命導の鴉

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第一章 輝葬師

三幕 「脅威の影」 一

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 早朝にイルザ村を出立した一行はハマサ村に向かって街道を南下していた。

 順調にいけば二日程度で到着する予定だ。

 イルザ村を出てしばらくは山の景色が広がっていたが、昼頃には平野に変わり、かなり遠くまで見通せるくらいに視界が開けてきた。

 街道も当初は草木がまばらに生えており、落石等も点在しているなど、整備状況が悪く歩きづらかったが、平野部まで来るとそれなりに整備されていて歩きやすい。

 レンガで舗装された主要都市圏の街道と比べると簡素で見劣りするが、土を固めて作った道は足への負担が小さく、徒歩の三人にとっては快適な道といえた。

 ここまで来る間にアスは何人かの旅人や商人とすれ違った。

 この道を自分たちとは反対に進むということはイルザ村、ツミスオ山を超えてギイの街へ向かうのだろうか、あるいはイルザ村に生活用品を届けるのだろうか、はたまた途中に点在していた民家に用事があるのか。

 それぞれが何かしらの理由を持って行動している。

 これらの人たちは一体どんな世界を生きているのだろうか。

 すれ違う人達を見るたびに、アスはその人達の世界を想像した。

 それは、鴉として拠点を持たずに旅を続けるがゆえに人とあまり深く接することがないアスにとって、旅の中で見つけた密かな楽しみでもあった。

「あ、暑いぃ~」

 ジゼルが額に滲んだ汗を拭いながら、照りつける太陽を恨めしそうに見上げる。

「そうだな、流石にこの暑さは厳しいな。イルザ村を出てからずっと歩きっぱなしだったし、もう少し進んだところにある旅憩所(りょけいじょ)で一回休憩しよう」

「うん、そうしよ~。一回休まないともう無理~」

 ジゼルはそう応えながら、服の胸元を持ってぱたぱたと体に風を送った。

「お姉ちゃん、頑張って」

 アスは鞄から薄めの本を取り出すと、それでジゼルを扇ぐ。

「ありがと~、本は好きじゃないけどこういう使い方はありだねぇ」

 アスが起こす風にジゼルは顔を向けると心地よさそうな表情をした。

 その風でジゼルの前髪がふわふわと揺れる。

「アスって意外と暑さとかに強いよね~、それにこうやって旅をすることも好きだし、天性の旅人気質って感じ」

「う~ん、そうなのかな。旅は確かに好きだけど、暑さに強いかって言われるとそうでもないよ」

「この状況下で、他人の顔を扇ぐ元気がある人は十分強い部類だと思うよ。・・・さぁ、あともう少し。頑張って歩くぞぉ~」

 しばらく街道を進むと、前方に木造平屋建ての施設『旅憩所』が見えてきた。

 旅憩所は旅人達の休憩拠点として国が運営しており、各地に点在している。

 場所によって施設の規模には大小様々あるが、ここの旅憩所は街道の分岐点に位置していることもあってかなり大きい。

 遠目からも多くの利用者で賑わっている様子が伺えた。

 旅憩所は旅人達が自由に出入りできる施設であるため、到着した三人はそのまま旅憩所の中に入る。

 中に入ると、すぐに食堂が併設された大きな広間にでた。

 広間には四人がけのテーブルが二十セット程度並べられており、そこでは多くの旅人達が談笑したり、食事したりしている。

 広間の一角に設置された大きな窓からは外の景色が一望でき、さらに奥には有料で利用できる個室も備えてあった。

 この規模の旅憩所になると常駐して働く人がいるため、施設内はかなり清潔に保たれており、ほのかに花の香りも漂っている。

 窓際の席が空いていたため、三人はそこを確保してから食堂で料理を注文した。

 席に戻るとジゼルは料理を注文した際に先に受け取った水をぐっと飲み干す。

 水は水氷系の魔元石を動力とするアーティファクト『冷水機』でしっかりと冷やされていた。

「くぅ~、生き返るぅ~」

 乾いた喉を通過する冷水があまりにも心地よかったのか、ジゼルは至福の表情を浮かべた。

「ふふ、なんか酒を飲んでるみたいだな」

