魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。

青木十

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遭逢の物語

第一話

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 バンっと大きな音を立ててテーブルに手をつき、目の前のエルフは立ち上がった。
 春の日差しのように繊細で美しい白金の髪を振り乱し、翡翠を思い出させる瞳に怒りや不安といった強い感情をにじませて。

「この神託が現実になると大変なことになっちゃうんだよ! 分かるかい、ヴァル!」

 久方ぶりに顔を合わせた我が友ラオーシュは、長話をまくし立てた後、半泣きで叫ぶ。
 それに付き合わされている俺は深い溜息をついて頭を振った。

「そうは言ってもどうにかなるもんでもないだろう。メディアナが神託を受けて、勇者を見つけることを祈れ」
「なんでそんなにのんきなんだよ! 勇者は僕の目の前にいるんだけど!!」

 ラオーシュが、俺お手製の木製テーブルに両の拳を叩きつける。
 この男がこうも取り乱すとはよっぽどだ。
 いや、よっぽどの話ではあるのだけれども。

 俺は腕を組みながら背もたれに体を預ける。
 椅子は少し軋んだ音を立てながら、俺の体を支えた。

「そうがなるな。復活は十年ほど先なんだろ? その頃の俺じゃあ、十年前と同じ結果なんて出せやしねえよ」

 溜息とともに漏れた俺の言葉に、ラオーシュは拳を握りしめたまま、感情に任せて体を震わせている。
 このような神託を知らされ、慌ててヴォールファルト王国辺境に住む俺の家までやってきてくれたのだ。俺は何分なにぶんそういうことに疎い生活をしているからな。


 この男、ヴォールファルト王国の筆頭宮廷魔術師であるラオーシュと俺の付き合いはそれなりに長い。十年ほど前、今よりも魔物が跋扈しもっと物騒だった時代に一緒に旅をした仲間の一人だ。

 そしてその旅の目的は、魔王討滅という大それたものだった。


 この大陸には、魔族という我々と根本から異なる種族がおり、そいつらとその配下である魔物たちが人々の領域を侵していた。
 早い話が大陸内の領土の取り合いだ。
 彼らは混沌に属しており、この長い歴史において和睦という道はなかった。
 そのお陰というかそのせいというか、他の種族間や複数ある国家間の仲は大変良好である。我々は連合軍として魔族と相対することができた。

 そんな魔族たちを率いるのは、定期的に現れ奴らを統治する魔王という存在。
 五十年から百年くらいに一人現れるとされている。

 この大陸で信奉されている女神の神殿にて神託がくだされ、「数年後に魔王が現れる」と我々人間に知らされる。そこから各国が協力して、軍拡、設備投資、資金確保などを経て、時が来れば各地で戦端が開かれるというわけだ。

 魔王出現に関する神託と共に、魔王に対抗する存在――勇者についても啓示を受けることになる。勇者は我々側の最終兵器というやつだ。
 この勇者を、その時まで大事にしっかり育てるのが、魔王討伐の鍵となる。

 そうして、魔王軍と連合軍が領土の攻防戦をやっている裏で、勇者は打倒魔王を掲げ旅立つというのが一連の流れだ。

 長い歴史、勇者が勝つこともあれば、負けることもある。
 大陸の八割以上が魔族領だったという記録もある。
 もちろんその逆もだ。

 どちらにせよ決着がつくまでは両陣営も疲弊しているわけだから、次の神託のタイミングまで互いに軍レベルの干渉はないようだった。

 まあ俺もそういう歴史だったらしいと聞いただけだがな。
 少なくとも、前回の魔王が倒されてここ十年、大きな侵攻のようなものはない。
 せいぜい辺境で小規模の小競り合いがあるくらいだ。魔族領近くでの魔物の出現やダンジョン関連、スタンピードもありはするが、軍の干渉とは違うしな。


 そんでもってだ。
 前回の魔王討伐の詳細を語るとだ。
 十五年ほど前に神託が降り、新たな魔王の誕生と勇者の存在が知らされた。八十年近くぶりの神託だったそうだ。

 ラオーシュが喚いているのは、まあ、その勇者がたまたま――


 俺だった。


 ……という話だからだ。

 くっそど田舎の、将来も考えてない、特技もない、ついでに夢もないクソガキが選ばれちまったわけだ。

 神殿の連中に見出された俺は、各国各所属の猛者やらお偉いさんやらからみっちり英才教育を受け、ダンジョンというダンジョンに潜り、辺境という辺境を訪ね、とにかく鍛えられた。
 面倒見てくれた皆が呆れ返るくらいに、レベルも上げに上げた。
 剣の師匠であるこの国の将軍閣下からは、「お前のレベルへの執着は狂気じみている」と大笑いされたくらいだ。「もしかしたらそれが勇者にとって必要な素養なのかもしれないですね」と、大司教様も得心したような顔をしていたな。
 当の俺は興味なさげにその話を聞いていたように思う。

 そうして約五年の修行を終え、俺は仲間と共に旅立った。

 駆け出しながらエルフとしての能力も個人のセンスも長けていた宮廷魔術師のラオーシュ。
 聖女と呼ばれ今代最強の魔力量を誇り、回復だけでなく攻守共に優れたメディアナ。
 先祖代々武を尊び勇者と共に魔王を討ってきた騎士の家系であり、女神から授かったと伝えられる家宝の盾を継いだラインハルト。

