3 / 16
会見の夜に
しおりを挟む
朝早くに行われた会見は終わり、アレックスたち対超常部隊は解放された。少しの休憩の後は普段通り過ごした。打ち合わせや書類の確認、備品の管理、日課の訓練など、やることは意外と多い。
しかし、日常どおりのアレックスたちとは裏腹に、各国では新たな世界の始まりを知らせる報道が次々と流れていた。
午後一番から始まった英国の放送は、とにかく派手で完全なるショーだった。王室も政府も一切関与せず、魔術師塔という魔術師たちの集まりにすべてを任せていた。彼らは自由に自分たちの能力を知らしめることにしたようだ。
外部からの干渉が一切ない彼らのショーは、ロンドンの空を花火が彩り、ロンドン塔を不可思議に浮かび上がらせた。箒に跨った美男美女が手を振り愛想を振りまきながら、パーティクルと共に空を翔ける。
世界の魔術師たちに対する第一印象は最高だったろう。
食堂でそれを見ていたアレックスは、自分たちの会見を思い返しあまりにも地味だったことを猛省しつつも、ならどうしたらよかったのかと頭を抱えた。周りにいた隊員たちも、なんとも言えない顔で放送を眺めていた。皆同じ気持ちなのだろう。
あの会見は、御偉方から任された職員たちが必死に考えた進行に倣っただけだ。アレックスに割り振られたのは自分と隊員たちへの原稿のみ。その大まかな内容すらも上からの指示だった。アレックスは軍人らしく、上官の指示に従った。指示に問題はなかったし、従うべき内容だったからだ。
しかし当たり前の話だが、たとえ派手にしたかったと思ったところでやり直せるわけでもない。見栄えを求めるなら、費用もかかる。手間もかかる。人員も必要だ。可能な話であれば最初からそのように連絡が来ていたはずだ。アレックスにできることなど、微塵もなかった。なかったのだ。
そう思うしかないアレックスは開き直って、ランチのチキンにかぶり付いた。
その日の夜のことだった。
「おつかれさん、どうした、ダグラス」
アレックスが自室の扉を開けると、廊下には副隊長のダグラスが立っていた。
身の丈は2メートルを超え、180センチメートル以上のアレックスでも見上げなくてはならない。人二人分近くある広い肩幅に、引き締まりながらもしっかり筋肉のついた肉体は、男女問わず感嘆が零れ落ちるだろう。焼けて浅黒い肌と短く刈った黒髪は精悍な印象で、真面目さを表したような眉は凛々しかった。
今はプライベート時間。少し体にフィットした黒のTシャツに、ゆったりとした少し丈の短い茶のロングパンツを履いている。ラフな格好だった。
「今日、うまくいった祝いに」
そう言ってウイスキー瓶を手にして、ダグラスは僅かに笑む。瓶が随分と小さく見えた。アレックスは彼を部屋へと迎え入れる。奥にあるカウチソファへ案内した。
アレックスは備え付けのキッチンに移動し、二人分のグラスとカシューナッツの袋を用意する。氷はピックで丸く削ることにした。これは退役した前の隊長から教わった素人技だが、長くやっていればそれなりの形が出来上がっていく。どちらにせよ仲間内くらいでしか飲まないのだ。歪で悪いわけはない。アイスペールへ移せば、全てまとめてダグラスが持っていってくれた。
次にレンジで冷凍ピザを温め始める。この冷凍ピザはすぐ温められてそれなりに美味い。アレックスのお気に入りだ。
温まるまでの間にサラミとチーズをスライスする。自室でよく飲むアレックスは、酒のつまみだけでなく、軽い食事を兼ねられるくらいは腹に溜まるものを常備していた。
ソファでは、ダグラスが少し歪な丸い氷の入ったグラスに、ウイスキーを注いでいる。そんな彼に、アレックスは苦く笑いながら切り出した。
「今日はおつかれさん。あれがうまくいったと思ってくれるなら救われるよ」
「事実だろう。上が判断した内容は正しく知らしめた」
ダグラスは、当然だろうとばかりに頷いてみせる。アレックスはイマイチだったなぁと思っていたのだが、どうやら彼の見解は違ったようだ。
アレックスは昼の放送を思い出しながら、肩を竦めた。
「英国の魔術師たちはド派手だった」
「あちらはあちらだ。もともと自分たちの興味のあることしかやらない連中だ。上は指示をすることを諦めたんじゃないか?」
そう言われて、なるほどと思った。アレックスも何度か魔術師と手を組んだことがあるものの、いろいろと個性の強い連中だったと思う。さすが英国、下手なナードの方が数倍マシだったとアレックスが感じた程だ。
「俺は、お前たちが姿を見せることを引き受けてくれただけで、本当にありがたいと思ってるよ」
ピザを取り出しながらそう伝えると、ダグラスは穏やかに「そうか」と微笑んだ。
ローテーブルにピザを並べ、一緒に持ってきたスライスのサラミやチーズが載った皿も置く。一度置いてまたどかせば、下から姿を見せた新たな皿へ、カシューナッツの袋を豪快に開けた。ポーンコロコロとナッツが躍り出た。
ソファへ腰を落ち着けると、アレックスとダグラスは互いにグラスを傾け労いあった。
