命導の鴉

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第二章 遠き日の約束

四幕 「命の捉え方」 五

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 部屋の中頃まで歩いてからジゼルは立ち止まり再びエロワを睨んだ。

「あなたは自分の利益だけを考えて罪のないコモラから翡翠の角を奪った。許せない」

 ジゼルの怒りを知ったエロワは、少し沈黙してからやれやれといった様子で苦笑いをした。

「そういうことか。そこもとは何か勘違いしているようだな。コモラのことは聞いておるよ。だが私が何をした?コモラを狩りに行ったのもコモラの子供を殺したのも死んだジョフレであろう?そして、当のコモラを殺したのはそこのヴェルノではないのか?非道な行いにやるせない感情を持つのは分かるし、私とて心が痛い。だが、履き違えてはいかんな。自分の心を慰めるためだけに、無実の私に怒りをぶつけるなんて見当違いも甚だしい」

 確かにエロワの言う通り、不可抗力とはいえコモラを殺したのは自分達である。その事実をつきつけられたジゼルは返す言葉もなく悔しそうに俯いた。

「さあ、許可証を渡しなさい」

 ジゼルの俯く姿を見て、抵抗の意思を削げたと思ったエロワはニヤッと笑みを浮かべ、強気の言葉を発する。

 そんな中、俯くジゼルの代わりにヴェルノが落ち着いた口調で話し始めた。

「そうだな。確かにコモラを殺したのは俺達だ。だが、荒ぶるコモラの存在を隠していたこと、輝葬中の俺を襲ったこと、ドゥーランをけしかけたこと、これら全てが俺達の命を危険にさらしたんだ。更にコモラの遺体を打ち捨てたまま、角だけを折っていった。その元凶であるお前を許せないというジゼルの気持ちが見当違いということはないだろ?」

 エロワは苦虫を噛んだような表情でヴェルノを睨む。

「私がそうしろと命令した証拠がどこにある!?勘違いと偶然が重なって結果そのようになっただけで、私に悪意など微塵もなかった!そうだろタラス!」

「ええ、その通りです。エロワ様の仰る通り今回の件は全てが勘違いと偶然によるものです」

 臆面もなくそう言い切ったタラスの淡々とした言葉にジゼルは拳を強く握りしめた。

「ヴェルノ、わかったか!私には全くもって非がないんだ、理解しろ!」

 顔を赤めながら怒鳴り散らすエロワに対し、動じることなくヴェルノが続ける。

「そう思うんなら、・・・やましいことが全くないと言うなら、堂々とジゼルから紙を貰えばいいじゃないか」

 ヴェルノは見下すような目でエロワを見ながら、鼻で笑った。

「くそっ、お前のそういうところが昔から嫌いなんだ!勘違いをして敵意をむき出しにしている野蛮な者に近づけるわけないだろう!お前からも説得しないか!」

 一連のやり取りを見ていたバルタザールがため息を吐く。

「くだらない。時間の無駄だ。エロワ、早く受け取れ」

「ううぅ。いいか、上級貴族に危害を加えれば死罪だぞ、分かっているだろうな!」

 そう吐き捨ててからエロワはジゼルに近づき、震える手でジゼルが持つ許可証を奪うように取り上げた。

 俯いたままのジゼルは特に行動を起こさない。

 エロワは抵抗しないジゼルに安堵した様子で、取り上げた書面の内容を確認した。

「素晴らしい、間違いなく本物だ。・・・ふふふ、どうしたのかね?死罪という言葉に怖気付いたのか?まったく、たかが獣なんぞに感情移入などしおって。これだから下民は、・・・いやヴェルノは奴隷上がりだったか?まぁどちらでもいいが、最初から黙って従っておればよかったんだ。死ぬ度胸もないくせに崇高なる上級貴族にたてつくんじゃない!」