 ぶっちゃけ、こいつらだけで勝てるんじゃないかと思うくらい強い奴らだった。
 俺は皆よりレベルは高かったが、もっとレベル上げときゃよかったと思ったくらい。
 もちろん他にも多くの協力者支援者がいてくれた。
 皆に助けられて、俺は旅を続けることができた。

 そのお陰もあり何の困難もなく旅は進み――進んでしまい、想定の半分以下の日程で魔王城についてしまった。

 しかも、しかもだ。

 将軍閣下が大笑いしただけのことはあり、俺のレベルは心底狂気じみていたらしい。
 先陣を切った俺の初撃で魔王は討たれ、その余波で魔王城の力を生み出している巨大な魔石も粉微塵と化してしまった。
 魔王城の力というのは、防衛機構として設けられているゴーレムの類や魔防障壁、各所の転送機構など、まあいろいろな便利機能だ。

 俺の一振りで、何かいろいろ呆気なく終わってしまった。


 懐かしいなと一つ溜息をついてコーヒーを口に運ぶ。
 ラオーシュが土産に持ってきた高級な豆は、香り高く燻されており口に含んだ時の満足度が高かった。
 キュアノス共和国の南方で作られているとかそんなことを言っていたな。


 今思えば、濃い五年間だった。

 魔王討伐を成し無事凱旋した俺たちは、各々の道を歩み、それなりに平和な生活を手に入れた。
 今日まであっという間の十年だったが、あの五年より充足感を得るようなことはない。
 それくらい、俺の人生において大事な時間だった。

 もちろん、この十年だって意義のある十年ではあった。
 平和とはありがたいものだ。


 ――だが、問題はここからだ。

 先日、「十年後にまた魔物たちが溢れる時代が来る。魔王が再び現れるであろう」と、高位神官であるメディアナが神託を受けたのだ。
 今までの通例を無視し、たった二十年で魔王が現れると。
 魔族たちも自分たちの信仰する神――我々で言う邪神、悪神、そして魔神――から神託を受けて、その時に備え始めたことだろう。

 勇者の神託はまだ降りてない。
 そもそも今回の神託自体が異例のことだ。
 もしかしたら勇者の神託がないという可能性だってある。

 もしなかったら?

 まさか、俺が勇者を続けるのか?

 その時の俺は四十路手前だ。二十年前と同じこと――魔王討伐を成すなんて、到底無理な話だ。


 しかも、なんか、おまけがあるらしい。


「魔王復活、か……」
「復活じゃない、強さを引き継いで誕生する、だよ!」

 ラオーシュが椅子に座り直しながら、不機嫌そうに俺の言葉を遮った。

 そう、今回の問題点は期間だけじゃない。
 魔王の強さについても言及があったのだと。
 魔族は王の力を継承する秘術を魔神から授かったらしく、今回その秘術を用いて前魔王の力を引き継いで新魔王が現れるらしい。
 そのように女神は言ったのだそうだ。

「どっちもそう変わらんだろ」
「変わるよ。復活じゃ、ヴァルが倒せなかったみたいな言い方じゃないか。ヴァルは魔王を倒した。僕もメディアナもラインハルトもちゃんと見届けている。
 これだけは譲らないよ……!」

 それでも尚悔しげに顔をしかめるラオーシュ。
 エルフらしい長い耳が、力なく垂れ下がっていた。


 そうだ、俺たちは確かに魔王を倒した。

 魔王城の最奥で、魔王を討ち魔石の破壊を成したのだ。
 魔石が破壊されたことで、魔王城の機構が起動しなくなるのも確認した。
 そしてその旨は、神託として神殿にも知らされている。

 何も問題はなかったはずだ。

 まああれだな。倒せてなかったのではと問題視する奴らがいるんだろうな。
 ラオーシュは、魔王討伐を経て筆頭宮廷魔術師の地位に就かされた。そのせいで、お偉いさんどもと話さざるを得ない立場になってしまった。
 そんなことのために森から出てきたわけでもないのだろうから、同情を禁じえない。

 ちなみにメディアナは、教会内で着々と地位を上げ、今は高位神官として女神の神託を受ける立場にまでになった。彼女からラオーシュに知らされた神託の内容には嘘はないと言える。やけに詳しいのもそのお陰だ。
 ラインハルトは、王国で騎士団長様をやっている。俺の師匠の直属だ。あいつもこれから忙しくなるんだろうな。


「俺たち二人がこんな田舎で悩んでも仕方ないだろ。女神サフィーアの神託を待つしかない。次の勇者が優秀であることを祈ろう」
「うぅ、わかったよ……」

 俺の他力本願さに、更にうなだれるラオーシュ。
 不安なのは分かるがな。それを俺の家でやるな。

 その日の晩飯には、昔もらった質のいいワインを開け、ラオーシュの愚痴に付き合った。
 森に帰ればいいのにと返してみたが、首を振られた。
 面倒ごとはあるが、多くの資金でじっくりたっぷり魔法の研究ができてしまう今の環境は魅力的なんだとさ。

 それなら観念して、お貴族共と腹の探り合いするしかねぇなと伝えたら、何とも言えない顔でワインを呷っていた。
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