北海道防衛201X

葛城マサカズ

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1日目 第4話

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 「政府は北海道で起きている軍事侵攻に対し自衛隊を防衛出動させる事を決定しました。北海道へ侵攻している武装集団については現在も調査中であり分かり次第発表致します」
 午前9時に平沢は総理官邸からテレビとラジオで防衛出動命令を下した事について発表した。防衛出動命令についての閣僚会議は8時に行われ既に北海道の事態を知っている閣僚の皆は自衛隊の出動や武力行使に反対はしなかった。
 平和思考が強い文部科学大臣と経済産業大臣が採決の前に自衛隊を本当に出動させるべきなのか?と言う事を言ったが堀田がソ連軍らしき武装集団は既に攻撃を繰り返し自衛官を殺害していると起きている現実を教えると防衛出動命令に納得した。
 防衛出動命令は会見の40分前である8時20分に発令されていた。発令から10分後にはマスコミはニュース速報でその事を流しており一応は伝わっていた。
 「会見は以上です。質問をどうぞ」
 記者会見を仕切る総理府の事務官から許可が下りると集まった記者達は手を挙げる。
 「総理。北海道へ来ている武装集団はソ連軍であると言う情報がありますが」
 「その事も含めて調査中です」
 「アメリカ政府は日米安保条約による日本防衛に動いているのですか?」
 「それについて現在発表できる事はありません」
 「自衛隊で北海道は守れますか?」
 「自衛隊は全力を尽くして防衛に当ります」
 ほぼ質問に対してあまり答えられない会見になり記者達は不機嫌な顔をした。平沢は毅然とした顔であったが内心は「俺がこの状況を教えて欲しいぐらいだ」と苛立っていた。
 この答えに乏しい会見について「政府は何かマズイ事を隠している」と批評をするテレビ局もあり特に日米安保発動に是非が明かされない点は「アメリカが日本を助けるか?」と言う議論を専門家と評論家がテレビ番組で論争する事になる。
 日本はようやく戦時へと動き出したばかりだったがその動きはまだ緩慢だと言えた。

