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1日目 第7話
しおりを挟む「第4中隊がやられた!?」
北島は美瑛線を走行しながら無線でその悲報を知った。
日本最新鋭の10式戦車を装備している第4中隊は第2戦車連隊から先発して出発していた。制空権の不安があったがソ連軍の進撃を止めるには戦車が要るとして青天の下で進出を命じられた。
だがそれが仇となってしまった。
ソ連軍は第4中隊の車列を見つけると空母から出撃した爆装のSu-33や基地機能が動き出した稚内からのMi-24攻撃ヘリが第4中隊を襲った。
高射特科の掩護の無い第4中隊は爆弾とミサイルに撃たれ為すがままで道路上で燃やされた。
「連隊長から移動を止め偽装し夜になってから移動をせよとの指示だ」
無線からは続いて村田からの指示が来た。
制空権が無いのだから日中の移動は危険だ。だから戦車を隠す偽装して日中はソ連軍をやり過ごしてから夜になってから進撃するのだ。
「まったく空自はどうしているんだ」
北島は無線で思わず口にした。
「空自も俺たちみたいに慌てての出動だろうからなあ」
北島の愚痴を聞いた村田が応えた。
「確かにそうですね」
北島は自分の愚痴が聞こえてしまったのを思わず恥じた。
「これから不満だらけになるが、あんまり部下の前では言うなよ他の職種と険悪な空気を作るからな」
これからは空自もだが普通科や野戦特科・高射特科など自分達機甲科以外から掩護や助けを受ける。だからこそ連携を崩さない為に部隊指揮官から他者への愚痴や悪口は控えよと村田は言っているのだ。
北島の要る第3中隊は美瑛町の憩ヶ森公園に入り偽装して夜を待つ事になった。
美瑛の町に入るや一般車輌の車列が対向車線を埋めていた。
「これは避難している人達ですね」
操縦手の林邦男二曹が言った。
「南へ向かっているからそうだろう」
一般車の車列は自衛隊の車列とは反対へ向かっている。多くは自家用車だが中には大型バスや老人ホームのマイクロバスなど様々だ。
これらの人々は北海道庁からの防災無線をはじめとする緊急連絡網やテレビが早朝から流し始めた北海道の異変も見て避難している人々だった。
北海道庁は避難させる地域をまず道北と設定し稚内市や網走市・音威子府町などの自治体へ住民避難の指示を下していた。
ここまで北海道庁が動いたのは和久井知事が自ら指揮をしていたからだ。
「東京の政府に聞いてからでは遅い。自分らで考えてやるんだ」
和久井は職員達へ言って行動を起こしていた。
北海道庁は陸自北部方面総監部や北海道警察・第1管区海上保安本部・各市町村消防など地元にある行政機関や組織にバス会社に鉄道会社など民間企業とも連携して避難の誘導・受け入れを行い始めていた。
だが稚内や天塩・根室などソ連軍が上陸した地域とその周辺は避難指示が間に合わず占領下に住民達は身を置いてしまった。
「空爆に巻き込まれてなければいいが…」
北島は行く方向が違うとはいえ同じ道を通る一般車輌を見て第4中隊が空爆を受けたときに民間人が巻き込まれていないかと心配になった。
それは国内の防衛戦では避けられない危険だ。最前線が町や村であるのだから。
「戦争やめろ!すぐにやめろ!」
東京では午後になると総理官邸前では反戦を訴える団体が集まりシュプレヒコールを何度も上げていた。
またロシア大使館の前では右翼団体が「侵略やめろ!北海道から即時撤退せよ!」と街宣車から怒鳴っていた。
ロシア大使館からすれば自分達の国であるロシア連邦ではなくいつの間にか復活したソビエト連邦と名乗る国がやっているのだから表に出て否定したい気持ちであった。けれども自分達が出ても相手を刺激するだけで理解して貰えないのは察していた。
「まるで身に覚えの無い罪を被せられている気分だな」
ロシア大使はぼやく。
外務省や大使との交友がある日本の要人から問い合わせがあった。彼らは一様に何故だと問われ続けたからだ。
またモスクワのロシア外務省と連絡をすれば話が噛み合わない。モスクワの外務省も自分達がソ連の人間だと言い最後にはロシア大使を「日本のスパイか?」と言われる始末である。
「どうなってしまうんだろうな俺たちは」
母国がいきなり消えたようになり今居る日本では敵国人扱い。
拠るべき場所が無い自分達の不安が在日本ロシア大使館の人々にはあった。
