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日々の随意 2
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席に座って制服の合わせを少し寛げれば、思いの外大きく息をついた。
正式に団員になってから既に半年。
任務内容も多岐に渡り、まだまだ下っ端団員であれども新人ではもうない。特に騎士を叙任されていない従士たちはどうしても雑務を任されがちだ。大国の王都ともなれば、北門から南門への移動などあれば、体力自慢のバースィルとて疲労は残る。
そう、バースィルは騎士団員ではあるが、騎士ではなく従士なのだ。そのため、王国への服従や責任のようなものは軽いが、その分騎士たちよりも立場は下。
三百人近くいる赤槍騎士団では六十人ほどが騎士、残りは従士で構成されている。騎士を叙任されている者たちは隊長や班長などの役職に就くことが多く、隊長と班長を兼任していたケヴィンや、新年より新たな班長となったハンネスは、騎士に当たる。バースィル含め班員の四人は従士だ。他の班も五、六人の構成で、ほとんどが従士となっている。
多少なりとも楽な心持ちではあるが、多忙な時期というものは、どのような職でも立場でもありはするのだ。
今日も南門への資材搬入を行って、班員たちと別れた。
班長のハンネスと今回の搬入責任者であるシュジャーウは拠点に戻り、残りの三人は現地解散。買い物のあと宿舎へ戻るというエミル、ラースとは別れて、バースィルはランディアへとやってきたのである。
もう一度、ふうと溜息をついてソファへと体を沈める。程よい柔らかさが体を受け止めてくれるし、脇に抱えたクッションは体を埋めるに心地よかった。
得意不得意がある以上、肉体労働はバースィルが主力になるよう心がけている。その分、疲労は出てしまうものだ。ここ最近は、資材を運んだり、備品を整備したりと、忙しいから尚更だった。
だからこそ、ランディアへと足を運んでしまう。
旨い食事、良心的な価格、そして居心地の良さ。ランディアが貸本屋としてだけでなく、カフェとしてバーとして集客率が高いのは、どれをとっても評価される水準を満たしているからなのだと、バースィルは身をもって感じていた。
ふとカウンターへ視線を送れば、コーヒーを淹れているウィアルと目が合った。ふっと目元を綻ばせてこちらを見やる視線は、温かく労るようで疲労感が霧散していくような気分になる。
進展はないものの、午後の休憩――状況によっては昼寝付き、買い物の付き合いなど、二人でいられる時間は続いている。何よりよいと感じているのは、互いに無言でいても苦痛ではなく、要らぬ気遣いを互いに感じずにいられること。そのように受け入れ合えることは、嬉しいものであった。
この距離感が心地よくて、前にも後にも進めないというのもなくはない。
正直こんなもどかしいことは、カタフニアにいた頃は有り得なかった。周りからの熱烈なアプローチ、恋人がいなければ声をかけられ、恋人がいれば予定が空いている日はすべからく伴にする。言葉を贈り恋人を讃え愛を乞う。それが当たり前だった。
けれど、言葉を飾らず、ただ思ったことだけを口にし静かに伴にあるというのは、カタフニアでは味わえない穏やかな日々だった。情熱とは程遠いのだろうが、バースィルは嫌いではなかった。
バースィルは語彙が豊かと言うわけではない。如何せん口数が少ないあの父親の元で育ったのだ。父は言葉少なに母と伴にあり、母も穏やかに伴にあった。
それを考えれば、バースィルもそのような傾向にあるのかもしれない。カタフニアでは気が付かなかったことに思い至り、何ともなしに納得していた。
もちろん現状に満足する気は更々ないが、今には今しか堪能できない良さがある。日々の随意に任せることも悪くないと思えた。
バースィルは、また一つ溜息を零してゆっくりと瞳を閉じた。
ふと人の気配がして薄っすらと琥珀の瞳を開けば、目の前には黒髪の恋しい人の姿があった。優しい色味の夕日色は、僅かに夜色へと移り変わっており、ちょうど先程の空の色を思い出させられた。
どうやったら靡いてくれるのかとぼんやりとした頭で考える。今を堪能すると決めたとしても、恋しい気持ちはまた別なのだ。
じぃと見つめれば、ことりとコーヒーをテーブルに置きながらウィアルが微笑んでくれた。淹れたてのコーヒーがいい香りを広がらせている。
「お疲れですか」
「ん……、いや、ちょっとだけな」
少し眠気のある瞳をこすって体を起こす。眠っていた訳ではないが、ここは何とも気が抜けてしまう場所だと、バースィルは思った。
「そろそろ周辺地域への遠征時期でしょう。赤槍の皆さんは、春先は多忙ですよね」
「遠征は秋にもあったし、内容としてはつらくないんだが、準備期間がな」
体が鈍って仕方がないとぼやけば、ウィアルは、あぁと首肯した。
準備期間は訓練の時間が削られている。基本的には肉体づくりに重点を置き、自己鍛錬を行い、手合わせは減らされた。多忙になるが故に団員同士の予定がズレがちになるためと、直前の怪我を減らすためだ。バースィルは手合わせの方が好むため、どうにも体を動かし切れていない気がしてならなかった。
「準備期間は、そればかりに時間が取られて鍛錬が減らされますものね。どうしても物足りなくなってしまうのは分かります」
「そうなんだ。ただ体力づくりをしているだけでは、腕も感覚も鈍っちまう」
分かりますと何度も頷くウィアルだったが、それでもと言葉を続けた。
「備品や消耗品の用意が大変ですが、そういう事前準備は丁寧に進める必要があります。いざとなるとあれが足りないこれが足りないとなってしまうし、大事を取って多すぎれば遠征先で荷物になりますし」
