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不意の訪問 3
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「皆がお前より劣っているとは思わない。しかし、俺たち獣人の膂力は、他者を凌駕する。俺に対して純粋に力で勝てる者は、種族問わず数名しかいないだろう」
「ならば尚更――」
「それは、お前とて同じだろう。久しぶりに加減をしない手合わせができると思うのだがな」
数名いるのには驚きだが、確かに獣人は強い力を持っている。手合わせの際、相手を見る必要はあるし、それは当然必要なことだ。
しかしそれで物足りないと思うつもりはない。剣技とは、純粋な力だけでは成り立たないからだ。自分よりも腕力がないからと言って、人族をはじめとする他の種族に必ずしも勝てるとは限らない。バースィルはそれを理解しているし、父から何度も教わった。
それに、騎士団の今の環境は、実のところ、とても恵まれていた。
「残念……ですが、騎士団には、ボリス……殿やユーグ殿、シュジャーウもいますから、俺は困って、ません」
シュジャーウとともに挙げた二人は、団員の中で特に戦いに秀でた獣人騎士だ。ボリスは熊、ユーグは虎の獣人で、立派な体格に優れた戦闘技術を持っている。
初めての鍛錬の日、打ち合わせる二人の猛々しさに惚れ込み、バースィルは初対面ながら手合わせに持ち込んだ。それに付き合ってくれるくらいには、二人も人付き合いがよく、新人バースィルにとってはまだ少ない顔と名前が一致する仲間である。
「ふっ、つれないなぁ。じゃあ、隣の……ええとシュジャーウだったな、お前はどうだ」
団長自ら、どちらの名も覚えているのかとバースィルが驚く中、アロイスが言葉を続ける。
「カタフニアの獣人たちは、皆、精霊の加護とともに剣を取ると聞く。バースィルより形は細いが、お前もなかなかやるんだろう?」
そう言って、また品定めするようにシュジャーウの瞳を覗き込む。ギラギラとした琥珀色は捕食者さながらといったところだった。
「アロイス、絡むのはやめなさい」
静かながら有無を言わさぬ声音で、オリヴァーが割って入る。麗しい長い銀髪がサラリと揺れた。淡青色の瞳は怜悧さを湛え、彼の為人が窺える気がした。
「すまないね、二人とも。彼はどうにも腕力で物事を図る傾向にある。許してほしい」
「いえ、副団長。武を尊ぶ一族の生まれであれば、それは尊重される考え方です」
「シュジャーウくんは、寛容だね」
そう言って、シュジャーウとオリヴァーは僅かに笑い合う。当のアロイスは不満げで、ボソボソとぼやいた。
「せっかく時間を捻出したのに、体を動かすこともできねえのかよ」
オリヴァーは、ふぅと溜息をついて頭を振った。この人は結構苦労しているのではと思い至り、バースィルとシュジャーウは顔を見合せる。どちらからともなく肩を竦めた。
そのまま、こちらを見ている蒼い瞳。バースィルは、相棒の意図を察して、困ったように目を眇めた。仕方がない、この場を収めるのならば、シュジャーウの提案に乗ることもやぶさかではなかった。
「そう言うのでしたら、俺で良ければ」
「本当かっ!」
バースィルの一言で、アロイスの顔は一気に華やぐ。喜色満面、耳もピーンと立ち機嫌がよくなったのがひと目で伝わってくる。
昔シュジャーウから「バースィルは結構分かりやすい」と言われたことがあったのだが、これだなとバースィルはなんとも言えない気持ちになった。
「獲物はどうする? 俺の相棒はこれなんだが」
アロイスは、背の大剣を指し示した。その大剣は、長さは身の丈近く刃幅も太く重そうな鉄塊のように見えた。これを振るう膂力のある相手かと、バースィルは警戒するようにアロイスを見つめた。
「鍛錬用の武器を使わないのなら、俺はこれです」
虚空へと腕を伸ばせば、あり得ない場所から柄が出てくる。その柄をしかと握りしめ、愛用の獲物を引き抜いた。
利き手には、暗い色合いだが光を受ければ僅かに紅色を見せる剣身。焔鋼と呼ばれるカタフニア原産の鋼鉄で作り上げたそれは、バースィルの炎の魔力をよく通す。長身だからこそ片手で使い回せるロングソードだ。
左手に掴んだのは、同じ誂えのやや短いショートソード。こちらは鈎のようになったガード部分が独特な、カタフニアの戦士が好んで使う片手剣だ。
バースィルの周りではちらちらと火の粉が舞い、抜き身の刃がその輝きを反射している。まるでバースィルに呼応し、明滅を繰り返しているかのようだ。
「うはは、インベントリか! 魅せてくれる」
アロイスは至極楽しそうだ。
インベントリとは、魔法による異空間収納のことを言う。女神が何代も昔の勇者へ伝えた魔法で、その後彼らによって解析され巷に広がった。
魔力量や鍛錬で扱えるようになると言われているが、バースィルは魔法があまり使えない分、そちらの習得に注力できた。今では使うことのできる数少ない魔法の一つになっている。
二人が獲物を構えれば、副団長のオリヴァーが溜息をつきながらも中央へ立つ。渋々としながらも、それでも公平に場をとりなす。
