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ご褒美は
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ダグラスは片眉を上げて少し考える素振りをする。思案なしで話しがちなオーガの中では、トップクラスに思慮深いとアレックスは思っていた。
「アレックスの話の流れも含め、全部頭に入れていたのに、急に差し込まれればそりゃ焦りもする」
そうやって不服そうに愚痴をこぼすと、ウイスキーを煽った。
「失敗できない。なのに急な変更を持ってきやがって……いい迷惑だ」
口汚くなっても他のオーガに比べれば可愛らしい程度、それがダグラスの性分だった。
「オレが話している間、映ってないからってアレックスもニヤニヤしてた」
「あれ、そうだったか?」
自覚がない。アレックスは思い返してみたが、うまく言えて偉いなとしか考えていなかったように思った。それをそのまま口に出す。
「ちゃんと言えてた。偉かったぞ、ダグラス」
そう言って少し腰を上げて、頭を撫でてやる。短く刈られた髪が指をくすぐる。ダグラスも満更ではなさそうで、柔らかく目元を緩めていた。
ダグラスは、アレックスがまだ若かった頃、前任の隊長に連れられてオーガの部族を訪ねた時に出会った。その頃は、アレックスから見てもまだ小さく、オーガ特有の巨躯も筋肉もない、常人の少年のようであった。
また部族の中でも珍しく、気性が穏やかで知的好奇心が強く、父親である部族長も「ダグラスは人々とともに暮らす道を歩ませたい」と考えていた。兄弟は何人もいるため後継には困ることもない。もちろん成長すれば荒事も成せるだろう。いつか対超常部隊に入ることができたら、我ら部族も協力は惜しまない――と続けられては、アレックスも隊長も否やとは言えなかった。
数日の滞在で、ダグラスと一番打ち解けたのはアレックスであった。
「……なあ、ご褒美は?」
窺うように尋ねるダグラス。
ああと、アレックスは思い出した。
――会見で原稿をうまく読めたら、ご褒美をやろう。
数日前に原稿を渡しながら伝えた言葉。
そう言えばそんな約束をしていたな。
ダグラスは、彼らの部族の中では血筋も立場もあるが、比較的温厚な性格をしていた。肉体的かつ攻撃的な訓練が苦手で、それを促すために「うまくできたらご褒美だ」と言うのは、アレックスなりの応援や後押しの一つだった。
ご褒美としてプレゼントした冒険物語やヒーローコミックといった本をはじめ、ミニカー、トイガンなんかも喜んでいたことを思い出す。それに車に乗ってドライブをしたり、部屋に呼んで見たがっていた映画を見たり、そういう希望を叶えもした。
そんな小さな頃と同じ感覚で、先日そんな約束をしたのだった。
「いいぞ、何が欲しい?」
頬杖を突きつつ笑ったアレックスは、グラスを振ってカランカランと氷を鳴らす。濃厚な琥珀色に浮かんだ丸いそれは、高くて涼やかな音色を奏でていた。
楽しげなアレックスと違って、ダグラスは緊張した面持ちだった。暫しの間、暫しの沈黙の後、ぎしりとソファを軋ませながらアレックスの方へと体を動かし、更に近くへ座り直す。2メートル超えの巨体がアレックスを覆うように寄り添った。
「ん、どうした? 桁外れに金がかかるものでなけりゃ、なんだっていいぞ」
へらへらとグラスを持ち上げる自身と、神妙な面持ちで口を引き結ぶダグラスは対照的で、訝しく思ったアレックスは見上げるように覗き込んだ。ダグラスの表情から窺い知れるのは、緊張に思案と動揺、それから僅かな恥じらい。気負っているようにも見て取れた。
そういうもの全てを解きほぐすように、努めて穏やかに話しかける。
「どうした、言ってみろ?」
小さく笑えば、ダグラスは眉根を寄せて唇をもごもごと動かした。しかし言葉は出て来ず、また沈黙が支配した。
アレックスは根気よく待った。
何度か視線が逸らされた後、少し長く視線を合わせて、ようやくダグラスの口が開いた。
