魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。

青木十

文字の大きさ
14 / 35
『勇者ヴァルの物語』では語られない物語

辺境の冬 第一話

しおりを挟む
「熱、さがんねぇな」

 額にやっていた手を離して、小さく溜息を溢す。
 アレクは、熱で火照った顔を毛布の端から少しだけ出して、潤んだ瞳で俺を見た。

「……ごめんなさい、ヴァル」
「なんで謝る」
「僕、迷惑かけて……」
「んなわけあるか。できることはしてやるから、そういうのは気にするな」

 そう言って、小さく出ている頭を撫でてやる。
 アレクはふにゃっと微笑んで、心地よさを堪能している。

 いやしかし。

 さすがに参った。
 冬到来で冷え込んでしまった初めての辺境は、アレクにとってなかなかの負担だったらしく熱を出して寝込んでしまった。

 慌てた俺は、村の医者のじいさんの所に駆け込んで、アレクの症状を診てもらった。栄養を取らせて、暖かくして寝かしておくようにとのことだった。

 病気の類は負担を減らすくらいは俺でもできるが、治すになると神官や司祭に頼まなくちゃならなかった。
 でなきゃ、俺が必要な素材を集め正しい手順を踏み、時間をかけた儀式魔法をやるか。いやそんなことしてる間に治るのではと思わなくもないし、治らなかったらと思う自分もいるのだ。
 じゃあ神殿に駆け込むのかというと、風邪くらいではさすがになぁと思うわけだ。アレクより小さな子供たちの中にも風邪をひいた子はいるだろうし、同じ風邪ならその子たちを優先すべきで、もちろん風邪よりも大変な病気もあるわけだし。

 それより何よりだ。

 何が一番の問題かって……。

 何をしてやるのがいいか、俺にはさっぱりってことだった。

 とりあえず、部屋の暖炉の火を維持して小型のストーブも持ち込み、やかんで湯を沸かしている。
 毛布も数枚かけてやり、枕の数もいつもより増やして肩口を囲ってやる。シーツも柔らかで暖かみのあるものにしてある。

 ほかに、ほかに俺にできることはないのか。

 無意識に眉間を寄せていたらしく、それを見たアレクが手を伸ばしてきた。

「しわ、寄ってる……」
「俺は今、自分の使えなさに憤りを感じているんだ」

 アレクが眉間を撫でるのを甘んじて受けながら、俺は瞳を閉じて顔をしかめる。

「ヴァルが、一緒にいてくれるから……、僕は大丈夫だよ……」
「それだけじゃ治らねぇだろ」
「でも僕、熱出ても一人だったから……」

 少し眉を下げて、力なく笑うアレク。
 そんなこと、思い出させたくないし、言わせたくない。

「じゃあ、いっぱい一緒にいてやるからな」

 そう言いながら頬を撫でてやる。
 アレクは小さく笑っているが、その頬は熱に苛まれとても熱かった。
 なんとか冷やしてやらないとな。

 俺は持ち込んである水差しから、コップに水を移し氷魔法で少しずつ温度を下げる。コップを握った手で温度を感じながら。俺の手も魔法とコップに温度を奪われ、徐々に冷たくなっていく。
 冷たくなり過ぎる前に手を離した。

「アレク」

 名の呼ぶ俺の声に、アレクがもぞもぞする。
 そこへ近づいてやる俺。

「少し冷たかったから、ごめんな」

 まずは指の背を額に当ててやる。

「あ、ひんやりしてる……」

 力はないものの、アレクはふふっと笑む。
 その様子を見て大丈夫そうだなと思い、手のひらをそっと当ててやった。

「わっ……きもちいい……」

 少し小さな驚きの後、アレクはじっとしてそれを受け入れた。
 目を閉じて俺の手の冷たさを味わっているようだ。

「冷たすぎないか?」
「ううん、大丈夫……、冷たくてきもちいい……」
「そうか、よかった」

 手の温度が戻り始めたところで、手を離す。
 冷えの僅かに残った指で、額に貼り付いた銀の髪を避けてやった。

「ヴァル、どこかへ行っちゃう?」
「行かない行かない。濡らした布で顔を拭いてやろうと思ってな」

 そう言って、ベッド脇の桶と布に手を伸ばす。
 額に乗せる布はこれで。
 こっちので、拭けばいいか。
 体は? 体は拭いたほうがいいか?

