はすみませんでした」
俺は小さな手土産を抱えて、マスターの店の扉を押した。
あの日、あまりの賢の圧しに負けた俺は、以前連絡先を交換していたマスターへメッセージを送った。
迷惑をかけたことへの謝罪と、きちんとお礼をさせてほしいというお願い──そして、あの日の“彼”について。
「全然気にしてないわよ。もとはと言えばあの男の方が悪いんだから。南ちゃんが謝る必要なんてないの」
マスターは手をひらひらさせながら笑ってくれる。
ああ、こののにこういう所に常連さんも惹かれるんだろうな。
ただ、それよりも気になるのはマスターの隣から真っ直ぐに向けられた視線。
真正面から見つめられるのに慣れていないせいで、喉の奥がつまったみたいに呼吸が落ちつかない。
「そういえば、メッセージの件ね。二人の方が話しやすいでしょ」
俺が事前に送ったメッセージ、──それは『彼と話す場をもらえないか』という内容。
マスターは、驚くほどすぐ『いいわよ』と返事をくれた。
「今日は店、お休みだから好きに席使ってちょうだい」
それだけ言い残して、マスターは裏へ消えていく。
残されたのは俺と彼の二人──やはり、とても整った顔をしている。
人と深く関わらない生活が続いていたせいか、どこに目を置けばいいのかさえ迷ってしまう。
「はじめまして、朝倉南です。先日は助けていただき、ありがとうございました」
そんな定型文みたいな挨拶しか出てこず、情けなくも思う。
彼の前にそっと菓子折りを差し出し返事を待つ。
だが、そのままじっと俺の顔を見ているだけで反応がない。
「……苦手でしたか?」
「あ、いえ。そんな、大したことしてないので。お礼なんて」
彼はわずかに戸惑ったように目を伏せた。
誰かを助けるのは“当たり前”だとでも言いたいのだろう、その表情は不思議だと、言いたげだ。
「苦手じゃなければ、ぜひ食べてください。美味しいものを共有したい大人のおせっかいとでも思って」
少し肩の力を抜くように言うと、彼はようやく袋をぎゅっと握りしめた。
沈黙が落ちた頃、彼の方から口を開く。
「南さん。俺は獅倉薫です。みんなからは“かおる”って呼ばれてます」
「薫くん…」
「年下なんで、敬語じゃなくて大丈夫です」
意外だった。
甘い顔立ちで、きっと言い寄られることも多いだろうに、浮ついたところのない落ち着き方。
挨拶ひとつで、彼の律儀さがよくわかる。
俺たちはカウンターの端に並んで座り、本題に入った。
話すからには年齢は関係ない。俺は彼と対等に向き合いたかった。
だから、自分の持病のこと、これまでの生活、体調がどう悪化しているか──包み隠さず全部話した。
薫くんは、少しも退屈そうな素振りを見せず、真剣に耳を傾けている。
すべて話し終えたあとで、俺は静かに切り出した。
「……今話した通り、治療も兼ねて、君に”パートナー”を頼みたい」
賢から必ず打診するように言われたこと──domsubのパートナーについて。
正直プレイすらできない俺には無縁の事だと思っていたけど、俺の身体は既に薬でごまかせない程限界を迎えているようだった。それでも──。
「だが、俺の体調より、俺は薫くんの気持ちを尊重したい」
薫くんが目を瞬かせる。
「これは俺の問題で……相性がいいからって押し付けるのは違うだろう? 俺は、本能だけで関係を決めたくないんだ。自分たちの意思を置き去りにしたくない」
運命だの、赤い糸だの──言葉はいろいろある。
でも俺は、domsunなんていう性別のカテゴリで関係を決めるより、自分で選びたい。
その点、助けてもらったことを抜きにしても、薫くんの変に擦れていなくて真面目なところは魅力的だし、そういう”人として”惹かれた部分もある。
「………」
薫くんは驚いたように固まっている。
気まずさが胸に広がり、俺は席を立ちかけた。
「やっぱり忘れてくれ。変な頼みをして悪かった」
「待ってください!」
薫くんが慌てて俺の腕を掴んだ。
思っていた以上に強い力で、俺はその場に立ちすくむ。
「その話……引き受けます。俺、南さんのパートナーになってみたいです」
まっすぐな瞳だった。
俺が頼んだはずなのに、どこか薫くんの方が覚悟を決めたような声音。
「お、俺は薫くんが大丈夫なら……お願いしたい、けど──」
「俺は大丈夫です」
即答だった。
「そ、それなら……よろしくお願い、したい」
まさかOKをもらえるとは思わず動揺して、語尾がうまくまとまらなかった。
けれど、そのぎこちなさすら救われるような温度で、薫くんは小さく微笑んでいた。
俺は小さな手土産を抱えて、マスターの店の扉を押した。
