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二人の邂逅 5
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「まぁ、いいんじゃない? 今までで一番紳士的な対応だと思うし、もう少しアプローチしてみたら?」
シュジャーウが美味しそうに肉を頬張りながら呟いた。何も考えていない同意にも見えるが、彼なりに思うところはあるのかもしれない。
それを聞いたエミルは「初対面で触れて? これだから西方の狼は」とぼやいている。エミルが顔をしかめるのはある意味仕方がない。地域によって愛情表現に違いがあるのだ。
水のコップから口を離したハンネスが、思い出したように肩を揺らす。
「たしかに、紳士的かもな。エミルなんて、昔西から来た奴にいきなり抱きしめられてたもんなぁ」
「わー、やめて! 恥ずかしいこと思い出させないで!」
よほどだったのだろう、エミルは顔を両手で覆い首を振った。
東方南部の遊牧民の出であるエミルは、貞淑がよしとされる環境で育った。触れ合いですら、ある程度お付き合いをしてから。唇を交わすなどもう結婚前提という価値観だ。そのため、人前で手に触れる、抱き合う、それくらいはする大陸中央部ですら情熱的に感じてしまう。西方の愛情表現など、未知との遭遇だ。
エミルの様子を見ながら肉を噛み締めていたバースィルだったが、それならまだ望みがあるのではと考えた。
手を振り払われるでもない、嫌がって距離を取られたわけでもない。顔もしかめなかったし、眉根も寄せなかった。驚いた顔は可愛らしかったし、名前も教えてくれた。
店員と客という考えが頭からすっぽり抜けているバースィルは、居住まいを正すと手早く祈ってニコニコ機嫌よくステーキに手を付けた。愛しい人が手ずから焼いてくれたのだ。冷える前に食べなければ。
「……うっま!」
少し大きめに切り分けた肉を頬張れば、柔らかな肉が肉汁を溢れさせる。少しレアさが強い肉汁は、バースィルの肉食性を満たす焼き方だった。
味付けは塩がメインで、香り付けは粗挽きの胡椒と香りの優しいパセリのみ。肉独特の臭みは消えないが、獣人族はこれくらいを好みがちだ。シンプルな味付けだからこそ、肉の旨味や肉そのものを味わえる。
一緒に盛られたガーリックピラフは、バター少なめでガーリックの風味が豊かだった。ステーキ肉と合わせれば肉に風味を、角切り肉や温野菜と食べればライスの強さが中和され優しい味となる。野菜はさほど好きではないバースィルだが、これなら食べてもいいなと思った程だ。ステーキの肉汁もライスが吸ってくれて、これまた旨かった。
そう言えばと、ケヴィンがわざわざ頼んでいたピクルスにも手を付けてみる。
甘さ強めに浅く漬け込んだピクルスは、シャキシャキとしているが辛味はほとんどなく、野菜の甘さや旨さが引き立てられていた。玉ねぎもきゅうりも、食べごたえがない、所詮は肉の付属品と思って育ったバースィルだったが、考えを改める。しかも野菜料理ではなく付け合せによって。まろみのあるビネガーが口の中をさっぱりさせてくれるのも、肉料理に合ってよかった。
人参だけちょーだいと言うエミルに希望の品を与えてやり、バースィルはカウンターへと顔を向けた。そこでは瀟洒な器具でコーヒーを入れるマスターの姿。
もしかして、自分に合わせて味付けも焼き加減も変えてくれたのか。
一緒に盛られた角切りステーキは、俺に対するアプローチなのでは。
そのコーヒーは、俺のため? また手ずから入れてくれるのか。
そんなことを考える。
もちろん、そんなことはあるはずもない。
角切りステーキは、肉料理の大盛りを頼んだ客には皆つけられる。ステーキを一枚半というのは用意しづらいからだ。シュジャーウの味付けも盛り付けも同じであるからして、獣人族向けの味付けなだけだった。相手を見ているという点では間違いないのだが。コーヒーもこの店ではサービスで一杯つけてくれるものであって、別段何かあるということはなかった。
すべてバースィルの勝手な思い込みだ。
食後のコーヒーを持ってきてくれたウィアルは、バースィルの熱い視線に微笑みを返して戻っていった。
バースィルの受け取り方は、とかく過剰であった。
少しだけ困ったように笑む姿も、バースィルにとっては堪らなかった。
すげなくされたわけではない、袖にされたわけでもない。
珍しく心が賑やかになったバースィルは、これからここへ通うことを決意をした。