「アレク、体は? 汗で気持ち悪くなってないか? 寝間着は大丈夫か?」

 俺は疑問を立て続けに尋ねた。

「体は、大丈夫、です……」
「そうか? じゃあ、一度寝て起きたら着替えるようにしような」

 そう言いながら、アレクの顔を拭いてやる。
 くしくしと甘んじて受ける様は、仔猫か仔犬か、はたまた小動物のようだった。

「それから、これも飲んでくれ」

 先程冷やしたコップを手に取る。
 俺は左腕をアレクの下に滑り込ませて体を支え、ゆっくりと抱えるように上体を起こしてやった。
 コップをアレクに渡してやる。
 口をつけたアレクは、「冷たくて美味しい」とこくこくとそれを飲み干した。

 あぁ女神よ、俺に全属性の魔力を与えてくれてありがとうな。
 今の俺は心底感謝しているぞ。

 飲み干して空になったコップはまたサイドテーブルに戻して、ゆっくりとアレクを寝かしてやる。
 シーツと毛布を引き上げて、更に毛布で覆って、寒くないようにする。
 そうしてまた枕を並べて肩口を囲ってやった。

「よし」

 アレク用の小さな要塞のできに満足してうなずいた俺は、がたがたと椅子を寄せながら腰掛けた。
 ベッドの縁に肘をついて、乗り出すようにアレクに手を寄せる。
 そっと出てきた右手を両の手で握ってやった。

「一緒にいるから、安心して休め」

 こくりとうなずいたアレクは、柔らかく微笑んだ。


 落ち着いたのか無事寝入ったアレクを置いて、俺はそっと部屋を出る。
 桶や水差しの水を替えなくちゃならない。新しい水は魔法で何とかなるのだが、捨てるのはやらなくてはならない。浄化魔法でできなくはないのだが、捨てた方が早いのだ。

 居間へ顔を出すと、シュヴァルツが俺の方へと頭をもたげた。
 こいつの、なんか独特な蘇芳の瞳が俺を見つめている。
 ナイトホークの瞳というのは黒だった気がするから、初めて瞳の色を見た時は驚いたものだ。夕暮れのようにも焔のようにも見える不思議な色。

「あ、お前、アレクの残した果物を食べてくれたのか」

 テーブルに置いておいた皿が空っぽになっていた。
 ここを離れる時に、食べたければ食べていいとシュヴァルツに声をかけておいたのだ。

 シュヴァルツの首元を指の背で撫でてやりながら、俺は独り言ちる。

「お前、俺たちの言葉がわかるなんて、本当に賢いなぁ」

 そういう俺の言葉を聞いて、俺の方をちらりと見やった。
 褒めてるのも分かっているのか、甘んじて撫でられてくれる。

「はぁ、お前がいてくれて心強いよ。俺一人だったらもっと慌てたかもしれない」

 そう。
 実際、俺は慌てていた。
 病気なんていつから罹ってないのか分からない俺は、アレクの食事をどうしていいか迷っていた。
 そこへ、こいつは林檎とオレンジを転がしてきたのだ。
 それを剥いて出してやると、アレクは喜んで食べてくれた。
 食欲が減っているのか、少し剥きすぎたのか、アレクは残してしまったので、シュヴァルツに声をかけていたのだ。

 シュヴァルツの餌入れを確認する。
 ここにはいつも餌が取れるようになっていて、好きな時に好きなだけ食べられるようにしてあった。
 いつもはアレクが面倒を見るのだが、今日は俺の役目だ。
 まだ残ってはいるが、干し肉を追加しておく。干した肉が多いのだが、柔らかいものも食べたいだろう。いつもは外に出してやった時に小動物を狩らせるのだが、アレクがあの調子なのでここ二日は狩りに出ていない。
 ナイトホークは他の鷹と違うので、冬の地域でも渡らず過ごせるのだ。それでも獲物の不足を受けて、南へと狩り場を移動するらしいがな。

 あっと思い出して、氷室から肉を出してくる。

「これ、アレクが食べられそうにないから、代わりに食べてやってくれ」

 台所で一口サイズに切り分ける。
 それをシュヴァルツ用の皿に盛ってやった。
 止り木の元に寄せると、静かに降り立った後、片脚で自分の傍へと引き寄せた。

「アレクが元気になったら、また皆で狩りに行こう。それから王都にも行くから、何か買ってきてやるな」

 珍しく俺に興味を示しつつ、シュヴァルツは一声小さく鳴いた。
 こいつもアレクの身を心配してくれているのだと思う。
 ありがとなと伝えて、首の後ろを一撫でした。

 俺はアレクが起きた時のために林檎の用意をして、部屋へと戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

異世界転生した双子は今世でも双子で勇者側と悪魔側にわかれました

陽花紫
BL
異世界転生をした双子の兄弟は、今世でも双子であった。 しかし運命は二人を引き離し、一人は教会、もう一人は森へと捨てられた。 それぞれの場所で育った男たちは、やがて知ることとなる。 ここはBLゲームの中の世界であるのだということを。再会した双子は、どのようなエンディングを迎えるのであろうか。 小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...