 アレクセイ・ボルディン中尉率いる戦車中隊は稚内市内を抜けて狙撃兵中隊と共に国道40号を南下していた。
 ボルディンは第232自動車化狙撃兵師団第232戦車連隊第1大隊に所属し第1大隊の第1中隊を指揮している。ボルディンは揚陸艦から乗っているT-90戦車と共に稚内へ上陸するや師団長命令で日本軍の抵抗がなければ抵抗音威子府まで前進せよと命じられた。
 「偵察部隊が先行しているが日本軍の姿を見ていない。今の内に前進しトンネルや橋の要所を押さえるんだ」
 師団主力はまだ揚陸の最中であるが日本軍もとい自衛隊が思いの外反撃しない事を怪しんだがチャンスであるとして稚内の守備を海軍歩兵に任せてボルディンの部隊を前進させる事にしたのだ。
 「本当に日本軍は居ないな。どうなっているんだ」
 豊富町を抜けて幌延町へ向かうところで本当に日本軍の抵抗が無いと言うのは本当なのだと実感した。堂々と国道を車列を組んで走っているが砲撃も爆撃にも遭わないのだから。
 通り過ぎる町では住民である日本人がソ連軍装甲車輌の隊列を呆然と眺めているだけであるし妨害は一切無い。むしろ戦争が起きている緊張感を稚内にしろ通過した地域では感じられない。
 「このままサッポロまで行けそうですね」
 ボルディンの戦車の砲手をしているバダイエフ軍曹が車内から見上げて言った。
 「そんな気がして来たな。だが何処かで罠をしかけているかもしれん」
 この静か過ぎるいや穏やか過ぎる赤いハナマスや紫のラベンダーが咲き誇るのどかな風景を横目にしながら進むのはどこか実戦である事を忘れそうだ。
 「ラヴィーナ1です。前方で交通事故が起きています」
 ボルディンの中隊の先頭を進む第1小隊が大型トラックや普通車を巻き込んだ事故現場を発見した。どうやら玉突き事故で押し出されたトラックが標識や前方を走る普通車にぶつかり反対車線へくの字に曲がるように止まっている。
 「この野郎がオカマ堀りやがるから事故が起きたんだ!」
 「お前こそトロい運転すっから調子が狂うんだよ!」
 「二人とも落ち着いてください」
 事故の当事者であるトラックの運転手達はお互いを罵り合い事故現場に駆けつけた警察官が宥めていた。一方で事故に巻き込まれた普通車のドライバーは気を失い頭や腕から出血していたので既に救急車で搬送されていた。
 事故現場の様子は国道40号を追突されたトラックが縦に塞ぐ形になっている。更にパトカーやレッカー車が来て混雑している。
 「日本の民警は何をやっているんだ?早くどけろよ」
 ボルディンは中隊を止め双眼鏡で事故現場を見ている。警官はまだ罵り合いをしているドライバー達を宥めようと苦戦していたり、事故をした車輌を検分しているらしい動きを見せている。
 「ん?一人来るぞ」
 ボルディン中隊のところへ一人の警官が駆けて来る。
 「ラヴィーナ1撃つなよ」
 ボルディンは警官が近寄る第1小隊を抑える。誰か分からない者が走って来ると言うのは実戦の場では兵士達に危険だと見られるようなものだ。
 「どうも自衛隊さん。見ての通り事故でして検分や処理が終わりまでは通れないんですよ」
 警官は第1小隊の戦車へ近づくと操縦席から顔を出している操縦手へ話しかけた。だがすぐに話しかけた相手が日本人ではないと分かる。青い目をした白人なのだから。
 その警官はボルディン中隊の隊列を見回し見える人間のどれもがロシア人ばかりだと分かった。すると顔を青ざめパトカーの所へ一目散に逃げる。
 「撃つなよ逃がしてやれ」
 警官の滑稽な姿を見てボルディンは笑いながら命じる。
 逃げた警官はドライバーの聴取をしている二人の警官の元へ行った。
 「あそこにロシア軍が!戦車が居ます!」
 二人の警官と二人のドライバーはようやくボルディン達を確認した。だがどうするべきか頭に浮かばない。
 「ラヴィーナ1よりラヴィーナ11へ。強行突破しますか?」
 ボルディンへ第1小隊が指示を求めている。
 「ここで止まっていたら危険だ。ラヴィーナ11よりラヴィーナ1へ目の前の車輌を戦車でぶつけて排除せよ。警官は機銃の威嚇射撃で追い払え」
 命令が下ると第1小隊のT-90戦車は動き出し車長は砲塔上部にある機銃を空に向けて威嚇射撃を始める。
 「撃った!撃った!」
 「署へ連絡しろ!ロシア戦車が発砲!」
 警官達は威嚇射撃に慌てながらパトカーの無線で警察署へ報告する。
 「俺のトラックが!馬鹿野郎!」
 「お巡りさん、アイツらも逮捕しろよ俺のトラックをぶつけてんぞ!」
 ドライバー達はソ連軍にも怒りを噴出し警官達へ訴える。
 日本人達のパニックを尻目にボルディン中隊は事故車輌を戦車でぶつけてどけ、強引に進む。
 「こちらリエータ2。敵兵らしき者が乗ったバイクを見た。南へ向けて逃走した」
 事故現場から去って10分後にBRMD-2軽装甲偵察車2両で先行している偵察部隊のリエータ2から無線で報告が入る。
 「偵察隊が敵と接触した。警戒を緩めるな」
 敵らしき存在が居る。やや緩みかけた気分をボルディンは引き締める。ようやく戦争が始まるのだと。

 「臼木三曹が敵と接触しました。BRMD-2が2両です」
 中川町に展開している第2偵察隊第1小隊は偵察用オートバイで偵察していた臼木三等陸曹からソ連軍偵察部隊と接触したと報告を受けた。
 その臼木三曹はBRMD-2から機銃で撃たれつつ無事離脱する事ができた。
 「来たか。やはり早々に進軍を始めたな」
 第1小隊の隊長である広田三等陸尉は身震いする思いを感じていた。
 迫る実戦が理由ではない。銃剣も持たない丸腰の状態だからだ。
 広田の小隊は防衛出動命令が出る前から偵察の名目で出動しソ連軍の動向を探っていた。だが防衛出動命令の前であるから武装は出来ず丸腰での出動であった。
 ここまで乗って来た軽装甲機動車には銃も銃弾も一つも無い。
 どんな少数で軽武装の敵と会っても逃げるしか無い。
 「俺達はとにかく眼になるだけだ。敵を見つけたらすぐに逃げるんだ」
 名寄駐屯地を出る前に広田は部下達へそう言った。元から偵察隊は敵を撃退または制圧すると言う性格の部隊ではないが丸腰で武装している敵を見に行くのは誰もが不安になる。
 「こちら駿馬3、敵と接触!」
 軽装甲機動車の車内に置いてある無線機から報告が入る。その音声には銃撃の音も混じっていた。
 「装甲車2両!BMDR-2だと思います!射撃を受け離脱中!」
 大声で報告するのは永井二曹だ。
 「あ、くそ!和田一士がやられた!」
 広田達は戦慄した。自分達の知っている者が敵弾に倒れたのだ。
 「駿馬3!こちら駿馬1だ、和田一士はどうだ!?」
 和田は尋ねる。
 「意識が無い!胸と喉から出血している!」
 永井からの報告に広田は「そうか…」と力無く答える。
 これが現実なのだ。実戦なのだと広田は感情的になりそうな気持ちを鎮める。