だが拠るべきもの頼るもの無しと感じているのは日本政府もであった。
官邸では平沢はアメリカが日米安保条約による参戦の可否について外務省からの報告を受けていた。
「アメリカ大使館も混乱していてワシントンとも意思疎通ができていないそうです」
香田が言う在日アメリカ大使館の様子は確かに混乱していた。大統領をはじめホワイトハウスや国務省の誰もが知らない人間だらけなのだ。そしてアメリカの対日方針の違いが話が通じるのを余計阻んでいた。
こうした混乱は在外日本大使館も同じでいつの間に総理や外務省の皆が変わったのか説明を求める電文が殺到している。
「それじゃアメリカを説得する事はできんのか?」
平沢は困った。間にある実務者が自分達の仕事場で混乱しては他国同士の交渉どころではない。
「ホワイトハウスと繋いでいるホットラインがあります」
新垣が説明に入った。ホットラインとは外務当局などを通さず首脳同士へ直に繋がっている電話回線だ。
「それがあったな。すぐやろう」
「既にホワイトハウスへ連絡をしているのですが大統領は日本の方針が変わらないと話す事は無いと言っています」
「方針を変えろとは何だ?」
平沢は米大統領からの拒絶に失望しながら方針変更要求が気になった。
「北方領土の要求を取り下げソ連と休戦せよと言っています」
「それなら簡単だな」
平沢は北方領土なんてどうでもいいと思っていた。ソ連が欲しいと言うならあげてしまえばいい。
「千島をあげて北海道からソ連軍が撤退するならやってしまいたいね」
「総理しかし…」
平沢が軽い気持ちでそう言う様に新垣が戸惑いを口にする。
「だが俺だってそう簡単に行くとは思わんよ。今の様子じゃ北海道の半分も寄越せと言われかねない」
平沢は北海道の戦況からそう感じていた。明日には道北はソ連軍の占領地になるだろう事は分かっていた。
「しかしどうにかアメリカを動かせんかな」
平沢の問いに誰も答えられない。頑なにアメリカは日ソの軍事衝突は日本のせいだと言って介入する気が無いのだから。
横須賀では海自が護衛艦や潜水艦の出撃準備を進めていた。
既に護衛艦2隻が浦賀水道の沖へ出てソ連潜水艦が潜伏していないか館山のP-3Cと共に探っていた。
横須賀には全国の護衛艦と潜水艦の運用を束ねる自衛艦隊司令部がある。
そこでは統幕・海幕から連絡要員の幹部自衛官も来ていて部隊編成や準備の把握や指導をしていた。
その一人である統幕の大江二等海佐は携帯電話に入った着信を確認すると横須賀に同居している米軍基地のエリアに入る。
「ワシントンが安保条約を履行する気になったのか?」
在日アメリカ海軍司令部で大江はホッジズ海軍大佐とホッジスのデスクがある個室で面会した。携帯電話にメールで面会を求めて来た張本人だ。
「残念だがワシントンは日本を助ける気は無いようだ」
ホッジズは肩をすくめながら、ヤレヤレという風である。
「何故呼んだ?私は今忙しいのだぞ」
「まあ話を聞いてくれ」
ホッジスは室内にあるソファーに座るよう勧めた。大江がソファーに座るとホッジスも対面する位置に座る。
「ワシントンはどう考えているか分からん。だが俺たちは違うんだ」
「その俺達とは?」
「在日米軍だよ」
ホッジスは微笑んだ。
「それは在日米軍単独で?在日米軍司令官の意思か?」
大江はホッジスがどういう意味でそう言っているのか分からず探る。
「アトス大将は今回の異常な事態でアメリカ本国は別次元のアメリカになっていると言った。だから我々在日米軍は安保条約の役割を少しでも果たないといけないとも言った」
アトス中将は在日米軍司令官である。その司令官の発言が日米安保条約を果たす行動をしようと言っている。
大江は思わず光明が見えたと顔が綻ぶ。
「しかし部隊を動かして戦闘に加わる事はできない。堂々と動けば大統領から中止命令が出るし将校は逮捕されかねない」
「だろうね」
大江はその辺りは承知していた。部隊を動かし戦争に介入する事を独断で勝手にする事は犯罪に等しい事だ。
「そこでだ。我々としてはプレゼントをしたい」
「何をくれるのかな?」
「日本にある弾薬や燃料など必要物資をあげよう」
日本国内には在日米軍基地の所在する地域の周辺に弾薬庫や燃料庫など物資の集積施設がある。その物資は在日米軍の部隊が使うだけではなくアジアで有事となればアジアで作戦行動をする米軍部隊が使う物まで含まれ大量にある。