「問題があると判断すれば止めます。それでは両者構えて、――はじめっ!」
水平に構えられた手が勢いよく天に掲げられ、開始の合図が響き渡った。
「ならば尚更――」
「それは、お前とて同じだろう。久しぶりに加減をしない手合わせができると思うのだがな」
数名いるのには驚きだが、確かに獣人は強い力を持っている。手合わせの際、相手を見る必要はあるし、それは当然必要なことだ。
しかしそれで物足りないと思うつもりはない。剣技とは、純粋な力だけでは成り立たないからだ。自分よりも腕力がないからと言って、人族をはじめとする他の種族に必ずしも勝てるとは限らない。バースィルはそれを理解しているし、父から何度も教わった。
それに、騎士団の今の環境は、実のところ、とても恵まれていた。
「残念……ですが、騎士団には、ボリス……殿やユーグ殿、シュジャーウもいますから、俺は困って、ません」
シュジャーウとともに挙げた二人は、団員の中で特に戦いに秀でた獣人騎士だ。ボリスは熊、ユーグは虎の獣人で、立派な体格に優れた戦闘技術を持っている。
初めての鍛錬の日、打ち合わせる二人の猛々しさに惚れ込み、バースィルは初対面ながら手合わせに持ち込んだ。それに付き合ってくれるくらいには、二人も人付き合いがよく、新人バースィルにとってはまだ少ない顔と名前が一致する仲間である。
「ふっ、つれないなぁ。じゃあ、隣の……ええとシュジャーウだったな、お前はどうだ」
団長自ら、どちらの名も覚えているのかとバースィルが驚く中、アロイスが言葉を続ける。
「カタフニアの獣人たちは、皆、精霊の加護とともに剣を取ると聞く。バースィルより形は細いが、お前もなかなかやるんだろう?」
そう言って、また品定めするようにシュジャーウの瞳を覗き込む。ギラギラとした琥珀色は捕食者さながらといったところだった。
「アロイス、絡むのはやめなさい」
静かながら有無を言わさぬ声音で、オリヴァーが割って入る。麗しい長い銀髪がサラリと揺れた。淡青色の瞳は怜悧さを湛え、彼の為人が窺える気がした。
「すまないね、二人とも。彼はどうにも腕力で物事を図る傾向にある。許してほしい」
「いえ、副団長。武を尊ぶ一族の生まれであれば、それは尊重される考え方です」
「シュジャーウくんは、寛容だね」
そう言って、シュジャーウとオリヴァーは僅かに笑い合う。当のアロイスは不満げで、ボソボソとぼやいた。
「せっかく時間を捻出したのに、体を動かすこともできねえのかよ」
オリヴァーは、ふぅと溜息をついて頭を振った。この人は結構苦労しているのではと思い至り、バースィルとシュジャーウは顔を見合せる。どちらからともなく肩を竦めた。
そのまま、こちらを見ている蒼い瞳。バースィルは、相棒の意図を察して、困ったように目を眇めた。仕方がない、この場を収めるのならば、シュジャーウの提案に乗ることもやぶさかではなかった。
「そう言うのでしたら、俺で良ければ」
「本当かっ!」
バースィルの一言で、アロイスの顔は一気に華やぐ。喜色満面、耳もピーンと立ち機嫌がよくなったのがひと目で伝わってくる。
昔シュジャーウから「バースィルは結構分かりやすい」と言われたことがあったのだが、これだなとバースィルはなんとも言えない気持ちになった。
「獲物はどうする? 俺の相棒はこれなんだが」
アロイスは、背の大剣を指し示した。その大剣は、長さは身の丈近く刃幅も太く重そうな鉄塊のように見えた。これを振るう膂力のある相手かと、バースィルは警戒するようにアロイスを見つめた。
「鍛錬用の武器を使わないのなら、俺はこれです」
虚空へと腕を伸ばせば、あり得ない場所から柄が出てくる。その柄をしかと握りしめ、愛用の獲物を引き抜いた。
利き手には、暗い色合いだが光を受ければ僅かに紅色を見せる剣身。焔鋼と呼ばれるカタフニア原産の鋼鉄で作り上げたそれは、バースィルの炎の魔力をよく通す。長身だからこそ片手で使い回せるロングソードだ。
左手に掴んだのは、同じ誂えのやや短いショートソード。こちらは鈎のようになったガード部分が独特な、カタフニアの戦士が好んで使う片手剣だ。
バースィルの周りではちらちらと火の粉が舞い、抜き身の刃がその輝きを反射している。まるでバースィルに呼応し、明滅を繰り返しているかのようだ。
「うはは、インベントリか! 魅せてくれる」
アロイスは至極楽しそうだ。
インベントリとは、魔法による異空間収納のことを言う。女神が何代も昔の勇者へ伝えた魔法で、その後彼らによって解析され巷に広がった。
魔力量や鍛錬で扱えるようになると言われているが、バースィルは魔法があまり使えない分、そちらの習得に注力できた。今では使うことのできる数少ない魔法の一つになっている。
二人が獲物を構えれば、副団長のオリヴァーが溜息をつきながらも中央へ立つ。渋々としながらも、それでも公平に場をとりなす。
「問題があると判断すれば止めます。それでは両者構えて、――はじめっ!」
水平に構えられた手が勢いよく天に掲げられ、開始の合図が響き渡った。
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