 ジゼルの豪快な飲みっぷりにヴェルノが笑う。

「お酒がどうかは知らないけど、今この水より美味しい飲み物は私には考えられない」

 ジゼルはふぅ~っと一息つくと、今しがた空にした手元のコップを眺めた。

「おかわりしてくる」

 ジゼルが空のコップを持って再び冷水機の方へ向かった。

 バタバタとせわしなく行動するジゼルを横目に、アスも一口、水を喉に流し込む。

 冷えた水が乾いた喉を潤し、全身に染み渡っていく感覚は確かに心地よかった。

「便利だよな冷水機、小型で軽ければ旅に持っていきたいんだけどな」

 ヴェルノは外気温との差で水滴がつき始めたコップを眺めながらつぶやいた。

「三人のうち一人でも水氷系だったら助かるのにね~。あっ、風音(かざね)系で風を起こすのもありか。なんにせよこの暑い時期に熱火系しかいないのは厳しいよね~」

 コップにおかわりの水をなみなみと注いだジゼルがそう言いながら席に戻ってきた。

「そうだな、今度ハインツでもスカウトするか」

「あはは、いいね。ハインツさんなら大歓迎。お父さんもおじさん同士で話が盛り上がるかもね」

 ジゼルはケラケラと明るく笑いながら、おかわりした水を口に含む。

「え?おじさんって、ハインツはまだ二十一歳だぞ?」

 ヴェルノの発言に不意をつかれたジゼルは、口に含んだ水を吹きだしそうになる。

 吹き出さないように強引に水を飲み込むが、その反動で大きく咳き込んだ。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 心配したアスがジゼルの背中を優しくさする。

「ありがとう、アス。もう大丈夫。・・・それにしても驚いた。ハインツさん二十一歳だったのね。隊長だって言うし、てっきりお父さんと同じくらいかと思ってた」

「まぁ確かに貫禄のある顔つきだったな。ガフディに聞いたんだが、下級貴族の三男で士官学校での成績も極めて優秀だったらしいぞ。あの歳で中隊の隊長に抜擢されるくらいだ。将来はかなりの要職につくかもな」

「き、貴族・・・、それにもビックリだわ。アスは知ってたの?」

「ううん、知らなかった。でもそんなに驚かなかったかな。そうなんだぁくらい」

「ふふ、アスは意外とそういうとこ淡白だよな。権威とか年齢とか全然気にしないし、興味もないって感じ」

「そういうのって、その人の人となりには何の関係もない気がするから・・・」

「まぁそうだな。人の本質を見るって意味でいえば、凄く良いことだとは思うよ」

「そうね、人は見た目で判断しちゃダメよね。・・・とはいえ、二十一って。私と六つしか違わないのはやっぱり信じられないな」

「・・・お姉ちゃん」

「あははは、考え方は人それぞれってことだな」

 そんな話で盛り上がっていると、店の者が先ほど注文した料理を運んできた。

「はい、お待ちどおさま」

 恰幅のいい中年の女性で柔和な雰囲気が印象的だ。女性は持ってきた料理を手際よく三人の前に配膳していく。

 料理からほんのりと香るスパイスの匂いが三人の食欲をそそった。

「おいしそー、いただきまーす」

 ジゼルは早速、目の前に並べられた料理を口に運ぶ。

 その様子を見た女性はニッコリ微笑み、ごゆっくりどうぞと申し添えてから隣のテーブルに移り、先客が食べ終えてそのままとなっていた食器を片付け始めた。

 ヴェルノは女性に軽く頭を下げてから、フォークを手に取る。

「ハマサ村まではまだ距離があるから、しっかり腹ごしらえしておくんだぞ」

 隣で食器を片付けていた女性がピクッと反応し、その手を止めてこちらを向いた。

「あんたたち、ハマサ村に行くのかい?」

 女性は先ほどとは違い、少し心配そうな表情をしている。

「そうですが、何かありましたか?」

 ヴェルノは不思議そうに尋ねた。

「さっき旅人さんから聞いたんだけどね、何日か前にハマサ村近辺でフレアが出たんだって。お国からは討伐隊も出てるらしいから、討伐が完了するまでは近づかないほうがいいよ」

 それを聞いた三人に緊張が走り、食事の手が止まった。
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