サブドロップ症候群の南さんと、恋に落ちたDom

あゆみん

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4話 初めて”プレイ”

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パートナーができたなんて、まだ現実味が薄い。
話し終えて向かい合ったまま呆けていた俺に、薫君から思いがけない提案が飛んだ。

「南さん、もし時間があれば──少しプレイしてみませんか?」

その言葉に合わせて右手をそっと包まれる。
普段は低いはずの体温が、指先ひとつで一気に熱を持った。

「時間なら……大丈夫だけど…」

うまく声が出ない。掠れた返事にも薫君は笑わず、ただそのまま俺の手を引いた。

「蓮司、奥の部屋借りる」

「了解。──手加減してあげなさいよ」

「わかってる」

軽く交わされる二人のやりとりを聞きながら、導かれるように扉をくぐった。
中は生活最低限だけ整った質素な部屋。無駄がなくて、音が吸い込まれるように静かだ。

「ここ空いてるんで、よく泊めてもらうんです」

そう言いながら部屋の奥のベッドに腰掛ける薫君。
繋いだままの右手に引かれ、俺はベッドの端に立つ形になる。

「セーフワード決めましょうか」

プレイをするうえでかかせないセーフワード。subが拒否を示すための言葉。
その一言で、、Domは手を止めるほかない。

「──からあげ。」

「唐揚げ、ですか?」

「……好物なんだ」

安直だったかもしれないけれど、好物なら忘れなそうだと口にしてみた。
何せ、初めての経験だからどういった言葉をセーフワードにすればよいかわからなかった。
けれど、薫君は微笑んで『おいしそうですね』と優しく返してくれた。

「それじゃ、軽いのからいきますね」

言葉に合わせて、ふわりと微弱なグレアが肌に触れる。
肌を包み込むような感覚、怖さよりも心地よさが勝つ。

それに酔いしれていた俺へ、薫君からコマンドが飛ぶ。

「”Hugハグして”」

途端に、自分の身体が意志よりも先に動き出す。
俺は、薫君の少し大きな身体を抱きしめ、薫君もまた、同じ力加減で抱き返してくる。
プレイどころか恋愛も無縁で、何もかも未経験な俺には、それだけで胸の奥が騒がしくなる。
きっと彼にも心臓の音が聞こえてるんだろう、目元が笑っているのがわかる。

「ふふ──”Good boy”」

「っ───…!」

ささやくような褒め声が耳殻を撫でた瞬間、膝から力が抜ける。
初めてDomからの褒め言葉をもらった衝撃が、あまりにも強すぎた。

「おっと……大丈夫、南さん?」

言葉にならず、俺はただ縦に頷く。

「よかった。もう少し続けてもいいですか?」

その後の数十分、ほとんどがハグや手を繋ぐだけの優しいプレイだった。
なのに、終わった頃にはいつもの頭痛が嘘みたいに消えて、身体の重さも抜けている。
薫君にも「顔色、良くなりましたね」と言われた。

「薫君、今日は本当にありがとう」

「それはこっちこそです。いろいろ話してくれて、ありがとうございました。俺、パートナーとして頑張りますね」

さっきよりもずっと柔らかい表情でそう言う薫君。
こんな人に恋人がいないのが不思議に思えるほどだった。

───────────────────

side 薫

初めて見たその人は、今にも倒れてしまいそうなほど血の気がなく、いつ消えてもおかしくない命の火を灯しているような人だった。

その日、たまたま職場の近くにある親友の店に寄ろうとしたら、入口に見えた人だかり。
何やらただ事ではない様子だった。
嫌な予感がして扉を押し開けると、倒れている人物と蓮司の姿が目に飛び込んだ。
その人の肌の色、呼吸の浅さ──一目でサブドロップだとわかった。

通常、サブドロップはDomのグレアで精神を安定させ、必要なら医療処置に移る。
その知識があった俺は、身体が勝手に反応した。蓮司の言葉を遮って、俺はその人に微弱なグレアを流す。
すると、みるみるうちにその人の頬に血色が浮かび、呼吸が安定する。
一瞬、蓮司が驚いた顔をしたのが視界の端に見えたが、まもなく救急隊が到着し、その人は運び出されていった。

俺も仕事が後に控えていたこともあり、その日はろくに話もできないまま店を出た。
けど、思いもしない形で再会する。

「え、どういうことだ?」

「だから、あんたが助けた男性いたでしょ? 南ちゃんって言うんだけど、あなたに会って話したいって言うのよ」

助けたことへのお礼か何か、その程度だと思った。
けれど蓮司の言い方がどこか含みを持っていて、胸の奥に小さな疑問が残る。

その時、最後に見た──弱々しいけど、真っすぐに「ありがとう」と言った男性がふと脳裏をよぎる。
体調も少し気になっていたし、俺は会うことにした。

約束の日。
店に現れたのは、シンプルな服装で菓子折りを手にした、あの日の男性──朝倉南さん。

だが、顔色は前よりも酷い。
目の下の深いクマ、青ざめた肌、焦点の定まらない瞳。
健康とは程遠い状態なのに、当たり前のように立っている。

蓮司が小声で「いつものことよ」と囁いたのが、妙に説得力のある声音だった。

それから挨拶を交わし、南さんの抱えている事情を全て聞いた。
“サブドロップ症候群”。初めて耳にする病名だけど、あの日倒れた理由も、この顔色も、全部症状を聞けば納得がいった。

そして切り出された話───『君に”パートナー”を頼みたい』

予想はしていた。
相性の良いDomを見つけたら、sub側が必死になって縋ることはよくある。
まして南さんの病状ならなおさらだ。

けれど、胸の奥に、じわりと滲んだ嫌な記憶──。

───────────────────

正直、この外見のせいか、相手に困ることはなかった。
もちろん適当に遊んだことはないし、ちゃんと自分が好意を持った人とだけ付き合ってきた。

ただ、いつも同じだった。

「もっとちょうだい」
「プレイしてよ」
「恋人なんだからいいでしょ?」

みんな、俺のグレアばかりを求めた。
その時、初めて医者に言われて知った自分の”特殊なグレア”──。
というのも、俺のグレアは、強く相手を酔わせる性質──いわば、”惚れ薬”みたいな中毒性があるらしい。

実際、世界中でそういう人はいるにはいるが、珍しい体質のようだった。

だからこそ、俺自身を見てくれる人は限りなく少なかった。
恋愛をしても、付き合えば結局グレアだけを欲しがられる。
自分の存在を肯定されている気がせず、いつの間にかプレイそのものが怖くなった。

だから、南さんには悪いけど、この話も断るつもりだった。

そう決めていたのに──。

『俺は薫くんの気持ちを尊重したい』

まっすぐな目でそう言われた。
俺のグレアを浴びて、そんな言葉を返すなんて、ありえなかった。
いつもならもっと欲しがって、離れたがらない人ばかりだった。

なのに、南さんは俺に選ばせた。
自分の病状が良くなるかもしれない未来を捨てる可能性があっても、俺の意思を優先した。

初めてだった。
初めて、「薫」という俺自身をそのまま見てもらえた気がした。
それだけで十分だった。

逃げるように席を立とうとした南さんの腕を思わず掴んで、自分でも驚くほど素直に言った。

「その話……引き受けます。俺、南さんのパートナーになってみたいです」
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