北海道防衛201X

葛城マサカズ

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1日目 第8話

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 第3普通科連隊主力はソ連軍の空爆に悩まされながらも小隊や班ごとに音威子府へ到着した。本来は中隊ごとに来る筈だがソ連軍機が居ないか空を睨みながらの前進となった。
 危険と判断すればすぐに移動を中止し隠れた。だから目立つ長い車列の移動はできない。車列を分割して移動となる。
 この細かい移動はソ連軍による空からの襲撃を回避はできたが音威子府で防戦をしている脇坂のところへ戦力がなかなか集まらない状況が続く事になる。
 「この分だと連隊主力が来るのは夜か」
 脇坂は晴れる空を見ながら現状の厳しさを思い返す。
 二度のソ連軍戦車部隊との交戦で100人の隊員が今では無事なのは48人になっている。5人が戦死し12人は重傷で後送させている。15人は負傷しているが応急処置でも戦えると判断した者たちだ。
 午後になってからぽつぽつと到着する3普連の小隊や班を合わせて戦力は隊員が合わせて82人になった。一応は戦力は補充されたと見るべきかもしれない。
 だが相手は戦車や装甲車でやって来る。こちは普通科だけでその戦闘機械とやり合わねばならない。とりあえずは音威子府橋の出口を押さえてソ連軍の侵攻を止めているが歩兵だけでいつまでもつか分からない。何故なら支援も無ければ補給も無いからだ。
 補給の車輌も同じく空爆を警戒して少しづつ進んでいたからだ。弾薬は到着した部隊が持っているのを脇坂の中隊が預かり再分配しているほどだ。
 「せめて補給がないとなあ」
 戦いは音威子府橋を渡らせないという単純なものだ。
 だがそれは撃てる弾薬があればの話だ。特に戦車や装甲車を撃つミサイルや砲弾がなくなれば止める手段が無い。
 この綱渡りのような厳しさが戦場なのだと脇坂は実感し始めていた。

 「敵は戦力を増強しつつあるな」
 ドスタムはボロディンへ言う。それは遠まわしに攻撃を催促しているのだとボロディンには分かっていた。
 ボロディンの機械化部隊は
 「こちらにも砲兵か攻撃ヘリがあればいいのですが」
 ボロディンはそれとなく支援を要請する。
 「では空からの支援があればできるな」
 ドスタムは約束させるようにボロディンへ言う。
 「ああ支援があればできる」
 ボロディンはしまったと思ったが前進しなくてはならない。支援をくれるならいいだろうと納得させる。
 「攻撃準備だ」
 ボロディンが命じると戦車や装甲車のエンジンが唸りを上げた。

