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日々の随意 4
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頬から離れた手は、再び膝上への手へ戻ってきて、また二度ほど撫でられた。
疲れている時に人の温かさに触れれば、精神的にだろうが肉体的にだろうがホカホカとした気持ちが湧いてくる。相手がウィアルだからということもあるが、少し人寂しくなっていたのかもしれない。
バースィルは、ここでやっと自分がかなり疲労をためていたのだと理解できた。ウィアルにも心配させてしまったのだなと考えていると、眉尻を下げたウィアルが尋ねるように言った。
「あなたの師も、日々鍛錬をと言っているのでしょう?」
ウィアルが誰の事を言っているのか分からず、バースィルは首を傾げる。
「師?」
「メルヒオールのことです。彼は自他ともに手厳しいですからね、少しの時間でも毎日するようにと言われているでしょう?」
「ああ、そう言われてる。……そうか、師……、師なのか。メルヒオールが、俺の師……」
バースィルは、ウィアルの言葉を噛みしめた。
バースィルにとって、師を持つということは子供の頃からの憧れだった。それは憧れた勇者が、剣術の師、武術の師、学術の師、そして魔術の師を得ていたから。自分にも誇れる師ができたらいいのにと思ったものだ。そんなものは遠に得られる機会がないと諦めていたのだが。
自分に師というものができたのかと、思わず感慨深くなる。父は師である前に父であったし、魔法に関してはシュジャーウとともに使えるようになる練習をしただけだ。
まさか今になってできるなんてと、気恥ずかしさと嬉しさが混在してバースィルの相貌を崩れさせた。
「けれどメルヒオールとて、バースィルさんが無理をすることを望んでいないでしょう」
ウィアルの言葉に、バースィルはこくりと頷く。メルヒオールは、多忙ながらも懇切丁寧に説明し鍛錬させ繰り返させ、バースィルが焦るようなら窘めた。
バースィルが睡眠時間を削って魔力訓練をしているなど耳に入れば、彼のことだ、窘めるくらいでは済まないだろう。
「分かった。もう無理はしない」
「はい、約束ですよ。そうしたら今日からは、ちゃんとお休みしましょうか。まずはご飯を食べましょう」
そう言ってウィアルが立ち上がると、ブラントがメニューを持ってやってきた。視線が合えば、柔らかく笑んだ後メニューをテーブルの上に置いて立ち去っていく。
バースィルは、色々とありがたく思いながら、メニューを手を伸びそうとして手を止めた。
「今日のウィアルの料理は?」
「私のですか? 今日はシチューを担当しました」
メニューを手に開いてみれば、日替わりが鶏肉と根菜のシチューになっていた。
「じゃあ、そのシチューにする。日替わりか」
「そうですね。でもいいんですか? 週替りはお肉ですよ」
ウィアルの言葉に、再びメニューを視線を落とす。
週替りは粗挽き肉のハンバーグだった。以前も食べたのだが、肉の食感が残るくらいの粗挽きでバースィルの好みの固さだった。シェフの料理は正直何でも旨いのだが、これももちろん格別だった。
「肉……」
あれならまた食べたいかもしれないと思い、ぼそりと呟けば、頭上からふふっと小さな声が降ってくる。不服そうに琥珀色の目を細めて見上げれば、声を殺しながら肩を揺らしている様が目に入った。
つい溢れた言葉で笑われてしまうとは。内容が内容だけに恥ずかしい。バースィルはじとりと睨むが、ウィアルは気に留めた様子もない。
「……いーや、今日はウィアルの飯が食いたい。鶏肉んとこ多めで」
パタンとメニューを閉じれば、少し笑いを噛み殺した声で「承りました」とウィアルは頷いた。それから、小さく手を振って立ち去っていく。
バースィルはその背を見送りながら、店内の音楽にかき消されるくらいの声で小さく溢した。
「頬摘まむなんて可愛いこと、してくるなんて聞いてねえぞ……」
ズルズルとソファに体を埋める。ため息とともに目を伏せた。
これからでいいと割り切っていたはずなのに、ふつふつと期待や欲が湧いてくる。
店に来ればウィアルの姿ばかり追ってしまう、そんな自分にはよく分かる。
随分前からそうなのだ。
手に触れるのだって、頬へ触れるのだって、まして頬を摘むなんて、誰にだってしていない。バースィルが知っている限り、自分だけ――バースィルだけにしかしていないのだ。
小さく手を振るのだってそうだ。あんな風に可愛らしく手を振ってる様子なんか、見たことがない。
なるようになると思っているが、こういうことがあると揺らいでしまう。
いつだったかに、コンラートやメルヒオールが言っていた言葉が思い起こされる。自分だって流石に自覚が湧いてきてしまうのだ。
認めたくないが、どう見たって、誰が見たって脈などないのに。
どうしてだか、自分だけ確実に特別扱いなのだ。
――好意の差異。
メルヒオールの指摘が、心に刺さる。
きちんと気持ちが伝わるまで諦めるつもりはないが、この差異をどう解釈していいのか分からない。
ウィアルの特別とは何なのだろう。
自分に対する好意は、親愛なのか、友情なのか、それとも何だというのだろうか。
そもそも、あの触れ方は、一体全体何なのだ。
「……俺、シュジャーウの頬なんて摘まねえよ」
どうしろって言うんだと、ため息しか出ない。