ダグラスの持ってきたウイスキーは、彼の部族たちが作っているもので、少量しか出回らず有名ではないのだが、通好みの美味さをしていた。ラベルにはレトロな紋章が描かれているが、何故か中央にいるのはドワーフだった。以前尋ねたら「ドワーフが認めた美味さだからだ」と言っていた。どうやら交流のあったカスケード山脈のドワーフ連中がメインの顧客らしい。
室内の灯りを受けながら、深い琥珀色がゆったりと揺れた。顔を近づけるだけで、芳醇な香りが漂ってくる。少し口に含めば、奥深い味わいがじっくりと長く持続する。複雑な味ながらまとまった濃厚さがあり、それらが絡み合い口の中で豊かに広がっていった。
それでいて背筋がぞわりとするくらいに、度数が高い。アレックスは酒に弱いわけではないが、一杯貰えれば十分だと思った。これを常に飲んでいるオーガたちも、水のように空けるドワーフたちも信じられなかった。これも通好みでとどまっている理由だろう。
サラミを口に放り込みながら、アレックスは尋ねた。
「そういや、何かもじもじしてたろ」
「何が」
「スポーツの話の時に」
あの会見の直前『超越者たちがスポーツには関与していない』ということは必ず言うようにと急遽指示が出された。しかもダグラスの口から明言するようにとの指定付きでだ。
これに関しては、選手を見れば分かることであり、全世界でも各国そのように協定が結ばれていた。それ故に、アレックスとしては不要だと思っていたのだが『先んじて明言する』ことが大事だと、ダグラスは引き受けた。「どんなことにも苦情を言う者がいるからな」と説明されれば、納得するしかない。
当人は、自身の原稿の内容を話し終えた後、スポーツについて明言し使命を無事に終えたのだが、アレックスにはなんだか気恥ずかしそうに見えたのだった。
しかし、日常どおりのアレックスたちとは裏腹に、各国では新たな世界の始まりを知らせる報道が次々と流れていた。
午後一番から始まった英国の放送は、とにかく派手で完全なるショーだった。王室も政府も一切関与せず、魔術師塔という魔術師たちの集まりにすべてを任せていた。彼らは自由に自分たちの能力を知らしめることにしたようだ。
外部からの干渉が一切ない彼らのショーは、ロンドンの空を花火が彩り、ロンドン塔を不可思議に浮かび上がらせた。箒に跨った美男美女が手を振り愛想を振りまきながら、パーティクルと共に空を翔ける。
世界の魔術師たちに対する第一印象は最高だったろう。
食堂でそれを見ていたアレックスは、自分たちの会見を思い返しあまりにも地味だったことを猛省しつつも、ならどうしたらよかったのかと頭を抱えた。周りにいた隊員たちも、なんとも言えない顔で放送を眺めていた。皆同じ気持ちなのだろう。
あの会見は、御偉方から任された職員たちが必死に考えた進行に倣っただけだ。アレックスに割り振られたのは自分と隊員たちへの原稿のみ。その大まかな内容すらも上からの指示だった。アレックスは軍人らしく、上官の指示に従った。指示に問題はなかったし、従うべき内容だったからだ。
しかし当たり前の話だが、たとえ派手にしたかったと思ったところでやり直せるわけでもない。見栄えを求めるなら、費用もかかる。手間もかかる。人員も必要だ。可能な話であれば最初からそのように連絡が来ていたはずだ。アレックスにできることなど、微塵もなかった。なかったのだ。
そう思うしかないアレックスは開き直って、ランチのチキンにかぶり付いた。
その日の夜のことだった。
「おつかれさん、どうした、ダグラス」
アレックスが自室の扉を開けると、廊下には副隊長のダグラスが立っていた。
身の丈は2メートルを超え、180センチメートル以上のアレックスでも見上げなくてはならない。人二人分近くある広い肩幅に、引き締まりながらもしっかり筋肉のついた肉体は、男女問わず感嘆が零れ落ちるだろう。焼けて浅黒い肌と短く刈った黒髪は精悍な印象で、真面目さを表したような眉は凛々しかった。
今はプライベート時間。少し体にフィットした黒のTシャツに、ゆったりとした少し丈の短い茶のロングパンツを履いている。ラフな格好だった。
「今日、うまくいった祝いに」
そう言ってウイスキー瓶を手にして、ダグラスは僅かに笑む。瓶が随分と小さく見えた。アレックスは彼を部屋へと迎え入れる。奥にあるカウチソファへ案内した。
アレックスは備え付けのキッチンに移動し、二人分のグラスとカシューナッツの袋を用意する。氷はピックで丸く削ることにした。これは退役した前の隊長から教わった素人技だが、長くやっていればそれなりの形が出来上がっていく。どちらにせよ仲間内くらいでしか飲まないのだ。歪で悪いわけはない。アイスペールへ移せば、全てまとめてダグラスが持っていってくれた。
次にレンジで冷凍ピザを温め始める。この冷凍ピザはすぐ温められてそれなりに美味い。アレックスのお気に入りだ。
温まるまでの間にサラミとチーズをスライスする。自室でよく飲むアレックスは、酒のつまみだけでなく、軽い食事を兼ねられるくらいは腹に溜まるものを常備していた。
