命導の鴉

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第二章 遠き日の約束

六幕 「家族の絆」 六

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 開始と同時にアレクシスがアスに向かって剣を振り払う。

 その剣の動きは緩慢で、アスにとっては余裕でかわすことが出来る速度であったが、あえて慌てるように大きな動作で後方に飛んだ。

 これは子供相手と侮っているから最初は遊んでくるだろうというオーべの読み通りの展開であり、魔操の攻撃性と武器性能で圧倒的に劣るアスにとって唯一の優位性である、『実力が知られていない』ということを保つための作戦でもあった。

「ふふ、流石にこの程度はかわすか。ではこれならどうだ?」

 アレクシスが笑みを浮かべながら、更に速度を上げて剣を振るう。

 まだ余裕でかわせる程度であったが、アスはギリギリでかわせたという演出をする。

 剣は空を切ったが、剣を覆っていた水氷系の魔力がわずかにかすったようで、アスの体表に切り込みが入る。そこから、微量の血が流れた。

「やるじゃないか!どんどんいくぞ!」

 剣撃の速度を少しずつ上げながら、その刃を幾度となく振り抜く。

 アスはその刃を時にはすんでのところで、時には大きい動作でかわす。

 次第にアスの体に切り傷が増えていくが、反撃はせず回避に専念していた。

「どうした?攻撃しないと勝利することはできないぞ?といっても回避で手一杯ってところか?」

 愉悦感に浸るアレクシスが更に速度を増した剣撃を放つと、アスの体勢が大きく崩れる。

 そこにすかさず繰り出したアレクシスの強烈な蹴りがアスの腹をとらえた。

 体の芯にまで響くような衝撃に苦悶の表情を浮かべながらも、アスはすぐに後退し距離をとる。

「ここまで力の差があると絶望的だな。だが、諦めずにもう少し粘って俺を楽しませてくれよ」

 アレクシスはすぐに距離を詰めると剣を握る手でそのままアスの顔面を殴りつけた。



「アス!」

 戦いを静観していたジゼルがたまらず声を上げる。

「くそっ、思った以上にアレクが強い。オーべ、やっぱりこれ以上は無理だ。助けに入るぞ!」

「落ち着け。始まる前にこうなることは予想していただろう?当人であるアスが諦めてないのに、俺たちが先に諦めてどうする」

「しかし・・・」

「つらいだろうが、これはアスの戦いなんだ。俺たちが手を出すのはもう少し我慢しよう」

 ヴェルノが口惜しそうに戦いを続けるアスに視線を向けた。



 アレクシスの猛攻を受け続けるアスであったが、要所で致命傷となる斬撃にだけはしっかりと対応していた。

「大分動きが悪くなってきたか?・・・だが、お前の頑強さには正直驚いている。血反吐を何回も吐くくらい殴りつけたのにその目の光は失われていないし、まだ動くことができるているのだからな。賞賛に値するぞ」

 話しながらもアレクシスの鋭い剣撃は止むことがなく、それを弾いた際の隙をつく容赦のない打撃によって、アスの体力は確実に奪われていった。

 更に、これまで魔錬刃の刃を弾いてきたアスの剣もついに限界をむかえたようで、歪な金属音とともに中ほどで折れてしまう。

 アスは肩で息をしながら、その折れた刃先を呆然と眺めた。

 その様子を見たアレクシスが攻撃の手を休め、剣を握り直す。

「中々良い剣であったが流石に折れたか。何か手があるのかと思ったがもう挽回は無理だろう。最後に言い残すことはあるか?」

 アスは黙って呼吸を整えると静かに折れた剣を構えた。

「だんまりか。・・・まぁいい、飽きてきたし次で終わらせよう」

 アレクシスは、集中すると自身の剣に大量の魔力を込め始めた。

 流石の名剣である。アレクシスのピアスについた魔元石が灰色、吸排済みとなるまでその魔力を吸い込み続けた。

 全ての魔力を注がれた剣は、凄まじい冷気を放ち、間合いをとっていたアスにもその冷気が伝わる程だった。

「ここまで健闘した少年アスに敬意を表して、全力の剣で葬ってやろう」

 アレクシスは大きく上段に剣を構えると渾身の力を込めてアスに振り下ろした。それはこれまでで最速の剣撃であった。

 アスは目をカッと見開くと咄嗟に持っていた剣をアレクシスの顔に向かって投げつける。

 それを難なくかわすアレクシスであったが、ほんの一瞬だけ飛翔する剣に意識を奪われた。

「そこだ!」

 アスは持てる力を振り絞り、振り下ろされた剣を紙一重で避けると、先ほど折られて石畳に落ちた自身の剣の刃先をクッションで覆った素手で拾い上げ、アレクシスの右腕を目がけて一気に刺突した。

 実力の誤謬。

 ここまで徹底して実力を隠していたアスが、その力を遺憾無く発揮する。

 予想を遥かに上回る突然の覚醒的なアスの動きに、アレクシスは適切に対処することができず、慌てて剣から手を離して引っ込めた。

 アスはすかさず、アレクシスが放棄した剣を掴んで構える。そして切先をアレクシスに向けた。

 魔力が尽き、更に剣を失ったアレクシス。

 満身創痍とはいえ、魔力が十分に込められた魔錬刃を構えるアス。

 互いの実力差を考慮してもアスの方が圧倒的に優位な状況となった。

 アレクシスは挽回の手を考えるかのようにしばし沈黙したが、やがて諦めた表情で頭を振った。

「・・・こうなることを予想して、ずっと狙っていたのか?」

「はい。でも、アレクシス様の剣の腕が予想以上だったので、かなり危ないところではありましたが」

「そうか。完全にやられたな」

「続けますか?」

 アレクシスの表情が和らぐ。

「いや、やめておこう。ここからでも勝てる可能性はあるが、俺も無傷では済まないだろうからな。少年アス、今回はお前の勝ちだ」

 戦いの様子を伺っていたシモンにアレクシスが両手をあげて降参の意を示すと、シモンは立ち上がり、高らかに宣言する。

「両者それまで!今回の決闘はアスの勝利である!!」

 シモンの宣言を受けてヴェルノとオーべが大きくガッツポーズを決めながら雄叫びを上げた。

 ジゼルの目から大粒の涙が溢れる。

「ははは、お前の陣営はお祭り騒ぎだな」

「ありがとうございました」

 アスは一度礼をしてから、手に持っていた剣をアレクシスに差し出した。

「自分を殺そうとした相手にありがとう・・・か。アスは面白いやつだな」

 アレクシスは笑みを浮かべながら、差し出された剣を受け取り鞘に納める。

「さぁ戻るがいい。お前が命をかけて守った家族のもとにな」

「はい!」

 アスは振り返ると既に闘技場の舞台に降りてきていたヴェルノ、ジゼル、オーべに向かって走り出す。

 ジゼルがアスを抱きしめ、その二人をヴェルノが更に抱きしめた。



 生きているんだ、家族と共にあるんだ、そしてこの家族の形を守れたんだ。

 家族の温もりがアスにそれらを強く実感させるとともに、死闘を繰り広げたアスの心を優しく撫でた。
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