命導の鴉

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第一章 輝葬師

四幕 「結の報告」

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 村の西端辺りまで歩いたアス達はレンガ造りの家の前で足を止めた。

 アスは見覚えのあるその家をじっと見つめる。

 依頼を受けた時はヴェルノが単独で家を訪問したため、見覚えがあるといっても実際にはリーベルマンの記憶で見た限りであり、ここに来るのはこれが初めてだった。

 ジゼルは勿論、初見である。

「ここが依頼者のお家?」

「ああ、そうだよ」

 ヴェルノはジゼルにそう応えてから木製のドアの前まで進むと、金属のドアノッカーをつまんでノックした。

 コンコンと金属音が鳴って、その少し後に室内から女性の声がした。

「はい、ちょっとお待ちください」

 しばらくしてドアが開いた。そこには二歳くらいの小さな子供を抱えた女性が立っていた。

 その女性に対して、ヴェルノが丁寧にお辞儀をする。

「カテリーネさん、お久しぶりです。・・・本日はご主人の件で結(ゆい)の報告に来ました」

 カテリーネの顔に緊張の色が走る。そして、その視線はヴェルノの後方にゆっくりと向けられた。

 多分、リーベルマンの姿を期待していたのであろう。しかし、そこにその姿はない。

 その事実によって、彼女の顔は一気に青ざめていった。

「・・・とりあえず、中へどうぞ」

 しばしの沈黙の後、カテリーネはかろうじて聞き取れるくらいの小さな声で3人を家に招き入れ、居間へ案内した。

 居間には小さな四人がけのテーブルがあり、その脇に子供用の小さなベッドが置かれている。

 室内は外観から想像されるよりも綺麗ではあったが、歩くと板張りの床が軋み、その音がかなりの年季を感じさせた。

 カテリーネは、小さなベッドに子供を寝かせると、その頬を優しく撫でた。

 子供は小さな寝息をたててよく眠っている。

「すみません、席を準備しますので少しお待ちください」

 カテリーネが、テーブルを挟んで両脇に二つずつ置かれていた椅子のうちの一つを移動させて、三人が並んで座れるように配置する。

「どうぞ、おかけください」

「お手間をかけてすみません、失礼します」

 ヴェルノは頭を下げてから椅子に腰を下ろした。

 アスとジゼルも一礼してから椅子に座る。

 三人が座るのを確認してから、カテリーネもテーブルを挟んで向かいの椅子に座った。テーブルの上で組まれたその手は小さく震えている。

「早速ですが・・・」

 ヴェルノが口を開くと、途端にカテリーネの呼吸が荒くなる。目には溢れる寸前にまで涙が溜まっていた。

 輝葬師が報告の際に『結の報告』という言葉を使う場合は、捜索対象者が見つかったことを指す。そのうえで、当該人物がこの場にいないという事実は、依頼者に最悪の報告を想像させるには十分な状況であった。

 ヴェルノは言葉を止め、カテリーネが落ち着くのを静かに待った。

 カテリーネはベッドの子供に視線を向けると、その寝顔を見ながらゆっくりと呼吸を整える。

 そして、意を決した表情でヴェルノに視線を戻した。

 ヴェルノはゆっくりと頷いてから、話を再開した。

「先ずは捜索の結果をお伝えします。・・・誠に残念ではありますが、ツミスオ山の奥地でリーベルマンさんの亡骸を確認しました」

 その言葉は女性の最後の希望を容易く打ち砕く。カテリーネの目からは堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。

「う、ふぅぐ、なんで、なんで・・・」

 カテリーネは俯いて、肩を振るわせながら小さく嗚咽をあげる。

 そんなカテリーネに対して、ヴェルノは何か言葉をかけるでもなく、ただ静かに頭を下げた。

 続いて、ヴェルノは自分の鞄からリーベルマンの遺品を丁寧に取り出して、テーブルの上に並べ始めた。

 アスとジゼルも黙ってその様子を見ている。

 これまでの経験から、大切な人の死を伝えられた者に対して自分達がかけられる言葉などないということを三人は十分に理解していた。

 少しして、テーブルの上には衣服、空の鞄、指輪、家族の写真が並べられた。

 テーブルに置かれた衣服はボロボロではあったが、付着していた血は輝葬の影響で消失していたため、リーベルマンに起こった惨劇の痕は幾分か和らいでいた。

 遺品を並べ終えると、ヴェルノは目録と書かれた紙をカテリーネの前に置いた。

「回収したご主人の所持品はこれで全てとなります。ご確認をお願いいたします」

 そう言ってからしばらくの間、様子を窺うかのようにヴェルノは黙っていたが、カテリーネは俯いたままで特段の反応を示すことはなかった。

「それでは続いて、捜索の経過についてですが」

 やむなくヴェルノが報告を再開しようとすると、カテリーネはその言葉を遮るように頭を振った。

「もういいです」

 そう呟いて顔を上げたカテリーネの目は真っ赤に充血していた。

「ありがとうございました。もう十分です。今は一人に、一人にしていただけないでしょうか」

 カテリーネが三人に向かって、お願いしますと今ほど上げた頭を再び下げる。太ももに置かれた手の甲に一粒の涙が落ちた。

「・・・わかりました。ただ、最後に事務的なことで申し訳ないですが」

 ヴェルノは懐から二枚の紙を出して、テーブルに置いた。

「一枚は輝葬証明となります。今回の輝葬を担当した私の輝印を押してありますので、お納めください。あとのもう一枚は捜索完了証明となります。こちらにはお手数ですが奥さんの輝印をお願いいたします」

 カテリーネは置かれた紙に視線を向けてから、ゆっくりと捜索完了証明と書かれた紙を手に取り、記載された内容を見ることもなく自分の名前が書かれている箇所に親指をあてた。

 にわかに親指の接する面が淡く発光し、紙に指紋が刻まれる。

 カテリーネは指紋が刻まれたことを確認してから、ヴェルノにその紙を差し出した。

「ありがとうございます」

 ヴェルノは差し出された紙を受け取ると畳んで懐にしまった。

 静寂の室内にあって、カサカサと紙の擦れる音はやけに大きく響いた。

 ヴェルノが、アスとジゼルに目配せをしてから立ち上がると、二人もヴェルノに倣って立ち上がった。

「それでは我々は失礼いたします。もし何かあれば村の双極分枝にお問い合わせください」

 三人が一礼してから玄関に向きを変えると、後ろからカテリーネが震えた声で尋ねてきた。

「あの人は、・・・あの人は、どのような最後だったのでしょうか?」

 ヴェルノは足を止め、カテリーネの方に振り返ると首を横に振った。

「すみません、それはお答えすることができないんです」

「そう・・・ですか」

 カテリーネは再び力無く項垂れた。

「申し訳ありません」

 ヴェルノはもう一度頭を下げてから玄関に向きを戻し、そのまま真っ直ぐ家を出た。

 外に出たヴェルノ達を太陽が明るく照らす。

 室内から急に出たこともあって、ヴェルノは眩しそうにしながら、額に手を当てて目に影を作った。

 そして、アスとジゼルの方を向いて、ふぅとひとつ息を吐く。

「一応はこれで今回の捜索依頼は完了だ。村の双極分枝に捜索完了証明を提出しに行こう」

 歩き出したヴェルノの後を追うようにアスとジゼルもその後ろに続いた。

 リーベルマンの家からは目を覚ました子供のものと思われる大きな泣き声が聞こえてきた。
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