 旭川の第2師団司令部では三枝をはじめ幕僚や司令部の隊員が集まり機能し始めていた。
 「師団の防衛線は音威子府と遠別に展開させます」
 師団の作戦担当の幕僚である第3科長の篠原二佐が三枝に作戦方針を説明する。
 「音威子府へは3普連を、遠別には26普連を進出させます。その後、両連隊へ戦車中隊と野戦特科大隊・高射特科中隊を1個づつ配属し戦闘団を編成させます」
 普連とは普通科連隊の事で海外の軍隊で言うと歩兵連隊である。音威子府に近い名寄駐屯地の第3普通科連隊、遠別に近い留萌駐屯地の第26普通科連隊が防衛線を張るべく現地へ向かう。
 陸自の普通科連隊は旅団の場合は3個中隊で定員600人だが師団の場合は4個中隊で定員1000人である。完全に隊員が充足されている訳では無く800人や900人ほどだ。
 そうした普通科連隊へ戦車や砲兵である野戦特科に防空を担う高射特科を配属させるのはより対抗できる手段を与える為だ。例えば野戦特科で遠距離での攻撃手段を持たせ高射特科で空から来る攻撃ヘリや攻撃機の脅威に立ち向かうのだ。
 そうした多くの手段を1個の部隊に集めるのを諸兵科連合と言う。その諸兵科連合をする一つの形態が戦闘団だ。中心となる部隊にさきほど述べたように様々な部隊を編入させたのが戦闘団だ。
 「出動させる前に戦闘団を組ませたかったな」
 三枝はぼやいた。まず前線に出る普通科連隊は小銃や機関銃に対戦車ミサイル・迫撃砲だけでソ連軍に立ち向かうのだ。空からの攻撃には91式携帯地対空誘導弾があるが生身で立ち向かうのに変わりは無い。
 だから様々な対抗手段が取れる戦闘団を編成してから出動させたかったがそんな余裕は無い。二つの普通科連隊にはまずソ連軍の進撃をとにかく止めてもらわねばならない。
 「25普連は名寄へ前進させ戦闘団を組ませてから予備戦力とします。尚、施設大隊は美深と初山別村に陣地構築を行い第二の防衛線を構築させます」
 第25普通科連隊は遠軽駐屯地にある部隊だ。3個普通科連隊編成である第2師団にとっては3普連と26普連が消耗した場合の交代部隊やソ連軍が新たな地域で攻勢に出た場合にすぐ投入できる部隊として使いたいのだ。
 施設大隊は工兵大隊である。その施設大隊から中隊を美深と初山別村へ送り陣地構築をさせる。いわば音威子府と遠別での戦いはその陣地構築の時間を稼ぐ意味もある。
 「師団司令部を前進させられるのはいつか?」
 三枝が師団幕僚長の大槻一佐へ尋ねる。
 「名寄駐屯地へ前進する計画がありますが、通信に支障が無ければ前進の必要は無いかと思います」
 大槻がそう言うが三枝は「いやいや」と首を横に振る。
 「そういう技術的な事じゃない。我が師団は自衛隊初で初の大規模な陸戦をしようとしている。やはり指揮官も前線にありと知らしめる必要がある」
 古いと言えるかもしれない。未経験の戦争へいきなり投入するのだから師団長も前線に立つと部下にも示したいと三枝は思っていた。
 「師団長の思いは分かります。ですが師団司令部が緒戦で損害を受けるのは指揮統制に関わります」
 大槻は真面目に上官に翻意を求めていた。
 「うむ、だから最前線に司令部は置かないが指呼の間とも言える地域には行きたい」
 三枝の求めに大槻は「いやしかし」と難色を示す。
 「精神力で戦うと言うと旧軍の悪い癖だと思うかもしれん。だが今日まで最新技術を導入してその訓練を十分重ねたのだ、残るは精神面をどう保つかだ。だからこそ俺が最前線にありと示さないといけないんだ。分かってくれ」
 三枝の心情に「そこまでの決心なら同意します」と大槻は納得した。
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