北海道防衛201X

葛城マサカズ

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1日目 第3話

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 チェィコフは稚内公園に開設した捕虜収容所で上映会を開いた。
 上映するのはあらかじめ用意した北海道の住民に対する宣伝工作用のDVDだ。これをテントの中に置いたプロジェクターでスクリーンに映し出す。
 見るのは稚内基地で降伏した自衛隊員達だ。彼らはチェィコフらKGB将校の尋問に対しての答えが「何故日本を攻めてきた」と逆に問いかけられた。情報操作かもしれないと思ったチェィコフはソ連軍が北海道侵攻を決意した理由を述べるDVDを見せる事にした。
 そうしなければならない理由があった。
 降伏した自衛隊員を尋問したもののチェイコフをはじめKGB側を当惑させた。
 「ソ連だって?ジョークか?ソ連は無くなって二十年以上になるぞ」
 「千島列島へ自衛隊は行っていない。まして大規模な戦力でなんてありえない」
 ソ連の存在から日本による千島列島への軍事侵攻を全ての捕虜が否定した。その否定は虜囚の身で行えるささやかな抵抗ではない。本当にソ連は無くなっていて日本は千島列島へ軍事力を行使せず日ソにしろ日露間が交戦中ではないのが真実だと言っている。
 チェイコフはこの日本人は独特の洗脳でもされているのかと思ったが、起きている事実を見せればとDVDを見せるのだ。
 「日本の政府は北方領土と称するクリル諸島を返還せよと我がソ連邦に対して長年述べている。しかしクリルにはソ連人民が多数住みもはや日本ではない」
 DVDのナレーションは日本人が語っているような自然なものだった。流れる映像はソ連やロシア人がクリル諸島と称する千島列島の位置を示す地図に始まりカメラに向けて笑顔を見せる国後島や択捉島のロシア人住民が映る。
 「日本政府はそれでも第二次世界大戦前は日本の領土であるからと主張し返還を求めています。しかしクリル諸島はその第二次世界大戦で我がソ連がファシスト日本帝国と戦い勝利して得た正当な領土なのです」
 第二次世界大戦でのソ連軍と旧日本軍の資料映像に南樺太と千島列島が日本領を示す青色からソ連領を示す赤色に変わる様が流れる。
 見ている自衛隊員達は教育番組を見せられているように退屈そうであった。
 「しかし日本政府はクリルを返還せよと要求を続けとうとう軍事力の行使に及んだのです」
 映像は政治家らしい初老の男が何かを言っている映像と「北方領土奪還せよ!」「領土奪還は自衛権」というプラカードを持った団体がデモをしている映像が流れ「おおすみ」らしい輸送艦に自衛隊員や戦車が乗り込む映像が流れる。北海道から伸びた青い矢印が千島列島へ伸び日本が千島列島へ攻めていると言っている。
 「日本軍は沿海州の我が空軍基地をミサイル攻撃した後で国後島に上陸作戦を始めた」
 炎上しているロシア空軍の基地と海岸で伏せながら89式小銃やMINIMI 機関銃を構える普通科隊員に揚陸艇LCACから90式戦車が降りる映像が流れた。
 「色んな映像を混ぜデタラメ言ってやがる」
 見ている自衛隊員に動揺は無い。こんな嘘をよくやれるものだと呆れているのだ。
 「我が軍は一時は国後島の半分を奪われたものの戦力を強化し反撃に転じる。住民達も志願して武器を取り故郷を守る戦いに参加した」
 射撃する砲兵や進撃するT-90戦車の部隊にロケット弾を放つKa-50攻撃ヘリが流れ10代後半から40代までの男や女がAK47やPK機関銃などの武器を取り民兵となって前線へ向かう様子が流れる。
 「日本軍は我が軍の反撃に戦線を下げる」
 撃破されて砲塔がずれ落ちている90式戦車や炎上して真っ黒になった軽装甲機動車に96式装輪装甲車が映るとさすがに自衛隊員にどよめきが起きる。
 「よく出来た実物大の模型だ」
 「だが出来すぎだろう」
 戦車や装甲車が撃破されるような戦いを自衛隊はやった事が無い。既存の映像を繋ぎ合せた嘘だと言えない映像が流れている。