あの日、あまりの賢の圧しに負けた俺は、以前連絡先を交換していたマスターへメッセージを送った。
迷惑をかけたことへの謝罪と、きちんとお礼をさせてほしいというお願い──そして、あの日の“彼”について。
「全然気にしてないわよ。もとはと言えばあの男の方が悪いんだから。南ちゃんが謝る必要なんてないの」
マスターは手をひらひらさせながら笑ってくれる。
ああ、こののにこういう所に常連さんも惹かれるんだろうな。
ただ、それよりも気になるのはマスターの隣から真っ直ぐに向けられた視線。
真正面から見つめられるのに慣れていないせいで、喉の奥がつまったみたいに呼吸が落ちつかない。
「そういえば、メッセージの件ね。二人の方が話しやすいでしょ」
俺が事前に送ったメッセージ、──それは『彼と話す場をもらえないか』という内容。
マスターは、驚くほどすぐ『いいわよ』と返事をくれた。
「今日は店、お休みだから好きに席使ってちょうだい」
それだけ言い残して、マスターは裏へ消えていく。
残されたのは俺と彼の二人──やはり、とても整った顔をしている。
人と深く関わらない生活が続いていたせいか、どこに目を置けばいいのかさえ迷ってしまう。
「はじめまして、朝倉南です。先日は助けていただき、ありがとうございました」
そんな定型文みたいな挨拶しか出てこず、情けなくも思う。
彼の前にそっと菓子折りを差し出し返事を待つ。
だが、そのままじっと俺の顔を見ているだけで反応がない。
「……苦手でしたか?」
「あ、いえ。そんな、大したことしてないので。お礼なんて」
彼はわずかに戸惑ったように目を伏せた。
誰かを助けるのは“当たり前”だとでも言いたいのだろう、その表情は不思議だと、言いたげだ。
「苦手じゃなければ、ぜひ食べてください。美味しいものを共有したい大人のおせっかいとでも思って」
少し肩の力を抜くように言うと、彼はようやく袋をぎゅっと握りしめた。
沈黙が落ちた頃、彼の方から口を開く。
「南さん。俺は獅倉薫です。みんなからは“かおる”って呼ばれてます」
「薫くん…」
「年下なんで、敬語じゃなくて大丈夫です」
意外だった。
甘い顔立ちで、きっと言い寄られることも多いだろうに、浮ついたところのない落ち着き方。
挨拶ひとつで、彼の律儀さがよくわかる。
俺たちはカウンターの端に並んで座り、本題に入った。
話すからには年齢は関係ない。俺は彼と対等に向き合いたかった。
だから、自分の持病のこと、これまでの生活、体調がどう悪化しているか──包み隠さず全部話した。
薫くんは、少しも退屈そうな素振りを見せず、真剣に耳を傾けている。
すべて話し終えたあとで、俺は静かに切り出した。
「……今話した通り、治療も兼ねて、君に”パートナー”を頼みたい」
賢から必ず打診するように言われたこと──domsubのパートナーについて。
正直プレイすらできない俺には無縁の事だと思っていたけど、俺の身体は既に薬でごまかせない程限界を迎えているようだった。それでも──。
「だが、俺の体調より、俺は薫くんの気持ちを尊重したい」
薫くんが目を瞬かせる。
「これは俺の問題で……相性がいいからって押し付けるのは違うだろう? 俺は、本能だけで関係を決めたくないんだ。自分たちの意思を置き去りにしたくない」
運命だの、赤い糸だの──言葉はいろいろある。
でも俺は、domsunなんていう性別のカテゴリで関係を決めるより、自分で選びたい。
その点、助けてもらったことを抜きにしても、薫くんの変に擦れていなくて真面目なところは魅力的だし、そういう”人として”惹かれた部分もある。
「………」
薫くんは驚いたように固まっている。
気まずさが胸に広がり、俺は席を立ちかけた。
「やっぱり忘れてくれ。変な頼みをして悪かった」
「待ってください!」
薫くんが慌てて俺の腕を掴んだ。
思っていた以上に強い力で、俺はその場に立ちすくむ。
「その話……引き受けます。俺、南さんのパートナーになってみたいです」
まっすぐな瞳だった。
俺が頼んだはずなのに、どこか薫くんの方が覚悟を決めたような声音。
「お、俺は薫くんが大丈夫なら……お願いしたい、けど──」
「俺は大丈夫です」
即答だった。
「そ、それなら……よろしくお願い、したい」
まさかOKをもらえるとは思わず動揺して、語尾がうまくまとまらなかった。
けれど、そのぎこちなさすら救われるような温度で、薫くんは小さく微笑んでいた。
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