命導の鴉

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第二章 遠き日の約束

五幕 「追憶の行路」 三

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「クレアと出会ったのは、ヴィエルニ家の従者に選ばれてすぐだった。屋敷の警護をしていた時にあくびをしていたという理由で思いっきり頭を叩かれたんだ。・・・なんて乱暴で高慢な女なんだと思ったよ。その後も事あるごとに俺とオーべを叱責するんだ。いい加減うんざりした俺たちは、ある日クレアを怒鳴りつけた。もちろん、すぐに他の従者に別室へ連れて行かれてな、血反吐を吐くくらいに厳しい体罰を受けたよ。まぁ元奴隷が主人に逆らうなんてありえない話だから当然だ。その夜、監禁部屋に入れられた俺は、朦朧とした意識の中で部屋に入ってくる人の気配を感じた。そこには涙で顔をグシャグシャにするクレアの姿があった。意味が分からず、ただその姿を眺めているとクレアは俺に謝罪したんだ。笑えるんだが、クレアは友達が欲しかっただけだったんだと。同い年の俺たちにちょっかいをかけることで一緒に遊んでいる気になっていたらしい。怒る気力もなかった俺は、なんとか体を起こすとクレアのおでこを指で弾いた。これでおあいこだって言うと嬉しそうな顔をしてな、それから他の従者の目を盗んで三人でよく遊ぶようになった。バレていたとは思うが、クレアがよく笑うようになったこともあって、多分不問にしていたんだろう。しばらくそんな生活が続いていくうちに、次第に俺とクレアは恋仲になっていった」

 オーべが重大な秘密を開示したこともあってか過去を話し始めたヴェルノは、何か吹っ切れたような穏やかな表情をしていた。

「15の正心の儀を境に俺はヴィエルニ家の許可を得て、従者でありながらも双極の輝葬師としても働き始めた。間抜けな話だが、もしかしたら偉くなればクレアとの関係が認められるかもと淡い期待を胸に懸命に働いていたんだ。更に非公式ではあるが剣の腕を買われて志征としても活動をしていた。それから4年、最年少で志征の鳳に抜擢されることが内定した。輝葬師でかつ志征の鳳、それなりの公的地位をついに得られたんだ。これならクレアに釣り合うのではないかと本気で思った。だが、同じ年の冬、クレアは王宮の舞踏会で王に見初められて、王から求婚を受けたんだ。ヴィエルニ家はすぐにこの話に乗ったが、俺とクレアはかなりの衝撃を受けたことを覚えている。相手は王だ。所詮結ばれることのない貴族と下民の恋だったんだと思い知らされた。だから俺が身を引くことが正しいんだと自分に言い聞かせたが、クレアは違った。全てを捨てて誰も知らない地で一緒に暮らそうと俺に言ったんだ。何をおいても俺を選んでくれたそのクレアの気持ちが嬉しかった。そして俺たちは隙を見計らって二人で屋敷を抜け出した」

「・・・それって前言ってた駆け落ちのこと?」

 ジゼルが尋ねるとヴェルノはゆっくりと頷いた。

「そうだ。追っ手を恐れて無我夢中で王都から逃げたよ。幾日か北へ向かって旅を続けて山奥の小さな村にたどり着いた。その村で些細な縁があって空き家を借りることができて、そこで俺とクレアの生活が始まった。この村での生活が俺の人生の中で最も光り輝いていた時間だっただろう。・・・この時間を得られたのはオーべのおかげでもあったがな」

 ヴェルノは胸元から一つの指輪を通したネックレスを取り出し、慈しむように眺める。

「・・・唯一俺とクレアの関係性を知っていたオーべは、異変に気付くとすぐに俺たちの後を追ってきた。道中、王都からの追っ手を阻むために俺たちが通った痕跡を丁寧に消しながらな。当時から頭が切れるオーべは些細な痕跡からでも正確に俺たちの進路を予測できたようで程なくして村に辿り着いた。オーべは村について俺たちの姿を見るなり、すぐにおめでとうと祝福してくれて、更に村の教会で結婚式をしないかと提案してくれた。素性を隠しながら近くの街で安物の指輪を二つ買ってきて、オーべが神父役をして。三人だけの結婚式だったが、・・・嬉しかった」

 ヴェルノの話を聞きながら、オーべは当時を思い出すかのように目を細めた。

「それから1年後にジゼルが生まれた。オーべはたまにしか顔を出せなかったがそれでも、できるだけこっちを気にかけてくれて色々資材を優遇してくれた。この幸せな生活がずっと続くんだろうなと思い始めた矢先、ついに俺たちの居場所を追っ手に突き止められた」

 ヴェルノが自身の顔の前で組んだ手に力を込める。

「小さな村に特務を受けた志征の鳳が3人やってきた。俺とクレアはなすすべもなく虜となり、そのまま王都に連行されて王の裁きを受けた。本来なら死罪であってもおかしくなかったが、王は俺とジゼルの命と引き換えにクレアに王妃になることを、二人を忘れ愛を誓うことを要求した。クレアは俺とジゼルの命を守るために最終的には王の言葉に従ったが、まだ一歳に満たないジゼルと引き離される苦痛は相当なものだっただろう。憔悴しきったその姿はあまりにもやるせなかった。そして俺とジゼルは、オーべが言った通り公式人としての記録を輝核台帳から全て抹消されて王都外に追放された。それ以降、俺はクレアと一切言葉を交わすことはなく、鴉として各地を転々とするようになったんだ」

 ヴェルノが話し終えてからしばらく無言の時間が続いたが、外の景色を伺っていたオーべが沈黙を破ってジゼルに声をかける。

「そろそろヴィエルニ家の敷地に入るよ」

「うん。・・・お父さん一つ教えて。お母さんのこと今でも好き?」

 ジゼルの問いかけにヴェルノは深く頷いた。

「片時も忘れたことはない」

「そっか。・・・そうだな。うん、決めたよ。私はお母さんの最後の願い、叶えてあげたいと思う。ヴィエルニ家に行って正心の儀を受けるよ」

「・・・分かった。ジゼルが思うようにしたらいい」

「ありがとう、お父さん。でもヴィエルニ家には属さないよ。さっきオーべさんが言ってた遺跡調査に私の力が役に立つのなら協力はするけど、それが終わったらまた3人で旅をしたい。それが私の率直な思いかな」

 ヴェルノの話を聞いて決意を固めたジゼル。

 その横で、ここまでずっと黙り込んでいたアスは、何を発言するでもなく俯いて、先ほどから握ったままのジゼルの手を見つめた。

 アスは、ヴェルノの話した内容から浮かび上がる時系列の矛盾から、一つの現実に気づいてしまったのだ。

 自分は父と姉との間に血のつながりがないのだということに。

 アスはこの恐ろしい現実に押しつぶされてしまわないように、ただただジゼルの手を強く握りしめていた。
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