その表情も勢いも思いのほか熱心で、バースィルは思わず気押されてしまうほどだった。
正式に団員になってから既に半年。
任務内容も多岐に渡り、まだまだ下っ端団員であれども新人ではもうない。特に騎士を叙任されていない従士たちはどうしても雑務を任されがちだ。大国の王都ともなれば、北門から南門への移動などあれば、体力自慢のバースィルとて疲労は残る。
そう、バースィルは騎士団員ではあるが、騎士ではなく従士なのだ。そのため、王国への服従や責任のようなものは軽いが、その分騎士たちよりも立場は下。
三百人近くいる赤槍騎士団では六十人ほどが騎士、残りは従士で構成されている。騎士を叙任されている者たちは隊長や班長などの役職に就くことが多く、隊長と班長を兼任していたケヴィンや、新年より新たな班長となったハンネスは、騎士に当たる。バースィル含め班員の四人は従士だ。他の班も五、六人の構成で、ほとんどが従士となっている。
多少なりとも楽な心持ちではあるが、多忙な時期というものは、どのような職でも立場でもありはするのだ。
今日も南門への資材搬入を行って、班員たちと別れた。
班長のハンネスと今回の搬入責任者であるシュジャーウは拠点に戻り、残りの三人は現地解散。買い物のあと宿舎へ戻るというエミル、ラースとは別れて、バースィルはランディアへとやってきたのである。
もう一度、ふうと溜息をついてソファへと体を沈める。程よい柔らかさが体を受け止めてくれるし、脇に抱えたクッションは体を埋めるに心地よかった。
得意不得意がある以上、肉体労働はバースィルが主力になるよう心がけている。その分、疲労は出てしまうものだ。ここ最近は、資材を運んだり、備品を整備したりと、忙しいから尚更だった。
だからこそ、ランディアへと足を運んでしまう。
旨い食事、良心的な価格、そして居心地の良さ。ランディアが貸本屋としてだけでなく、カフェとしてバーとして集客率が高いのは、どれをとっても評価される水準を満たしているからなのだと、バースィルは身をもって感じていた。
ふとカウンターへ視線を送れば、コーヒーを淹れているウィアルと目が合った。ふっと目元を綻ばせてこちらを見やる視線は、温かく労るようで疲労感が霧散していくような気分になる。
進展はないものの、午後の休憩――状況によっては昼寝付き、買い物の付き合いなど、二人でいられる時間は続いている。何よりよいと感じているのは、互いに無言でいても苦痛ではなく、要らぬ気遣いを互いに感じずにいられること。そのように受け入れ合えることは、嬉しいものであった。
この距離感が心地よくて、前にも後にも進めないというのもなくはない。
正直こんなもどかしいことは、カタフニアにいた頃は有り得なかった。周りからの熱烈なアプローチ、恋人がいなければ声をかけられ、恋人がいれば予定が空いている日はすべからく伴にする。言葉を贈り恋人を讃え愛を乞う。それが当たり前だった。
けれど、言葉を飾らず、ただ思ったことだけを口にし静かに伴にあるというのは、カタフニアでは味わえない穏やかな日々だった。情熱とは程遠いのだろうが、バースィルは嫌いではなかった。
バースィルは語彙が豊かと言うわけではない。如何せん口数が少ないあの父親の元で育ったのだ。父は言葉少なに母と伴にあり、母も穏やかに伴にあった。
それを考えれば、バースィルもそのような傾向にあるのかもしれない。カタフニアでは気が付かなかったことに思い至り、何ともなしに納得していた。
もちろん現状に満足する気は更々ないが、今には今しか堪能できない良さがある。日々の随意に任せることも悪くないと思えた。
バースィルは、また一つ溜息を零してゆっくりと瞳を閉じた。
ふと人の気配がして薄っすらと琥珀の瞳を開けば、目の前には黒髪の恋しい人の姿があった。優しい色味の夕日色は、僅かに夜色へと移り変わっており、ちょうど先程の空の色を思い出させられた。
どうやったら靡いてくれるのかとぼんやりとした頭で考える。今を堪能すると決めたとしても、恋しい気持ちはまた別なのだ。
じぃと見つめれば、ことりとコーヒーをテーブルに置きながらウィアルが微笑んでくれた。淹れたてのコーヒーがいい香りを広がらせている。
「お疲れですか」
「ん……、いや、ちょっとだけな」
少し眠気のある瞳をこすって体を起こす。眠っていた訳ではないが、ここは何とも気が抜けてしまう場所だと、バースィルは思った。
「そろそろ周辺地域への遠征時期でしょう。赤槍の皆さんは、春先は多忙ですよね」
「遠征は秋にもあったし、内容としてはつらくないんだが、準備期間がな」
体が鈍って仕方がないとぼやけば、ウィアルは、あぁと首肯した。
準備期間は訓練の時間が削られている。基本的には肉体づくりに重点を置き、自己鍛錬を行い、手合わせは減らされた。多忙になるが故に団員同士の予定がズレがちになるためと、直前の怪我を減らすためだ。バースィルは手合わせの方が好むため、どうにも体を動かし切れていない気がしてならなかった。
「準備期間は、そればかりに時間が取られて鍛錬が減らされますものね。どうしても物足りなくなってしまうのは分かります」
「そうなんだ。ただ体力づくりをしているだけでは、腕も感覚も鈍っちまう」
分かりますと何度も頷くウィアルだったが、それでもと言葉を続けた。
「備品や消耗品の用意が大変ですが、そういう事前準備は丁寧に進める必要があります。いざとなるとあれが足りないこれが足りないとなってしまうし、大事を取って多すぎれば遠征先で荷物になりますし」
その表情も勢いも思いのほか熱心で、バースィルは思わず気押されてしまうほどだった。
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