「アレックスと…………性交がしたい」
先程よりも更に長い沈黙。
酔って色が戻り始めた黄金色の瞳が、じっとアレックスを見つめていた。
「…………はあ?! ――うわっ冷めてぇっ!」
開いた口から漏れ出た間抜けな声と共に、アレックスは手からグラスを滑り落とした。中のウイスキーが、氷と共に自身の膝丈パンツにぶち撒けられる。辺りに上質なウイスキーの香りが広がった。
「あぁまったく何やってる」
ダグラスは、テーブルに置いてあったタオルを手にし、濡れたアレックスの太腿を拭っていく。
大きな手が、パンツの上から、ウイスキーを吸い取らせるように丁寧に押さえられる。ついでに、太腿の間から覗くソファの上も拭き取られた。それから脚の隙間から転げ落ちた氷を、股間に触れるか触れないかの位置で、太くて長い指がひょいと拾い上げていく。
サラミのなくなった皿へ氷が放り込まれる音で、アレックスは我に返った。
「お前こそ、何言ってんだ……」
何とか返した言葉だったが、アレックス自身にも掠れて聞こえた。頭の中は混乱でいっぱいいっぱいになっている。どうしていいか分からず、中途半端に腰を浮かしたり落としたりを繰り返した。
肩をすくめたダグラスは、少し首を振りながら溜め息をこぼした。先程まで緊張していたようなのに、影も形もない。
「アレックス、お前がなんだっていいって言っただろう」
だが、声は穏やかで優しかった。
「確かに言った。たしかに……言いは、したが……」
「無理にとは言わない。ただ、オレはそれが欲しいというか、それがしたい」
「あー……あれか、ちょっと街に出るか?」
咄嗟に返したアレックスの言葉は、決して正しくなく、代替え案としても出来の悪いものだった。僅かな間と沈黙が、アレックスを苛む。
「聞いてなかったのか?」
露骨な溜め息、呆れたような声とともに、少し胡乱げな視線が向けられる。アレックスは居た堪れなくて無意識に体を仰け反らせた。そこへもう一つ、溜め息が落ちてくる。
ダグラスは、アレックスに言い聞かせるように話しかけた。
「――アレックスと、したいって」
「アレックスの話の流れも含め、全部頭に入れていたのに、急に差し込まれればそりゃ焦りもする」
そうやって不服そうに愚痴をこぼすと、ウイスキーを煽った。
「失敗できない。なのに急な変更を持ってきやがって……いい迷惑だ」
口汚くなっても他のオーガに比べれば可愛らしい程度、それがダグラスの性分だった。
「オレが話している間、映ってないからってアレックスもニヤニヤしてた」
「あれ、そうだったか?」
自覚がない。アレックスは思い返してみたが、うまく言えて偉いなとしか考えていなかったように思った。それをそのまま口に出す。
「ちゃんと言えてた。偉かったぞ、ダグラス」
そう言って少し腰を上げて、頭を撫でてやる。短く刈られた髪が指をくすぐる。ダグラスも満更ではなさそうで、柔らかく目元を緩めていた。
ダグラスは、アレックスがまだ若かった頃、前任の隊長に連れられてオーガの部族を訪ねた時に出会った。その頃は、アレックスから見てもまだ小さく、オーガ特有の巨躯も筋肉もない、常人の少年のようであった。
また部族の中でも珍しく、気性が穏やかで知的好奇心が強く、父親である部族長も「ダグラスは人々とともに暮らす道を歩ませたい」と考えていた。兄弟は何人もいるため後継には困ることもない。もちろん成長すれば荒事も成せるだろう。いつか対超常部隊に入ることができたら、我ら部族も協力は惜しまない――と続けられては、アレックスも隊長も否やとは言えなかった。
数日の滞在で、ダグラスと一番打ち解けたのはアレックスであった。
「……なあ、ご褒美は?」
窺うように尋ねるダグラス。
ああと、アレックスは思い出した。
――会見で原稿をうまく読めたら、ご褒美をやろう。
数日前に原稿を渡しながら伝えた言葉。
そう言えばそんな約束をしていたな。
