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相棒の憂慮 4

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「いくらお前の髭が知らせたとしても、俺は諦めるつもりはねえぞ」

 納得のいかないバースィルはぶすっとした表情で、大きめに切った鶏肉にフォークをぶっ刺した。
 そうして、カウンターへと視線を送れば、席を立った客相手に会計の対応をするウィアルが目に入った。楽しそうに接客する想い人に、バースィルの炎は静かに揺らめいている。
 あの日、ウィアルに出会った時、心の中に確かな炎が灯ったのだ。今代の愛し子の加護があり、数代前の愛し子の血を引く赤狼の一族は、己の炎の指し示す先を信じて突き進む。そう本能に刻まれているのだから。

「確かにウィアルがどういう人間なのか、俺は知らねえけど、過去がどうかなんて関係ねえよ」
「でも、人って生き物は、過去があるから今がある、シガラミってのはそうそうなくならないよ」

 シュジャーウの言葉に、心がざわつく。過去、しがらみ、どちらもバースィルの嫌いな言葉だった。

「そんなのどうとだってなる。今どうしてるかが分かっていればそれでいい」

 バースィルは、琥珀の瞳を眇めて幼馴染を見やった。

「俺がザーフィルの子であるということは、今は全く関係ない」

 低い声とともに、苛立ちが喉の奥で小さな唸りを上げる。

「……それを言われちゃうと、俺も強くは言えないね」

 蒼い瞳を伏せて、シュジャーウは肩を竦めた。

 ザーフィルは、バースィルの父であり、カタフニアでは名の知れた王の戦士だ。バースィルは彼の息子であるということを誇りに思うとともに、栄誉も弊害も多数受けてきた。
 だからこそ、バースィルは生まれも育ちも重要視せず、今その時の自分というものに価値を見出している。どれだけ恵まれていようが、泥水をすすっていようが、この瞬間、その本人に意味を求めたい。自身が成し得たもので至りたいのだ。
 幼い頃から傍らにいたシュジャーウは、その苦楽を見守ってきた。彼のことを考えれば、生まれや過去に気を取られるなど、愚行でしかない。

 小さく頭を振り、失言だったと詫びた。そうすれば、バースィルの唸りは引き、いつもの雰囲気が戻ってくる。
 シュジャーウは片眉を上げて言葉を続けた。

「どこでどうあろうが、バースィルはバースィルだからね。どういう生まれだろうが、どこで育とうが、今ここにいるバースィルがキミだ」
「お前もな」

 そうして互いに僅かに笑んだ。
 バースィルはふと気が付く。

「この話、ここでしてよかったのか?」
「んー、正直、ここが一番安全な気がする」

 先程までの警戒心はどこへやら、シュジャーウは戯けたように明るい声で肩を竦めた。

「というと?」
「ここまで自然に防音魔法が用意されてて、きちんと意識しないと他の客を認識できない場所なんて、そうそうないからね」
「なるほどなぁ」
「そこまでしてるのに、客の話を店員が聞いてるってのは、なさそう」

 それにはバースィルも合点がいく。
 魔法云々はきちんと察知できていないから、そこからの知見は広げられないが、店員の為人はひと月である程度は理解できた。この店の者たち――ウィアルは素より、あの短気で怒りっぽいシェフですら、善人のお人好しなのだと思っている。二人の店員も素っ気はないが、それは店員故の距離だろう。

「そう考えると、お前の心配は杞憂なんじゃねえの」

 バースィルにとっては、この店の関係者が悪人には思えなかった。
 この魔法も客同士が過干渉にならずに寛げるサービスなのではと思えるのだ。正直なところ、何故かけられているかよりも、かけられるのが凄いとしか考えられなかった。

「バースィルは、そういうところ呑気だよね」
「成るようにしかならねえし、成るようにしかなさねえからな」
「でも、髭がさぁ……、こう、さぁ……」
「ははは、お前の髭の知らせは優秀だからな。……まあ、何とかなるって」

 もにょもにょ言うシュジャーウの言い方に肩を揺すって笑い返せば、困ったようではあるものの笑みが返ってくる。
 今までだって二人でそうやってきた。今回だって、そうだと理解していれば咄嗟の判断もつけられる。知らせてくれる友がいるというのはありがたい話だった。

「知らせてくれることは助かる。感謝してるぞ」

 そう言う琥珀の視線を受けて、シュジャーウは無言ながら小さく笑った。
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