これが、西の国からやってきた狼獣人のバースィルと、その恋人となる小さなカフェのマスター、ウィアルの出会いだった。
シュジャーウが美味しそうに肉を頬張りながら呟いた。何も考えていない同意にも見えるが、彼なりに思うところはあるのかもしれない。
それを聞いたエミルは「初対面で触れて? これだから西方の狼は」とぼやいている。エミルが顔をしかめるのはある意味仕方がない。地域によって愛情表現に違いがあるのだ。
水のコップから口を離したハンネスが、思い出したように肩を揺らす。
「たしかに、紳士的かもな。エミルなんて、昔西から来た奴にいきなり抱きしめられてたもんなぁ」
「わー、やめて! 恥ずかしいこと思い出させないで!」
よほどだったのだろう、エミルは顔を両手で覆い首を振った。
東方南部の遊牧民の出であるエミルは、貞淑がよしとされる環境で育った。触れ合いですら、ある程度お付き合いをしてから。唇を交わすなどもう結婚前提という価値観だ。そのため、人前で手に触れる、抱き合う、それくらいはする大陸中央部ですら情熱的に感じてしまう。西方の愛情表現など、未知との遭遇だ。
エミルの様子を見ながら肉を噛み締めていたバースィルだったが、それならまだ望みがあるのではと考えた。
手を振り払われるでもない、嫌がって距離を取られたわけでもない。顔もしかめなかったし、眉根も寄せなかった。驚いた顔は可愛らしかったし、名前も教えてくれた。
店員と客という考えが頭からすっぽり抜けているバースィルは、居住まいを正すと手早く祈ってニコニコ機嫌よくステーキに手を付けた。愛しい人が手ずから焼いてくれたのだ。冷える前に食べなければ。
「……うっま!」
少し大きめに切り分けた肉を頬張れば、柔らかな肉が肉汁を溢れさせる。少しレアさが強い肉汁は、バースィルの肉食性を満たす焼き方だった。
味付けは塩がメインで、香り付けは粗挽きの胡椒と香りの優しいパセリのみ。肉独特の臭みは消えないが、獣人族はこれくらいを好みがちだ。シンプルな味付けだからこそ、肉の旨味や肉そのものを味わえる。
一緒に盛られたガーリックピラフは、バター少なめでガーリックの風味が豊かだった。ステーキ肉と合わせれば肉に風味を、角切り肉や温野菜と食べればライスの強さが中和され優しい味となる。野菜はさほど好きではないバースィルだが、これなら食べてもいいなと思った程だ。ステーキの肉汁もライスが吸ってくれて、これまた旨かった。
そう言えばと、ケヴィンがわざわざ頼んでいたピクルスにも手を付けてみる。
甘さ強めに浅く漬け込んだピクルスは、シャキシャキとしているが辛味はほとんどなく、野菜の甘さや旨さが引き立てられていた。玉ねぎもきゅうりも、食べごたえがない、所詮は肉の付属品と思って育ったバースィルだったが、考えを改める。しかも野菜料理ではなく付け合せによって。まろみのあるビネガーが口の中をさっぱりさせてくれるのも、肉料理に合ってよかった。
人参だけちょーだいと言うエミルに希望の品を与えてやり、バースィルはカウンターへと顔を向けた。そこでは瀟洒な器具でコーヒーを入れるマスターの姿。
もしかして、自分に合わせて味付けも焼き加減も変えてくれたのか。
一緒に盛られた角切りステーキは、俺に対するアプローチなのでは。
そのコーヒーは、俺のため? また手ずから入れてくれるのか。
そんなことを考える。
もちろん、そんなことはあるはずもない。
角切りステーキは、肉料理の大盛りを頼んだ客には皆つけられる。ステーキを一枚半というのは用意しづらいからだ。シュジャーウの味付けも盛り付けも同じであるからして、獣人族向けの味付けなだけだった。相手を見ているという点では間違いないのだが。コーヒーもこの店ではサービスで一杯つけてくれるものであって、別段何かあるということはなかった。
すべてバースィルの勝手な思い込みだ。
食後のコーヒーを持ってきてくれたウィアルは、バースィルの熱い視線に微笑みを返して戻っていった。
バースィルの受け取り方は、とかく過剰であった。
少しだけ困ったように笑む姿も、バースィルにとっては堪らなかった。
すげなくされたわけではない、袖にされたわけでもない。
珍しく心が賑やかになったバースィルは、これからここへ通うことを決意をした。
これが、西の国からやってきた狼獣人のバースィルと、その恋人となる小さなカフェのマスター、ウィアルの出会いだった。
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