オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

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日々の随意 3

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「はは、見てきたように言うな」

 自分以上に熱心に語るウィアルの真面目な顔が可愛らしく見えて、つい笑ってしまう。そんなバースィルの様子を受けて、ウィアルは不服そうに唇を尖らせた。

「む……、私だって気にはなるのです。何ができるというわけではありませんが……。
 けれど準備は重ねるに越したことはありませんし、用心して無駄になるのは、ある意味良いことだと思いますよ」
「大丈夫、分かってるよ。気にしてくれてありがとうな」

 そう返せば、ウィアルは少し肩をすくめて首を振る。それからソファの脇に膝を突いて、バースィルへと手を伸ばした。微かに頬へと触れた指先は少しひやりとしていて心地がよい。

「少し疲労が窺えます。それに体内魔力が乱れている。ちゃんと休めていますか」
「休んではいる」

 バースィルが僅かに視線を逸らせば、訝しげな顔で覗き込んでくる。

「体内魔力の乱れは、体調にも関わりますし、抵抗力の低下にも繋がります。事前の体調管理も仕事の内ですよ」

 じぃと夕日色が覗き込む。バースィルはその見据えるような視線にどきりとした。黙っていてはいけないのだろうと思わされる。
 ウィアルの真面目さ、誠実さがそうさせるのか、はたまた惚れた弱みからか、バースィルは少しずつ言葉を溢した。

「その、だな……、もう来週の頭には出発するんだ……」

 来週から遠征が始まる。遠征先は、魔物がたくさん目撃された場所や活発化が報告された場所となる。赤槍騎士団は王都周辺の王領を任されていた。
 遠征前は、騎士団の調査隊や冒険者ギルドからの依頼を受けた冒険者パーティーが、事前調査を行う。もう調査からは戻ってきていて、その報告も成されていた。

「今回は『ヘスペリア緑地』なんだが、想定よりも魔物の数が多かった、と聞いてな……」

 バースィルは、バツの悪そうな顔でぼそぼそとつぶやく。

 今回の遠征先は『ヘスペリア緑地』と呼ばれる森林を多く保有する地域だ。王都からほど近い王領内にあり、数時間――午前に出発すれば午後の早い内には到着する。遠征内容は増加した魔物の討伐で、バースィルの所属する班を含むケヴィンの隊に任された。他の隊も含め、五十人ほどが参加する予定となっている。
 現在の魔物の状況は、騎士団の調査結果や冒険者パーティーから報告を受けて、騎士団でも冒険者ギルドでも事前に発表されていた。

「フォレストウルフが多数確認されていて、規模の大きい群れになっている、らしい……」

 これにより、ヘスペリア緑地への立ち入りは当面禁止、冒険者もC級以上でなければ不可となっていた。制限を設けることを嫌う冒険者ギルドがそう指示を出すということは、滅多にないことだった。

「しかも、魔力過多だったって聞いて……」
「魔力……過多……」

 バースィルの言葉を、ウィアルは眉根を寄せて同じく繰り返す。

 バースィルが魔力過多を警戒するには、正しく理由がある。
 体内魔力が過剰になり飽和すると、感情が昂ぶったり荒くなったりすると言われている。魔物ならば、わかりやすく狂暴化するだろう。魔法を操る魔物であれば魔法の威力が上がるだろうし、魔力によって肉体が強化されている懸念もある。魔物としての格が上がるとまで言われていた。
 それだけでも今回の遠征は、警戒する必要があるということだ。

「なるほど、それでどうしようとしたのです」

 膝の上に置いてあった手に、柔らかく手が重なる。夕日色の双眸がこちらを見据えて逃さない。
 獣人族の、更には体力に自信のあるバースィルだ、その彼が、たかが遠征準備、備品整備などで疲労を露わにするはずがない。それは彼自身がよくわかっていたし、少し考えれば分かることでもあった。
 とどのつまり白状しろと言われているのだと、バースィルには理解できた。
 じぃと見つめてくる瞳に後ろめたさを感じて、瞳を閉じながらも観念して口を開く。

「それで、……夜に宿舎の裏で剣を振ったり、部屋で魔力を練る練習、してた」
「だから寝不足なんですね」

 穏やかな調子のまま、少し困ったように言葉が綴られた。重ねられた手を優しく撫でられる。

 その様子が思っていた反応と違って、バースィルはどう返していいのか迷ってしまう。
 注意を受けるか、それとも叱りを受けるか、そのように考えていた。もしかしたら、呆れて笑われるようなこともあるかもしれないと思っていた程だ。
 特に魔法が不得手であったバースィルは、子供の時分は「お前が魔法の練習なんて無駄だ」と周りの子供たちに揶揄われた。そう言われてしまえば、そうなのかと思えるくらいには達観していたバースィルは、それ以上のやり方を求めることなく今に至る。
 それでも何とか身体強化と亜空間収納は身に付けたのだが、メルヒオールの指摘通り基本というものを全く理解していない。知識だけで言えば子供以下なのだ。
 そんな彼が魔法を学ぶなど、長けた者からしたら無駄な努力だと思うかもしれないと、バースィルはそのような考えに至るよう育ってしまっていた。

「ん? どうしました?」

 そうっと瞳を開いてみれば、僅かに傾げながら覗き込まれる。闇色の髪がさらりと揺れた。
 尋ねられたその言葉へ、素直に思ったことを返す。

「いや、笑われるかなと思って……。魔法の下手な俺が練習なんて……」
「不得意なことを鍛錬するのは、何らおかしなことではないですよ」

 心から思っているのだろうウィアルの声は優しかった。ただ賛同してくれる、この事実がバースィルには嬉しく思えた。
 バースィルが微かに笑めば、「だからと言って、無理をするのは褒められたものではありません」と頬に手を伸ばされ、むにぃと摘ままれる。そうしてウィアルは微笑んだ。

「それでも、隠さず話せたのはよいことです」

 その笑みは、随分と親しみを感じさせるもので、労わりとか悪戯心とかそういうものも含んでいるのだとバースィルには思えた。自分が素直に話せたことはよかったと思えたし、そうさせてくれたウィアルの問いや返答はありがたかった。

 それに何より――、ウィアルから触れる以上のことをしてくれるとは思っていなかったものだから、バースィルには放された頬に手を当てて黙して頷くくらいしかできなかった。
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