オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

文字の大きさ
43 / 43

日々の随意 5

しおりを挟む
 運ばれてきたウィアルのシチューは大層旨かった。
 鶏肉も野菜もじっくり柔らかく煮込まれていて、ミルクたっぷりのクリームとあっていた。そのクリームには、ミルクや野菜の甘さ、肉の旨味が溶けている。煮過ぎていないスピナッチが彩りよく、他の野菜とは違う食感を与えてくれる。
 注文時の要望通り肉は多めで、バースィルの腹も十分膨れて満足だった。

 それこそ、ウィアルの一挙手一投足に沸き立つ心を落ち着けるくらいに。
 食べ終わる頃には、何とかなるだろうというような心持ちに変わっていた。しっかりと冷静さを取り戻したようだった。欲にかられて取り返しがつかなくなるより全然良いのだと、バースィルは自分に言い聞かせる。

 体というものは単純にできているらしく、腹が膨れれば眠気が襲ってくる。
 バースィルは食事が終わって暫しも経たない内に、うつらうつらとし始めた。

「お休みしますか?」

 いつの間にか来ていたウィアルが尋ねてくる。
 半分ほどしか開いてない瞳で見やれば、気遣うような夕日色がこちらを見守っていた。優しい笑み、耳によく届く声音、それから柔らかな深緑の香り。どれもこれも等しく恋しくなってしまう。

「となり」

 バースィルは言葉少なに呟いて、ソファの空いている場所をぽすぽすと叩く。誘うように尾を振った。
 ウィアルは、手にしていたトレイの品たちを慌ててテーブルに並べていく。ミルクたっぷりのカフェオレとクッキーが数枚入った皿、それに木片と葉の入った小さな器だった。
 いつものコーヒーじゃないそれを見て、わざわざ用意してくれたのかと、微睡み始めた頭で考える。

「ねみぃ……から、飲めねえかも。すまねぇ」

 たどたどしく伝えれば、大丈夫ですよと微笑みながらウィアルもソファへと腰を下ろした。もっと近くにと思い願い、腰を抱くように尾を寄り添わせた。
 少しずるいかもなと頭の隅で考えながら、バースィルはぽてっともたれかかってみる。体は躱されることなく、肩と肩が触れ合った。

「ふふ、今日はいつもと逆ですね」

 穏やかな、少し低めの声が耳の傍で聞こえてくる。

 触れる肩が温かい。
 午睡の時、ウィアルがもたれたりするものだから、同様に受け入れてくれるだろうことは分かっていた。どういう形であれ、特別だと思ってもらえている境遇に乗っかる自分はずるいのだろうと、バースィルは思う。
 けれど先程思った――もう少しだけ今より近くへ、そんな欲をなかったことにはできなかった。特別だということに胡座をかく。他の客だってどうでもよかった。

 眠気に任せるってすごいんだなと思いながら、バースィルは温かさや心地よさに身を委ね、揺蕩うように微睡んでいた。
 ウィアルが隣にいてくれる、その事実でまた心がホカホカとしてくるのだ。俺というものは単純にできているんだななどと、頭の隅で考える。けれど、単純でよいことは単純でよいのだとも、バースィルには思えた。

 ふいに頭に触れられる感覚で、一瞬意識が浮上する。
 赤い髪を指で梳り数回撫でた後、耳の後ろをくすぐるように触れられる。思わずパタっと動かせば、一度手を離しすぐにまた触れられる。今度はパタパタと動かし返した。

「そこきもちい」

 目を閉じたままそうやって呟けば、笑うような呼気が漏れたように思えた。
 僅かにくすぐるような、軽く掻くような、そんな風に耳に触れられ、心地よさに埋もれていく。

 バースィルは眠気と闘いながら暫くそれらを堪能していたのだが、また頭をよしよしと撫でられた後、申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

「私の時は一緒に居ていただいているのに、私は席を外さなくてはならなくてすみません。お客様がいらっしゃいますから」

 そうして、ウィアルは優しい力でバースィルの体を支えてくれた。

「ん、わかってる」

 バースィルはそう呟いて、体をソファの背もたれへ預け直した。肩を離し、腕が離れ、尾が名残惜しそうに離れて揺れた。
 温かさが離れていくことに寂しさを感じるものの、ウィアルや店に迷惑をかけたいわけでもない。
 半分ほど開いた目でウィアルが席を立つのを見ながら、んんと身じろぎ体勢を整える。起きてウィアルの仕事風景を見守りたいと思ったのだが、これ以上は体も頭も起きてくれそうになかった。

 立ち上がったウィアルが、指先にほんの小さな、とてもとても小さな魔力の火種を作り、器に入った木片に火を点す。火はすぐに消えてしまうが、木片と葉から柔らかな香りが立ち上り、バースィルの周りに広がっていく。まるで自分を包むような、そんな感覚に囚われる。
 それに、それらの香りと一緒に、いつものあの深緑の香りが漂ってくる。
 心が解れていくってこういうことなんだろうかと、僅かに残った意識の片隅で思う。

「眠い時は寝てしまって大丈夫なんですよ、ランディアでは」

 ウィアルの優しい声が、眠りの淵へとバースィルを誘う。
 優しい瞳が、そうしていいのだと安心感を抱かせる。
 そしていつもの深緑のような香りが鼻腔をくすぐり、穏やかな心地にさせていく。

 仕事で多忙な連中が寝こけているのはよく見ていた。
 事前に時間を伝えておけばその時間に、なければある程度の時間の後に起こしてもらえる。そんな風に仮眠を取りに来る客もいるのだと、いつだかにヘンリーが言っていた。

 それなら俺も寝ていいかと、バースィルはゆっくりと瞳を閉じる。

 安心する香りに心も体も落ち着いて、ゆったりとした眠りの中へ深く深く沈んでいくのが、バースィルには理解できた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

俺の婚約者は小さな王子さま?!

大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」 そう言い放ったのはこの国の王子さま?! 同性婚の認められるパミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。 今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。 「年の差12歳なんてありえない!」 初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。 頑張り屋のアルミス王子と、諦め系自由人のカイルアが織り成す救済BL

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない

天岸 あおい
BL
第12回BL大賞・奨励賞を受賞しました(旧タイトル『嫌われ将軍、実は傾国の愛されおっさんでした』)。そして12月に新タイトルで書籍が発売されます。 「ガイ・デオタード将軍、そなたに邪竜討伐の任を与える。我が命を果たすまで、この国に戻ることは許さぬ」 ――新王から事実上の追放を受けたガイ。 副官を始め、部下たちも冷ややかな態度。 ずっと感じていたが、自分は嫌われていたのだと悟りながらガイは王命を受け、邪竜討伐の旅に出る。 その際、一人の若き青年エリクがガイのお供を申し出る。 兵を辞めてまで英雄を手伝いたいというエリクに野心があるように感じつつ、ガイはエリクを連れて旅立つ。 エリクの野心も、新王の冷遇も、部下たちの冷ややかさも、すべてはガイへの愛だと知らずに―― 筋肉おっさん受け好きに捧げる、実は愛されおっさん冒険譚。 ※12/1ごろから書籍化記念の番外編を連載予定。二人と一匹のハイテンションラブな後日談です。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

処理中です...