オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

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相棒の憂慮 1

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 それからのバースィルは、足繁くウィアルのカフェに通った。

 商業区の中央大通りを抜けて、工房街を脇に逸れ、隣接する住宅区の宿木通りへ入っていく。その奥まった所に、カフェはあった。
 住居向けの戸建てという造りで、一階を改装してカフェに使用していた。年代物の二階建てになっており、蔦が這う淡い煉瓦の壁と濃飴色に艶めく扉は、使われたことによって生まれた重厚感を感じさせる外観だった。寄り添うように植えられた樹木が優しく影を落とし、さながら隠遁者の別荘といったところだろう。
 僅かな庭には小さな花壇、入り口には木製のメニューボード、窓には淡い色合いをした草色のカーテン、それぞれが品よく客を迎えてくれる。

 店の名は、貸本屋カフェ『ランディア』。

 カフェに来れば、マスターこだわりのコーヒーを飲みながら壁一面の書架から古びた貴重な書物を好きなように読むことができる。耳に心地よい音楽が流れ、居すぎることも咎められず、本人と店の時間が許す限り読んでよいとなっている。椅子やソファでゆったりと寛ぎながら、読書をする。飲み物だけでなく食事も用意されていて、時間が合うなら終日滞在する客もいるくらいだ。
 読みきれないものや、自宅で読みたいと思ったものは、そこは貸本屋、数日幾らで貸してくれる。本を借りる目的でやってきて、居心地の良さで長く滞在してしまう客もいるとか。

 基本的には読書目的の一人客か、食事目的の少人数向けの店なのだが、週に一、二度、昼時だけはカフェというよりも食事処として営まれる日がある。その時間だけは、複数人で連れ立って来店でき、騒がなければ普通に会話をしていて問題ない。そんな気軽な日もあるのだ。バースィルたちが訪れたのもその時だ。
 本のある場所に食事はどうかというところではあるが、ケヴィンたちの話によると、魔法によってすべての書物は保護されているらしい。食事の匂いはつかないし、飲み物をこぼしても汚れないようにされているそうだ。店全体をカバーできるほどの魔法は、余程優秀な魔法使いがかけたか、とても高価な魔導具――少量の魔力で予め決められた魔法が発動する道具――があるのだろう。

 店の切り盛りは、マスターのウィアル、シェフのフェルディク、そして店員のヘンリーとブラントが交代でやっている。週に一度の定休日と、不定期の休みが偶にある。
 客層は、魔術師や研究者の風貌といった者たちが多いようだ。彼らからの需要を考えると、蔵書の価値は推して知るべしだ。食事時は、王都内を警備している赤槍騎士団や王都衛士隊の者が訪れることが多い。あとは冒険者だろうか。


 そんなランディアへせっせと通うバースィルは、昼時はシュジャーウを伴って昼食を取り、休みの日はコーヒーを頼んで普段しない読書をした。カタフニア語の本もあったが内容が難しかったので、ウィアルに読み易い共通語の本を教えてもらってコツコツ読み進めたり、ヴォールファルトの歴史書で歴史を学んだりした。それ以外は、ウィアルを眺めて過ごした。
 カウンター席に陣取り、休憩時間いっぱいまでウィアルに粉をかける者たちを牽制する。その様子はまさに番犬の如くであり、実際にそう呼ぶ者も現れるほどだった。

 今日も今日とて足を運べば、ランディアのマスター、ウィアルがにこやかに迎えてくれる。
 バースィルがまっすぐにウィアルの元へ向かえば、本日のメニューを教えてくれる。

「今日の日替わりは、チキンのほろほろ煮です」

 ただメニューを伝えているだけなのに、バースィルの耳には心地よい声音だった。
 瞳を見つめれば、今日も涼やかに煌めいている。星の瞬き、月の輝き、そういったものに匹敵する美しさだ。

「旨そうだな、それの大盛り、ライスで頼む」
「俺も同じ。白パン二つね」
「承りました」

 希望を伝える二人へにこりと笑むウィアルに、バースィルも笑みを返した。互いに笑みを交わす穏やかな空間、そんな甘い空気――と言っても、バースィルからの一方的なものだが――をぶった斬るように声がかかる。

「席、案内するっすよ」

 声の主は、ヘンリーだった。
 彼は、バースィルが初めて来店した時に、地味な男だという印象を抱いた青年だ。
 おそらくは十代後半。褪せた薄金茶の髪に薄めの緑の瞳と、どこにでもいそうな主張の弱い色をしており、外見も全体的に平均的だった。

「俺はカウンターがいい」
「今日は二人席が空いてるので、そちらに。カウンターは、基本的には一人か、空いてない時だけっすよ」

 バースィルの不服は即却下され、奥の席に通された。
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