 次の瞬間、ジゼルの拳がエロワの顔面にめり込み、その体は大きく吹き飛ばされた。

 吹っ飛んだエロワは部屋の調度品として置かれていた壺に激突し、壺が割れる音と共に大きな音を立てながら床に伏した。

「あぁぁあぁ、い、痛いぃぃ!」

 エロワは殴られた顔面をさすりながら間抜けな声をあげる。

 鼻が折れているようで大量の鼻血が床に敷かれた絨毯を赤く染めた。

「エロワ様!」

 すぐにタラスがエロワの下に駆けつけてきたが、ジゼルはその顔面をカウンター気味に思いっきり打ち抜く。

 タラスも大きく吹っ飛び、顔を抑えながら床に伏した。

 大きく肩で息をしながら、二人を睨みつけるジゼルの頬を涙が伝う。

「たかが獣とか下民とか奴隷とか、そんな言葉で命を差別するなんておかしいよ。みんな精一杯生きているんだよ?そんな尊い命が失われたのに、悲しむでもなくそんな紙切れを見て喜ぶなんて、・・・あなたは命を何だと思っているの?」

「うっ、うるさい、うるさい!死罪だ!お前は死罪だ!!」

 エロワのわめく姿を見てジゼルが小さくこぼす。

「なんて哀れな人・・・」

 ジゼルがその姿を憐れむように眺めていると、部屋の前後の扉が開き、衛兵と思われる男達が数人乗り込んできた。

「バルタザール様!何事ですか!?」

 血だらけで伏せているエロワの姿を見た衛兵は緊急事態と判断して、すぐに腰の剣を抜いた。

「狼藉者め、覚悟しろ!」

「ふふっ。アス、祭りが始まったぞ!」

 嬉しそうな顔をしながらヴェルノが立ち上がり、入ってきた衛兵と相対する。

 アスもつられて立ち上がり、身構える。

 オーべは笑いをこらえているのか後ろを向いて、プルプルと震えていた。

「よい、止めよ」

 衛兵がジゼルに斬りかかろうと振りかぶったところで、バルタザールがそれを制した。

「衛兵はエロワとタラスを連れて退出せよ。二人を医務室で処置してやれ」

「なっ、父上!どういうことですか!?」

「・・・二度言わせるな」

 バルタザールが冷徹な目線をエロワに向ける。

 エロワは怯えるように、かしこまりましたと小さくこぼして、タラスや衛兵と共に部屋を退出した。

 呆気に取られたヴェルノ達は、そのままの体勢でその様子を見送った。

 しばしの沈黙の後、バルタザールがジゼルに問いかける。

「ジゼル、・・・だったな。その方、まだ言いたいことはあるか?」

 少し間を置いてから、ジゼルは頭を振った。

「いえ、伝えたいことは全て先ほどの拳に込めました」

「そうか、ではこれで双方手打ちだ。ジゼルは許可証を置いて行きなさい。ジゼルの死罪は猶予するが、本件について他言した事実が確認されれば執行する。オーべはジョフレの輝葬と許可証の件を処理したことを評価しよう。以上だ。最後に一つ質問することを許す」

 バルタザールの意外過ぎる和睦案にアスとジゼルはどうしてよいのか分からず、ヴェルノの顔を窺う。

 ヴェルノもどうしたものかと、オーべに困り顔を向けたが、オーべは好きに質問して終わりにすればいいと小声で返した。

「うーん、そうだな。それじゃあ一つ。・・・今回の輝葬報酬十万ベトラはどうなる?貰えるのか?」

 この状況下において、恐ろしい程の大胆不敵な発言にアスもジゼルも凍りついた。ただ、オーべだけはまた後ろを向いてプルプルと震えていた。

「エロワの約束か。依頼を違えず輝葬したのであれば、確かに約束の報酬は出さないとな。だがその前に、先ほどのジゼルの行動によって割られた壺は二十万ベトラするということを伝えたうえで改めて問おう。報酬は必要か?」

「・・・いや、やめておこう」

「よし、話は終わりだ。誰かおるか!?」

 バルタザールは、声に応じて部屋に入ってきた使用人にヴェルノ達を外まで案内せよと申しつけて部屋を後にした。
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