「ありがたい!日本を代表して礼を言う。しかし、それでもアトス大将や物資を管理している士官が罰せられないか?」
大量の弾薬と燃料が手に入るのは喜ばしいが物資を横流しとなれば犯罪として米軍の何人かの将校が軍法会議送りになるだろう。
「そこでだ。日本政府と芝居をしようと思う」
「どんな?」
「この日本とアメリカ本国は別世界だ。ならばワシントンの連中が知らない事が多い筈だ。物資供与の条約なり協定がある事にする」
在日米軍から日本へ物資を渡すのを合法であると工作をすると言う。
「そうなるとアメリカ大使館にも話を通さないといけない」
「それは大丈夫だ。大使もこの芝居に賛成している。もう大使からそちらの外務大臣を通じて日本政府へ話が行っている筈だ」
企てがすでに大きく動いている事に大江は驚く。これがアメリカ人のバイタリティなのかと。
「我々現場は実務の話をしよう」
「ならば補給担当の幹部を呼ぼう」
「いやその前にプレゼントの中味で話がある。供与の中には巡航ミサイルもある。そちらのVLSがある艦艇に積めるだろう?」
VLSとは垂直発射装置の事だ。そのVLSは船体に埋め込むように装備されている。甲板に出ているのは発射装置の蓋だけである。そのVLSが発射するのは対空ミサイルや対潜弾などミサイルである。誘導や自律飛行ができるミサイルであるから垂直の発射装置で打ち上げるのだ。
その発射装置はアメリカからの供与であり米国製のミサイルならばだいたい規格が合う。
「巡航ミサイルか。だが技能は日本には無いぞ」
海自もとい日本の自衛隊は他国を攻撃できる兵器の保有ができなかった。なので海自には巡航ミサイルを扱える隊員やノウハウが無い。
「そこで巡航ミサイルの技術者や将兵を海自に送りたいと思う。彼らを日本へ帰化した日本人にして海自所属にしてもいい」
大江はそこまでする在日米軍に感謝をしつつ大きな借りに気がつく。
「協力に感謝するがこの貸しをいつ返せるか分からん」
「いつでもいいさ。この件で軍をクビになったら日本で再就職させてくれ」
「今頃は日本の外交と軍事の双方で伝わっている。これで日本政府が納得すればいいが」
横田の在日米軍総司令部では在日米軍司令官レックス・アトス空軍大将が科学者たちと話をしている。
一人は白人のアメリカ人で一人は日本人だった。
「政府は信じるでしょう。答えを欲しがっている」
日本人の科学者である田川博士は断言する。
「そうなのに日本人は貴方の答えを聞き入れなかった。おかしいものだ」
アメリカ人の科学者であるロバーツ博士が呆れながら言う。
「日本の学閥じゃ私の地位は低いですからね。私の意見は価値がないのです」
田川は気象学者であるが学者の世界では地位が低い。
「でも私は価値が分かった。この日本に居てこそ分かる証明だからね」
ロバーツは田川と親しくする気象学者だった。来日していたロバーツへ田川は自分の推論が日本人の間では通じないと愚痴を聞かされた。
「世界が総入れ替えになった。君の説は正しいだろう。なら別のアプローチをしてみないか?」
ロバーツはこうして田川の推論をアトスや在日本アメリカ大使館へ伝えた。
勿論、ロバーツが田川の推論である大規模気象変動による時空異常は最初は信じられなかったが日本全土での異常気象と大統領をはじめ自分達の家族や友人までもアメリカの誰もが入れ替わったかのように違う現状が信じさせた。
「ここのアメリカ本国は俺たちが知っているアメリカじゃない。だが日本は俺たちが知っている人達が居る。出来るなら守ってやりたい」
アトスのこう言う意志により物資や技能の提供となったのである。
「私の話を聞いてくれただけじゃなくて日本も救ってくれた。日本人としてありがたい」
田川はアトスへ頭を下げ礼を言う。
「色々と罪に問われない方法をやっていると聞いていますが、司令官の今後に影響しないか私は心配です」
田川の心配にアトスは「あるかもしれない」と前置きした。
「アメリカの軍人としてなら日本への供与は勝手にすべきではないと考える。しかし、何度も三沢や沖縄で過ごし妻が日本人なのだ。個人としての私は第二の故郷が日本なんだよ。故郷を見捨ててはおけんよ」
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