 「日本軍も戦力を国後島へ向けるが戦局を変えるには至らない。上陸から8日目に日本軍は降伏した」
 ソ連兵へ白旗を掲げたり両手を挙げて降伏する自衛隊員に心身ともに疲れ果てて放心状態の隊員が映る。
 「国後島の攻防戦が終わりソ連政府は日本政府へ休戦を呼びかけたものの日本政府は応じなかった。日本政府はまだ戦争継続を望み再度の国後島侵攻を準備していた。我が国としては自国防衛の為、日本政府に戦争を終わらせる交渉へ引き出す為に北海道へ進撃をしたのである。この事態は日本政府が招いた事だ」
 日本が悪いと結んでDVDは終わった。
 見ていた隊員達は呆れていた。こんな馬鹿馬鹿しい嘘をよく言うものだと。
 「何故こんな嘘を我々に見せるんだ?」
 稚内基地で降伏した一人である海自の高木二尉がロシア語でソ連軍将校へ尋ねる。
 答えたのは捕虜の様子を観察していたチェイコフだった。
 「嘘ではない。むしろ何故嘘だと言い張るのか?」
 「日本の自衛隊が国後島など君達ロシア人が言うクリル諸島へ一人も派遣した憶えは無い」
 このロシア語でのやり取りは尋問の時と変わらない。
 「おい。カジワラ少佐を連れて来い」
 チェイコフは部下に命じると一人の日本人が現れた。格好は緑の迷彩服で陸自の戦闘服だと分かる。階級は三等陸佐の物を付けている。
 その三等陸佐の顔はどこか暗く見えた。
 「私は陸上自衛軍の梶原翔太少佐だ。捕虜になりこうしてソ連軍に協力するような姿を見せるのは正直辛い。」
 梶原少佐は懸命に訴えるが自衛隊の面々は彼がソ連軍の捕虜と言う事よりも気になるところがあった。
 「梶原さん。あなたが所属してるのは自衛軍とおっしゃいましたね?階級は少佐だと。これはおかしい」
 高木は疑いの目を梶原に向けながら問う。
 「何がおかしいのです?」
 「自衛隊では無く自衛軍だと言うし階級は三佐ではなく少佐だ。我々を信じ込ませるには嘘が大き過ぎる」
 高木は嘲笑を含んで言うが梶原は困った顔になった。高木からすると自衛隊員を騙す工作がバレて困っていると思えた。
 「むしろ私はあなた達が古い名称を使っているのか分からない。以前は確かに自衛隊だった。憲法改正で国軍化し自衛軍になって階級の名称も変わった。だから私の方がおかしいと感じる」
 「憲法改正に自衛隊の国軍化も私達が知っている日本ではやってないですよ」
 梶原は反論したがまたしても意見がすれ違うだけだ。
 「ところで梶原少佐はソ連軍と何をしているのです?」
 高木は梶原をソ連の工作員と言う目で見ていた。
 「捕虜のまとめ役とソ連軍との連絡を国後島でやっていました。ソ連軍の北海道侵攻で私が新たに捕虜になるであろう自衛隊員をまとめるようにと命じられて来ました」
 高木は「そうですか」と警戒心の強い返事をした。
 「どうも皆さんは私が嘘を言うソ連の工作員のように見られているようですが、私からすれば皆さんが冗談か嘘を言っている様に見えるんです。そうで無かったら別世界の日本から貴方達は来ているとしか思えない」
 梶原も高木ら稚内基地の面々を理解できずに困惑していた。同じ日本人で自衛官であるのに言っている事がおかしい。同じ時代の同じ組織の人間には見えなくなっていた。
 「同じくそう思っていた。ソ連が健在な別世界へ来たようだと思っていましたよ」
 高木はそう言うが梶原に気を許していない。
 チェイコフは日本語の会話であっても梶原が上手く高木らと上手く接触できていないのは分かった。
 「お手上げだな。だがここまで違う事実を信じている人間は見た事が無い。洗脳にしてもここまで出来るものではない」
 チェイコフは高木ら自衛隊の面々が日本政府の情報統制や洗脳では無く本当に日本が国後島へ軍事侵攻などしておらずソ連と日本が戦争状態に無いと絶対的に信じている。そしてソ連が存在している事を疑っている。
 「もしかすると我々は別の星にでも来てしまったか?」
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