命導の鴉

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第二章 遠き日の約束

三幕 「翡翠の角」 四

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「俺とジゼルが前衛、アスとタラスは後方支援だ。いいな、行くぞ」

 皆が頷いたことを確認してから、ヴェルノはジゼルと共に、ゆっくりと前に進みはじめた。

 にわかにコモラの角が輝くと、フッっとコモラが視界から消えた。

 一陣の風が駆け抜けるが如く一瞬で間合いを詰めてきたコモラの角をヴェルノが紙一重で躱し、刃を振るう。

 しかし、その刃は空を切り、ヴェルノが剣を構え直した時には、既にかなり離れた場所までコモラは移動していた。

「恐ろしく速いな」

「どうするの、お父さん。あの速さだと剣を当てるのはかなり難しいよ」

「多分風音系の魔力で速力を強化しているんだろう。魔力切れを待つか、それとも・・・」

 ヴェルノが対処方法を思案している中、今度はジゼルに対してコモラが突進する。

「ちょっ、速っ!」

 ジゼルはバランスを崩しながらも、かろうじてコモラの角を剣で受け流し、強烈な突進を回避した。

 コモラはそのままヴェルノ達から離れた場所まで駆け抜けると、体を翻し、次の突進の準備に入る。

「魔力切れまで悠長に待ってられないな。・・・アス!コモラと俺たちの間の地面に出来るだけ沢山の歪で小さいクッションを散らして固定してくれ!」

 アスは言われた通り、すぐに魔力を練って無数の小さく歪なクッションを生成し、地面に撒き散らすつつ、それぞれを大地に固定した。

「これで、どうなるの?」

 体勢を立て直したジゼルが剣を構え直しながら怪訝な表情で尋ねる。

「気休めかもしれないが、足元にブヨブヨしたものが多数あれば、幾分か走りにくくなるかと思ってな。さぁどうなるか」

 ヴェルノが笑みを浮かべると同時に、コモラが再度突進を開始する。今度は後方のアスとタラスに照準を定めていた。

 アスとタラスが高速の突進に対して、咄嗟に身構えるも、その速度は先ほどより大分遅い。

 ヴェルノの考えが見事にハマったようで、コモラは歪なクッションに足を取られていたのだ。

「逆(さか)の風!」

 タラスが両手を前に突き出し、突進力を欠いたコモラに向かって風音系の魔操で凄まじい突風を起こす。

 風の影響でコモラの突進力が更に弱まるが、それでもまだ十分に速度を保っている。

 アスはその突進で巻き起こる風をその身に感じながら、かろうじて回避しつつ、コモラに向かって剣を振り下ろした。

 風音系の魔操で速力を増したアスの剣はコモラの背中を捉え、背中から腹にかけて縦に斬撃の痕がつく。

 表皮が硬かったこともあって致命傷とはならなかったが、血の吹き出し方を見るにそれなりに深い傷であると思われた。

 コモラはアスの横を駆け抜けるとすぐに旋回し、再度アスに向かって疾走する。

 そして、自身を切りつけたアスに怒りをぶつけるかのように思いっきり角を横に払ってアスを叩きつけた。

 角を剣の腹で受け止めたアスであったが、その衝撃は強烈で、そのまま大きく吹き飛ばされてしまう。

 アスは宙で身体を捻り、なんとか受け身をとって着地するが、その体勢を大きく崩れていた。

 体勢を崩したアスに向かって、コモラがすぐさま、加速し、よろめくアスに向かって再度突進を行う。

「風の縦刃、二!」

 そのコモラに向かって、タラスが叫びながら素早く手刀を振り下ろすと、鋭い風の刃が二つ創生され、コモラの側面に向かって放たれた。

 コモラは、大気を切り裂くほどに強烈な風の刃を避けるために突進の軌道をわずかにずらし、アスの目の前を駆け抜ける。

 風の刃を上手く回避したコモラであったが、その進路上には、既にヴェルノとジゼルが回り込んでいた。

 二人は風の刃が放たれると同時に、コモラが旋回する進路を予測して行動していたのだ。

 その二人までの距離があまりにも短かったためか、コモラは無理に避けるのではなく、そのまま直進し、二人の間を駆け抜けようとする。

 一つ息を吸い込んだジゼルは剣を強く握ると、突進してくるコモラに向かって駆け出し、その足を払うように剣を振り抜いた。

 やむなく、コモラは剣を躱すために大きく跳躍する。

「・・・すまない。これで終いだ」

 宙に浮いて回避行動が取れなくなったコモラを迎え撃つためにヴェルノもまた高く跳躍して、熱火の魔操で真っ赤に染まった剣を思いっきり振り抜く。

 肉を切り裂く不快な音が響き渡り、その後、ヴェルノとコモラが大地に着地した。

 コモラの前足の付け根から背中にかけて斜め一直線に刻まれた斬撃の痕から大量の血が溢れ出す。刃は心臓にまで達していた。

 これ以上動けないと悟ったのか、コモラはゆっくりとその場に伏せて、小さく鳴き声をあげた。

 ヴェルノが剣についた血を払ってから、ゆっくりとコモラに近づく。

 コモラは抵抗の色を見せず、ただ澄んだ瞳でヴェルノを見ていた。

「最早助からないだろうが、せめてその痛みからは解放してやりたい」

 ヴェルノがゆっくりと剣を頭上に振り上げる。

「待って!」

 今まさに、ヴェルノが剣を振り下ろそうとした瞬間、ジゼルの慌てるような声がそれを制止した。

「ジゼル、可哀想だが仕方無いんだ。分かってくれ」

「そうじゃない!あそこ!」

 ジゼルが叫びながら指差す方向に一同が視線を向ける。

 そこは当初コモラが何かを守るように伏していた場所であった。

「あっ」

 ジゼルが何を指しているのかを理解したアスはすぐにその場所に駆け寄り、やるせない表情を見せる。

 そこには、今ほど戦ったコモラよりも一回り小さく白い毛並みをした子供のコモラの遺体があったのだ。

 体には無惨にも無数の矢が刺さっており、所々白い毛が血で赤く染まっている。

「ひどい・・・」

 ヴェルノ達もアスの後を追って来て、その惨状を目の当たりにして顔を歪めた。

 特に、その惨状を見たジゼルの目には溢れんばかりの涙を浮かぶ。

「・・・ジョフレ達は誘引香で誘き寄せられた子供のコモラを先に狩っていたのか」

「多分、子供の遺体を使って本命を誘き寄せたんでしょうね。成体のコモラは疑い深く誘引香には引っかかりにくいでしょうから」

 ヴェルノとタラスがそう言うと、俯いていたジゼルがその場にしゃがみ、そっと子供のコモラの体に手をあてた。

「怖かっただろうね・・・」

 さするように優しく体を撫でてからジゼルは皆の方を向く。その目からは涙が溢れていた。

「・・・お父さん、アス、この子をあのコモラのところまで連れていってあげたい」

 大粒の涙をこぼしながら、そう言うジゼルの頭をヴェルノが優しく撫でる。

「ああ、そうだな。みんなで連れてってあげよう」

 アス、ヴェルノ、ジゼルの三人はゆっくりと丁寧に子供のコモラを抱え上げると、息も絶え絶えになっている親コモラの元へ連れて行き、その横にそっと安置した。

 ジゼル達が見つめる中、親コモラはしばらくの間、慈しむように子供の体に顔をすりつけ、やがてその命の鼓動を止めた。
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