 「敵襲!戦車だ!」
 午後3時前だった。ボロディンの部隊が攻撃を再開しに音威子府橋へ近づく。
 脇坂はすぐに戦闘用意を命じた。
 「まだ砲兵は来てないか。いいぞ」
 敵は同じ攻撃を繰り返している。脇坂はまた撃退できるぞと思えた。
 またボロディンの部隊を橋の上で火力を浴びせて撃退すればいいだけだ。
 だがそんな勝てると思えた心を揺さぶる音が脇坂や隊員達の耳に入ってくる。
 「ヘリか?」
 ローターが回転しているような音が空のどこからか聞こえる。
 脇坂は嫌な予感がした。このタイミングで来るのは敵に違いないと。
 「敵機だ!ヘリだぞ!」
 音威子府の上空にKaー50攻撃ヘリが現れた。数は2機だ。
 「対空戦闘用意!対空誘導弾を構えろ!」
 陸自の普通科が持つ対空の武器は91式携帯式地対空誘導弾しかない。これはアメリカのスティンガーミサイルを参考に作られた国産の携帯式の対空ミサイルだ。
 撃ち方は筒のような発射機を肩に担ぎ照準機で狙いを定めて撃つのだが生身で立ち向かうに等しい戦いになる。
 「撃った!」
 脇坂はKaー50のスタブウィングに吊るしたロケット弾の発射機と機首の機関砲から閃光が光るのを見た。
 脇坂は自然と頭を下げた途端に周囲へロケット弾と機関銃弾が着弾する。
 爆発の衝撃に煙や銃撃が地面を叩くけたたましい音や傷を負い悲鳴を上げる声が広がる。
 「戦車が来るぞ」
 脇坂は敵がKaー50の攻撃でこちらが混乱している所を狙ってボロディンの戦車部隊が来ると分かっていた。
 だが隊員達は空爆を耐えるか逃れるのに精一杯になっている。
 なんとか掘れた蛸壺や建物の影に隠れて耐えたり自分の位置が危険なので逃げたりとしている。橋を渡り始めた戦車にまで気を回す余裕が無くなっていた。
 「一気に渡れ!撃破された戦車は押し出せ」
 脇坂の中隊はKa-50によって頭を押さえられ攻撃ができない状態だった。ボロディンはこのチャンスを使い音威子府橋を一気に渡る。
 脇坂の中隊ではKa-50の空爆下でもパンツァーファウスト3を構え放つ隊員は居るものの爆撃の隙間で撃つので狙いは粗く橋や川に当るばかりで散発的なものだった。
 またKa-50を狙う携帯式ミサイルを持つ隊員も狙いを定められず1発も撃てずにいた。
 「今が狙うチャンスなのに…」
 ボロディンの戦車隊が前の戦闘で撃破されて放置されていた戦車や装甲車を押しのけて進もうとしていた。この時はさすがに速度が落ちゆっくりと進む。
 この時は対戦車ミサイルを撃ち込む好機だ。
 だが音威子府の上空は今もKa-50が飛び回り機関砲の連射を浴びせている。ゆっくり狙う暇を与えてくれない。
 「さて…」
 脇坂はこれからの対応を考える。
 このままでは敵戦車は橋を渡り切りこの町へ雪崩れ込むだろう。
 その時は戦車の後に続く装甲車から歩兵が降りて歩兵も戦闘に加わる。
 小さな町だが市街戦に敵を引き込み出血を強いるという作戦が浮かぶ。敵の攻撃ヘリだっていつまで攻撃を続けてはいないだろう。
 「総員着剣!敵歩兵に備えろ!」
 脇坂は音威子府での市街戦を決めた。
 この町の住民は前の戦闘が起きる直前に避難を終えている。町の建物や家を陣地にしても住民を巻き込む事は無い。
 「道が開けたぞ!突撃!」
 ボロディンは撃破された戦車と装甲車をどけると音威子府の町へ突入する。
 砲塔にある同軸機銃を撃ちながらT-90は町へ入る。
 「こちらラヴィーナ11、音威子府橋を通過せり町へ突入せり。中隊規模の歩兵が抵抗を続けている」
 「了解した。一部を橋の守備に置いて無停止攻撃を続行し名寄へ向け前進せよ」
 報告を受けた師団司令部がボロディンへ命じたのは次の目標への前進だった。
 ソ連軍は先頭に立つ部隊を前進させ続け後続が残る敵を掃討するとなっていた。
 「ラヴィーナ11よりクルーク3へ橋の守備をせよ」
 ボロディンは機械化狙撃兵1個小隊を音威子府橋の守備に残し音威子府から去り南下を続ける。
 「連中、俺たちを無視か」
 脇坂は呆気に取られた。自分達を無視して行くのだから。
 ソ連軍のドクトリンがこうなのだと思い出すが置いていかれるのはなんだか癪に触るものである。
 「中隊長、橋に残る敵を撃退して橋を奪還しましょう」
 第1小隊の小隊長が無線で意見具申をして来た。
 見える限りの敵はBMP-3歩兵戦闘車が2両と下車した歩兵20人ほどだけだ。
 「そうだな。ここで橋を奪還できれば通過した敵の補給を断てる」
 脇坂は小隊長の案に賛同していた。BMP-3は残る対戦車ミサイルで真っ先に撃破すればいい。残る歩兵も数で押せばいいだろう。
 「よし、橋を奪還する。敵のヘリが去ってからやるぞ」
 攻撃はしてないが自分たちを監視するようにKa-50は音威子府の上空を飛びまわり続けてる。燃料補給に基地へ帰還する時まで待たねばならない。
 「あれは?」
 脇坂は名寄側の対岸を見る。国道に車列が見える。
 T-90にBMP-3や2S6対空自走砲が列を作り音威子府橋を渡る。
 「攻撃しますか?」
 「やめておこう。まだ敵のヘリが見張っている」
 脇坂はこのやり取りで悟った。
 もはや自分達は無力化されたのだ。敵の戦力を食い止める術が無い上に手も足も出ないのだから。脇坂に出来るのは通過していく敵兵力を報告するだけであった。
 