ダグラスは、彼らの部族の中では血筋も立場もあるが、比較的温厚な性格をしていた。肉体的かつ攻撃的な訓練が苦手で、それを促すために「うまくできたらご褒美だ」と言うのは、アレックスなりの応援や後押しの一つだった。
ご褒美としてプレゼントした冒険物語やヒーローコミックといった本をはじめ、ミニカー、トイガンなんかも喜んでいたことを思い出す。それに車に乗ってドライブをしたり、部屋に呼んで見たがっていた映画を見たり、そういう希望を叶えもした。
そんな小さな頃と同じ感覚で、先日そんな約束をしたのだった。
「いいぞ、何が欲しい?」
頬杖を突きつつ笑ったアレックスは、グラスを振ってカランカランと氷を鳴らす。濃厚な琥珀色に浮かんだ丸いそれは、高くて涼やかな音色を奏でていた。
楽しげなアレックスと違って、ダグラスは緊張した面持ちだった。暫しの間、暫しの沈黙の後、ぎしりとソファを軋ませながらアレックスの方へと体を動かし、更に近くへ座り直す。2メートル超えの巨体がアレックスを覆うように寄り添った。
「ん、どうした? 桁外れに金がかかるものでなけりゃ、なんだっていいぞ」
へらへらとグラスを持ち上げる自身と、神妙な面持ちで口を引き結ぶダグラスは対照的で、訝しく思ったアレックスは見上げるように覗き込んだ。ダグラスの表情から窺い知れるのは、緊張に思案と動揺、それから僅かな恥じらい。気負っているようにも見て取れた。
そういうもの全てを解きほぐすように、努めて穏やかに話しかける。
「どうした、言ってみろ?」
小さく笑えば、ダグラスは眉根を寄せて唇をもごもごと動かした。しかし言葉は出て来ず、また沈黙が支配した。
アレックスは根気よく待った。
何度か視線が逸らされた後、少し長く視線を合わせて、ようやくダグラスの口が開いた。
「アレックスと…………性交がしたい」
先程よりも更に長い沈黙。
酔って色が戻り始めた黄金色の瞳が、じっとアレックスを見つめていた。
「…………はあ?! ――うわっ冷めてぇっ!」
開いた口から漏れ出た間抜けな声と共に、アレックスは手からグラスを滑り落とした。中のウイスキーが、氷と共に自身の膝丈パンツにぶち撒けられる。辺りに上質なウイスキーの香りが広がった。
「あぁまったく何やってる」
ダグラスは、テーブルに置いてあったタオルを手にし、濡れたアレックスの太腿を拭っていく。
大きな手が、パンツの上から、ウイスキーを吸い取らせるように丁寧に押さえられる。ついでに、太腿の間から覗くソファの上も拭き取られた。それから脚の隙間から転げ落ちた氷を、股間に触れるか触れないかの位置で、太くて長い指がひょいと拾い上げていく。
サラミのなくなった皿へ氷が放り込まれる音で、アレックスは我に返った。
「お前こそ、何言ってんだ……」
何とか返した言葉だったが、アレックス自身にも掠れて聞こえた。頭の中は混乱でいっぱいいっぱいになっている。どうしていいか分からず、中途半端に腰を浮かしたり落としたりを繰り返した。
肩をすくめたダグラスは、少し首を振りながら溜め息をこぼした。先程まで緊張していたようなのに、影も形もない。
「アレックス、お前がなんだっていいって言っただろう」
だが、声は穏やかで優しかった。
「確かに言った。たしかに……言いは、したが……」
「無理にとは言わない。ただ、オレはそれが欲しいというか、それがしたい」
「あー……あれか、ちょっと街に出るか?」
咄嗟に返したアレックスの言葉は、決して正しくなく、代替え案としても出来の悪いものだった。僅かな間と沈黙が、アレックスを苛む。
「聞いてなかったのか?」
露骨な溜め息、呆れたような声とともに、少し胡乱げな視線が向けられる。アレックスは居た堪れなくて無意識に体を仰け反らせた。そこへもう一つ、溜め息が落ちてくる。
ダグラスは、アレックスに言い聞かせるように話しかけた。
「――アレックスと、したいって」
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