オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

文字の大きさ
40 / 43

日々の随意 2

しおりを挟む
 席に座って制服の合わせを少し寛げれば、思いの外大きく息をついた。

 正式に団員になってから既に半年。
 任務内容も多岐に渡り、まだまだ下っ端団員であれども新人ではもうない。特に騎士を叙任されていない従士たちはどうしても雑務を任されがちだ。大国の王都ともなれば、北門から南門への移動などあれば、体力自慢のバースィルとて疲労は残る。
 そう、バースィルは騎士団員ではあるが、騎士ではなく従士なのだ。そのため、王国への服従や責任のようなものは軽いが、その分騎士たちよりも立場は下。
 三百人近くいる赤槍騎士団では六十人ほどが騎士、残りは従士で構成されている。騎士を叙任されている者たちは隊長や班長などの役職に就くことが多く、隊長と班長を兼任していたケヴィンや、新年より新たな班長となったハンネスは、騎士に当たる。バースィル含め班員の四人は従士だ。他の班も五、六人の構成で、ほとんどが従士となっている。
 多少なりとも楽な心持ちではあるが、多忙な時期というものは、どのような職でも立場でもありはするのだ。

 今日も南門への資材搬入を行って、班員たちと別れた。
 班長のハンネスと今回の搬入責任者であるシュジャーウは拠点に戻り、残りの三人は現地解散。買い物のあと宿舎へ戻るというエミル、ラースとは別れて、バースィルはランディアへとやってきたのである。

 もう一度、ふうと溜息をついてソファへと体を沈める。程よい柔らかさが体を受け止めてくれるし、脇に抱えたクッションは体を埋めるに心地よかった。
 得意不得意がある以上、肉体労働はバースィルが主力になるよう心がけている。その分、疲労は出てしまうものだ。ここ最近は、資材を運んだり、備品を整備したりと、忙しいから尚更だった。

 だからこそ、ランディアへと足を運んでしまう。
 旨い食事、良心的な価格、そして居心地の良さ。ランディアが貸本屋としてだけでなく、カフェとしてバーとして集客率が高いのは、どれをとっても評価される水準を満たしているからなのだと、バースィルは身をもって感じていた。

 ふとカウンターへ視線を送れば、コーヒーを淹れているウィアルと目が合った。ふっと目元を綻ばせてこちらを見やる視線は、温かく労るようで疲労感が霧散していくような気分になる。
 進展はないものの、午後の休憩――状況によっては昼寝付き、買い物の付き合いなど、二人でいられる時間は続いている。何よりよいと感じているのは、互いに無言でいても苦痛ではなく、要らぬ気遣いを互いに感じずにいられること。そのように受け入れ合えることは、嬉しいものであった。

 この距離感が心地よくて、前にも後にも進めないというのもなくはない。

 正直こんなもどかしいことは、カタフニアにいた頃は有り得なかった。周りからの熱烈なアプローチ、恋人がいなければ声をかけられ、恋人がいれば予定が空いている日はすべからく伴にする。言葉を贈り恋人を讃え愛を乞う。それが当たり前だった。
 けれど、言葉を飾らず、ただ思ったことだけを口にし静かに伴にあるというのは、カタフニアでは味わえない穏やかな日々だった。情熱とは程遠いのだろうが、バースィルは嫌いではなかった。
 バースィルは語彙が豊かと言うわけではない。如何せん口数が少ないあの父親の元で育ったのだ。父は言葉少なに母と伴にあり、母も穏やかに伴にあった。
 それを考えれば、バースィルもそのような傾向にあるのかもしれない。カタフニアでは気が付かなかったことに思い至り、何ともなしに納得していた。
 もちろん現状に満足する気は更々ないが、今には今しか堪能できない良さがある。日々の随意まにまに任せることも悪くないと思えた。

 バースィルは、また一つ溜息を零してゆっくりと瞳を閉じた。


 ふと人の気配がして薄っすらと琥珀の瞳を開けば、目の前には黒髪の恋しい人の姿があった。優しい色味の夕日色は、僅かに夜色へと移り変わっており、ちょうど先程の空の色を思い出させられた。
 どうやったら靡いてくれるのかとぼんやりとした頭で考える。今を堪能すると決めたとしても、恋しい気持ちはまた別なのだ。
 じぃと見つめれば、ことりとコーヒーをテーブルに置きながらウィアルが微笑んでくれた。淹れたてのコーヒーがいい香りを広がらせている。

「お疲れですか」
「ん……、いや、ちょっとだけな」

 少し眠気のある瞳をこすって体を起こす。眠っていた訳ではないが、ここは何とも気が抜けてしまう場所だと、バースィルは思った。

「そろそろ周辺地域への遠征時期でしょう。赤槍の皆さんは、春先は多忙ですよね」
「遠征は秋にもあったし、内容としてはつらくないんだが、準備期間がな」

 体が鈍って仕方がないとぼやけば、ウィアルは、あぁと首肯した。
 準備期間は訓練の時間が削られている。基本的には肉体づくりに重点を置き、自己鍛錬を行い、手合わせは減らされた。多忙になるが故に団員同士の予定がズレがちになるためと、直前の怪我を減らすためだ。バースィルは手合わせの方が好むため、どうにも体を動かし切れていない気がしてならなかった。

「準備期間は、そればかりに時間が取られて鍛錬が減らされますものね。どうしても物足りなくなってしまうのは分かります」
「そうなんだ。ただ体力づくりをしているだけでは、腕も感覚も鈍っちまう」

 分かりますと何度も頷くウィアルだったが、それでもと言葉を続けた。

「備品や消耗品の用意が大変ですが、そういう事前準備は丁寧に進める必要があります。いざとなるとあれが足りないこれが足りないとなってしまうし、大事を取って多すぎれば遠征先で荷物になりますし」

 その表情も勢いも思いのほか熱心で、バースィルは思わず気押されてしまうほどだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺の婚約者は小さな王子さま?!

大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」 そう言い放ったのはこの国の王子さま?! 同性婚の認められるパミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。 今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。 「年の差12歳なんてありえない!」 初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。 頑張り屋のアルミス王子と、諦め系自由人のカイルアが織り成す救済BL

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない

天岸 あおい
BL
第12回BL大賞・奨励賞を受賞しました(旧タイトル『嫌われ将軍、実は傾国の愛されおっさんでした』)。そして12月に新タイトルで書籍が発売されます。 「ガイ・デオタード将軍、そなたに邪竜討伐の任を与える。我が命を果たすまで、この国に戻ることは許さぬ」 ――新王から事実上の追放を受けたガイ。 副官を始め、部下たちも冷ややかな態度。 ずっと感じていたが、自分は嫌われていたのだと悟りながらガイは王命を受け、邪竜討伐の旅に出る。 その際、一人の若き青年エリクがガイのお供を申し出る。 兵を辞めてまで英雄を手伝いたいというエリクに野心があるように感じつつ、ガイはエリクを連れて旅立つ。 エリクの野心も、新王の冷遇も、部下たちの冷ややかさも、すべてはガイへの愛だと知らずに―― 筋肉おっさん受け好きに捧げる、実は愛されおっさん冒険譚。 ※12/1ごろから書籍化記念の番外編を連載予定。二人と一匹のハイテンションラブな後日談です。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

処理中です...