 
 陸自第2師団司令部では敵の音威子府突破に作戦の変更を迫られた。
 三枝は当初の音威子府での防衛から美深に防衛線を下げる命令を下す。その美深を守るのは音威子府へ向かっている途上の3普連の主力である。
 この防衛線の後退は3普連に混乱を起こす。急の後退は大慌てとなったからだ。
 そこへボロディンの部隊に遭遇して交戦して死傷するなど混乱に拍車がかかる。
 「もしもウチの連隊に機動戦闘車があれば…」
 3普連の連隊長はそう思わずにいられなかった。
 機動戦闘車は16式機動戦闘車の事だ。6輪で走る装輪装甲車であるが105ミリライフル砲を装備した戦闘車両だ。
 新しい防衛大綱では戦車を削減し機動戦闘車を配備し戦闘車両として新たに配備するとされた。配備は対中脅威が高まる西日本の部隊が優先された。その配備部隊は普通科連隊でありもしも今の3普連にあれば急場を凌ぐ戦力になりえただろう。
 だが戦車を連隊規模で持つ北海道の第2師団には全く配備されておらず3普連は対戦車ミサイルやロケット弾で対処するしかない。
 「そう言えば音威子府橋を爆破する筈だった施設はどうした?」
 ふと連隊長は思い出す。音威子府橋爆破の為に施設大隊から1個小隊が向かっている筈だった。
 「恩根内からこちらへ移動中です」
 基幹連隊システムが映し出すモニター上のマーカーが教えた。
 「恩根内大橋の爆破を準備をさせろ」
 音威子府橋爆破に向かう施設小隊は3普連の指揮下に置かれているので命令ができる。
 恩根内大橋は恩根内の町の南ある天塩川を跨ぐ橋だ。
 この橋が落とせれば戦車部隊の直進を止める事はできるだろう。

 「くそ、焦らせる」
 その恩根内大橋を爆破を命じられた施設小隊の小隊長である野口二尉は焦りと状況の混乱に苛立ちながら爆破の準備をしていた。
 音威子府が突破されすぐに美深へ向かえと言われたあと思えば恩根内へ戻り橋の爆破はせよと命令が短い時間で何度も変わったからだ。
 「時間が無い。橋桁を片方だけ落とすぞ」
 橋全体を破壊する爆破は時間的余裕が無い。なので橋の中央部分にある橋桁の一方を落とし通行できないようにする事に決めた。
 爆薬を橋脚と橋桁を繋ぐ部分に設置し点火用の有線を橋の南岸に置かれた施設小隊の指揮所に繋ぐ。
 「作業急げ!敵は近くだ!」
 恩根内の町には前方警戒に3普連の1個小隊が居た。その小隊がソ連軍の接近を報せた。
 施設小隊を援護すべく音威子府へ移動中の3普連第2中隊が恩根内大橋の南岸に主力を置いていた。橋が落ちれば南岸に防衛線を張り天塩川を盾に戦える。
 「警戒小隊を引き上げさせます。敵が橋に近づいた場合は持てる火力で時間を稼ぐ」
 3普連2中隊の中隊長は野口へ言った。野口の焦りが高まる。
 まだ少し爆破の準備に時間が要る。
 「あとどのぐらいかかる?」
 野口は作業を直接指揮する一曹へ尋ねる。
 「あと10分です」
 野口は10分を長いと思えた。
 「敵が来た!」
 天塩川北岸にボロディンの戦車隊が現れた。野口は胃が痛むように感じた。
 「この橋を一気に渡れ!」
 ボロディンは恩根内大橋を取るべく戦車を前進させる。
 対して南岸に布陣する第2中隊は対戦車小隊のミサイルが放たれる。
 「構わず突っ走れ!」
 ボロディンは先頭を進むT-90が撃破されても突進を止めない。
 野口は迫るソ連軍と作業をしている部下を交互に見やりながら「まだかまだか」と焦れる。
 ボロディンの戦車隊が橋に入ると野口の緊張はピークに達する。
 このままソ連軍が橋を渡りソ連兵に銃を向けられるのではないかと冷や汗が出る。
 「まだか!?」
 無線から普通科の中隊長から尋ねられる。
 「あと5分です」
 「ダメだ!間に合わん!」
 中隊長は思わず野口に怒鳴る。
 「しかしだ!」
 気が立つ野口も語気が荒くなる。
 「小隊長、爆破準備完了です!」
 そこへ作業を指揮している一曹が報告する。
 「よし、すぐに爆破する退避しろ!」
 爆破準備をしている隊員達は橋から急いで走って離れる。
 ソ連軍は橋を渡るのに夢中なせいか河川敷を走る施設科隊員は撃たれずに退避ができた。
 「爆破!」
 野口は部下が爆発に巻き込まれない位置にあると確認すると爆薬に点火する。
 恩根内大橋の橋脚の一つが爆発する。
 橋桁を乗せる部分がコンクリートの破片を撒きながら吹き飛び橋桁は斜めに天塩川へ落ちる。橋桁が天塩川へ下る為の坂道となった。
 「くそ、間に合わなかったか!」
 ボロディンは落とされた橋桁を滑り落ちる1両のT-90を悔しい思いで見つめた。
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