いろんな感情――それこそやましいことさえ振り払うように、ぶんぶんと何度も頭を振ってぐったりと項垂れたバースィルは、脇に抱えたクッションへぼふっと顎を預けた。
疲れている時に人の温かさに触れれば、精神的にだろうが肉体的にだろうがホカホカとした気持ちが湧いてくる。相手がウィアルだからということもあるが、少し人寂しくなっていたのかもしれない。
バースィルは、ここでやっと自分がかなり疲労をためていたのだと理解できた。ウィアルにも心配させてしまったのだなと考えていると、眉尻を下げたウィアルが尋ねるように言った。
「あなたの師も、日々鍛錬をと言っているのでしょう?」
ウィアルが誰の事を言っているのか分からず、バースィルは首を傾げる。
「師?」
「メルヒオールのことです。彼は自他ともに手厳しいですからね、少しの時間でも毎日するようにと言われているでしょう?」
「ああ、そう言われてる。……そうか、師……、師なのか。メルヒオールが、俺の師……」
バースィルは、ウィアルの言葉を噛みしめた。
バースィルにとって、師を持つということは子供の頃からの憧れだった。それは憧れた勇者が、剣術の師、武術の師、学術の師、そして魔術の師を得ていたから。自分にも誇れる師ができたらいいのにと思ったものだ。そんなものは遠に得られる機会がないと諦めていたのだが。
自分に師というものができたのかと、思わず感慨深くなる。父は師である前に父であったし、魔法に関してはシュジャーウとともに使えるようになる練習をしただけだ。
まさか今になってできるなんてと、気恥ずかしさと嬉しさが混在してバースィルの相貌を崩れさせた。
「けれどメルヒオールとて、バースィルさんが無理をすることを望んでいないでしょう」
ウィアルの言葉に、バースィルはこくりと頷く。メルヒオールは、多忙ながらも懇切丁寧に説明し鍛錬させ繰り返させ、バースィルが焦るようなら窘めた。
バースィルが睡眠時間を削って魔力訓練をしているなど耳に入れば、彼のことだ、窘めるくらいでは済まないだろう。
「分かった。もう無理はしない」
「はい、約束ですよ。そうしたら今日からは、ちゃんとお休みしましょうか。まずはご飯を食べましょう」
そう言ってウィアルが立ち上がると、ブラントがメニューを持ってやってきた。視線が合えば、柔らかく笑んだ後メニューをテーブルの上に置いて立ち去っていく。
バースィルは、色々とありがたく思いながら、メニューを手を伸びそうとして手を止めた。
「今日のウィアルの料理は?」
「私のですか? 今日はシチューを担当しました」
メニューを手に開いてみれば、日替わりが鶏肉と根菜のシチューになっていた。
「じゃあ、そのシチューにする。日替わりか」
「そうですね。でもいいんですか? 週替りはお肉ですよ」
ウィアルの言葉に、再びメニューを視線を落とす。
週替りは粗挽き肉のハンバーグだった。以前も食べたのだが、肉の食感が残るくらいの粗挽きでバースィルの好みの固さだった。シェフの料理は正直何でも旨いのだが、これももちろん格別だった。
「肉……」
あれならまた食べたいかもしれないと思い、ぼそりと呟けば、頭上からふふっと小さな声が降ってくる。不服そうに琥珀色の目を細めて見上げれば、声を殺しながら肩を揺らしている様が目に入った。
つい溢れた言葉で笑われてしまうとは。内容が内容だけに恥ずかしい。バースィルはじとりと睨むが、ウィアルは気に留めた様子もない。
「……いーや、今日はウィアルの飯が食いたい。鶏肉んとこ多めで」
パタンとメニューを閉じれば、少し笑いを噛み殺した声で「承りました」とウィアルは頷いた。それから、小さく手を振って立ち去っていく。
バースィルはその背を見送りながら、店内の音楽にかき消されるくらいの声で小さく溢した。
「頬摘まむなんて可愛いこと、してくるなんて聞いてねえぞ……」
ズルズルとソファに体を埋める。ため息とともに目を伏せた。
これからでいいと割り切っていたはずなのに、ふつふつと期待や欲が湧いてくる。
店に来ればウィアルの姿ばかり追ってしまう、そんな自分にはよく分かる。
随分前からそうなのだ。
手に触れるのだって、頬へ触れるのだって、まして頬を摘むなんて、誰にだってしていない。バースィルが知っている限り、自分だけ――バースィルだけにしかしていないのだ。
小さく手を振るのだってそうだ。あんな風に可愛らしく手を振ってる様子なんか、見たことがない。
なるようになると思っているが、こういうことがあると揺らいでしまう。
いつだったかに、コンラートやメルヒオールが言っていた言葉が思い起こされる。自分だって流石に自覚が湧いてきてしまうのだ。
認めたくないが、どう見たって、誰が見たって脈などないのに。
どうしてだか、自分だけ確実に特別扱いなのだ。
――好意の差異。
メルヒオールの指摘が、心に刺さる。
きちんと気持ちが伝わるまで諦めるつもりはないが、この差異をどう解釈していいのか分からない。
ウィアルの特別とは何なのだろう。
自分に対する好意は、親愛なのか、友情なのか、それとも何だというのだろうか。
そもそも、あの触れ方は、一体全体何なのだ。
「……俺、シュジャーウの頬なんて摘まねえよ」
どうしろって言うんだと、ため息しか出ない。
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