ソファでは、ダグラスが少し歪な丸い氷の入ったグラスに、ウイスキーを注いでいる。そんな彼に、アレックスは苦く笑いながら切り出した。
「今日はおつかれさん。あれがうまくいったと思ってくれるなら救われるよ」
「事実だろう。上が判断した内容は正しく知らしめた」
ダグラスは、当然だろうとばかりに頷いてみせる。アレックスはイマイチだったなぁと思っていたのだが、どうやら彼の見解は違ったようだ。
アレックスは昼の放送を思い出しながら、肩を竦めた。
「英国の魔術師たちはド派手だった」
「あちらはあちらだ。もともと自分たちの興味のあることしかやらない連中だ。上は指示をすることを諦めたんじゃないか?」
そう言われて、なるほどと思った。アレックスも何度か魔術師と手を組んだことがあるものの、いろいろと個性の強い連中だったと思う。さすが英国、下手なナードの方が数倍マシだったとアレックスが感じた程だ。
「俺は、お前たちが姿を見せることを引き受けてくれただけで、本当にありがたいと思ってるよ」
ピザを取り出しながらそう伝えると、ダグラスは穏やかに「そうか」と微笑んだ。
ローテーブルにピザを並べ、一緒に持ってきたスライスのサラミやチーズが載った皿も置く。一度置いてまたどかせば、下から姿を見せた新たな皿へ、カシューナッツの袋を豪快に開けた。ポーンコロコロとナッツが躍り出た。
ソファへ腰を落ち着けると、アレックスとダグラスは互いにグラスを傾け労いあった。
ダグラスの持ってきたウイスキーは、彼の部族たちが作っているもので、少量しか出回らず有名ではないのだが、通好みの美味さをしていた。ラベルにはレトロな紋章が描かれているが、何故か中央にいるのはドワーフだった。以前尋ねたら「ドワーフが認めた美味さだからだ」と言っていた。どうやら交流のあったカスケード山脈のドワーフ連中がメインの顧客らしい。
室内の灯りを受けながら、深い琥珀色がゆったりと揺れた。顔を近づけるだけで、芳醇な香りが漂ってくる。少し口に含めば、奥深い味わいがじっくりと長く持続する。複雑な味ながらまとまった濃厚さがあり、それらが絡み合い口の中で豊かに広がっていった。
それでいて背筋がぞわりとするくらいに、度数が高い。アレックスは酒に弱いわけではないが、一杯貰えれば十分だと思った。これを常に飲んでいるオーガたちも、水のように空けるドワーフたちも信じられなかった。これも通好みでとどまっている理由だろう。
サラミを口に放り込みながら、アレックスは尋ねた。
「そういや、何かもじもじしてたろ」
「何が」
「スポーツの話の時に」
あの会見の直前『超越者たちがスポーツには関与していない』ということは必ず言うようにと急遽指示が出された。しかもダグラスの口から明言するようにとの指定付きでだ。
これに関しては、選手を見れば分かることであり、全世界でも各国そのように協定が結ばれていた。それ故に、アレックスとしては不要だと思っていたのだが『先んじて明言する』ことが大事だと、ダグラスは引き受けた。「どんなことにも苦情を言う者がいるからな」と説明されれば、納得するしかない。
当人は、自身の原稿の内容を話し終えた後、スポーツについて明言し使命を無事に終えたのだが、アレックスにはなんだか気恥ずかしそうに見えたのだった。
10
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
お腹いっぱい、召し上がれ
砂ねずみ
BL
料理研究家でαの藤白蒼は幼なじみで10個下のΩ晃と番になった。そんな二人の間に産まれた照は元気いっぱいな男の子。泣いたり、笑ったり、家族の温かみを感じながら藤白家の日常が穏やかに進んでいく。
そんな愛する妻と愛する息子、大切な家族のお腹いっぱい喜ぶ顔が見たいから。蒼は今日も明日もその先も、キッチンに立って腕を振るう。
さあ、お腹いっぱい、召し上がれ。
最愛の番になる話
屑籠
BL
坂牧というアルファの名家に生まれたベータの咲也。
色々あって、坂牧の家から逃げ出そうとしたら、運命の番に捕まった話。
誤字脱字とうとう、あるとは思いますが脳内補完でお願いします。
久しぶりに書いてます。長い。
完結させるぞって意気込んで、書いた所まで。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
冷酷なミューズ
キザキ ケイ
BL
画家を夢見て都会へやってきた青年シムは、「体液が絵の具に変わる」という特殊な体質を生かし、貧乏暮らしながらも毎日絵を描いて過ごしている。
誰かに知られれば気持ち悪いと言われ、絵を売ることもできなくなる。そう考えるシムは体質を誰にも明かさなかった。
しかしある日、シムの絵を見出した画商・ブレイズに体質のことがばれてしまい、二人の関係は大きく変化していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる