命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

序幕 「黒の咆哮」 一

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 ジゼル達調査団の失踪から、時間は少し遡る。

 現人類領の最北には六華デュランダ家が統治する雪の都ユフムダルがあり、ユフムダルから王都に向かう主街道を少し南下した場所にボルプスという街があった。

 さらに、そのボルプスから北東の山に向かう小街道を進むと山の麓にあるリメリトという名の小さな村に辿り着く。

 リメリト村には春から秋にかけて林業で生計を立てる者が多く住んでいるのだが、冬季の冷え込みは非常に厳しく越冬には適さないため、本格的な冬の到来を前にボルプスの仮設住宅へ移動するというのがこの村に住む人達の毎年の恒例行事となっていた。

 リメリトに住む少女、シオン・エルドレッドも例外ではなく、すぐそこにまで迫った冬の気配を感じながら、今日は朝からその移動のための荷造りをしていた。

 昼頃、シオンは母親に井戸の水を汲んでくるようにお願いされたため、家の外に出た。

 まだ冬前だというのに、外は厚着をしていないと凍えそうなくらいに冷たい風が吹いている。

 家から井戸まではそんなに遠くはないのだが、口から発せられる真っ白い息が上空にあがるのを見ると視覚的な寒さも加わり、シオンにはその距離が果てしなく長いものに感じられた。

 もう一つ白い息を大きく吐いてから シオンはバケツの持ち手を握りしめ、よし行くぞ!と意を決して井戸に向かった。

 時間にすればほんの僅かであったが、シオンがバケツに水を入れて家に戻ってくると見知らぬ訪問者の姿があった。

 訪問者は男性二名で、テーブルを挟んで父と相対している。

 テーブルに立てかけられた訪問者のものであると思われる大剣が威圧感を放っていた。

 シオンは家に入ると、訪問者にこんにちはと声をかけ会釈をした。

 二名の内の一人がシオンの声に応じて振り返り、微笑みながらこんにちはと返した。もう一名は特に反応しない。

 反応を返した男は見惚れる程の端正な顔立ちであったが、それ以上に深い赤色をした両眼が印象的だった。

 男はすぐにシオンの父に視線を戻し話を再開する。

「失踪してから十年以上探してやっと見つけたと思ったら、まさか子供までいるとは。まぁそれはいいとして、それより深刻なのが・・・」

 深紅の眼の男は大きく息を吐いた。

「記憶喪失か・・・。通りで戻ってこないはずだ。全く覚えてないのか?」

「はい、名前以外は全然。ですがなんとなく貴方達二人には懐かしいものを感じてはいます」

 シオンの父は申し訳なさそうに頭を下げた。

「・・・ウィルマ、どうしたらいい?」

 深紅の眼の男が隣に座る大剣の持ち主に困ったように声をかける。

「俺も分からん。とりあえずここにいてもしょうがないから、一旦戻ってビセンテに確認しよう。この辺りからなら連絡が取れるはずだ」

「そうするか。トリスト、俺達は一旦退散するよ」

 二人の訪問者は席を立つと扉に向かう。

「リアスさん、俺達家族は冬の期間ボルプスで生活する予定だ。次来るときにここにいなければボルプスにあるリメリト村民用の仮設住宅を訪ねてほしい」

 父のトリストが辞去しようとする二人に対してそう言うと、深紅の目の男は一つ頷いてから家の外に出ていった。

「お父さん、今の人達は誰?」

 男達が去ったことを確認してからシオンが尋ねる。

「ああ、お父さんの昔の知り合いだそうだ」

「ふーん。あの人達、結構高そうな服着てたよね。そんな人達と知り合いなんて、もしかしたらお父さんは記憶を失う前は貴族だったりして」

「ははは、それはないだろ。だがあの二人、懐かしい感じを受けた反面、少し心がざわつく感じもしたな」

「そうなの?」

「まぁ多分思い過ごしだろう・・・」

「あら、もうお帰りになったの?せっかく温かいミルクをいれたのにどうしましょう」

 ミルクをいれたカップを三つお盆に載せて、台所からやってきた母が困り顔をする。

「ああ、また来るそうだよ。飲み物はしょうがないからみんなで飲もうか」

 トリストはお盆のカップを一つとって一口啜った。

「シオン、これを飲み終わったら荷造りを再開しよう」

「うん」

 お盆からカップをとったシオンは、熱を冷ますために息を吹きかけながらゆっくり温かいミルクを啜り始めた。


 
 その日の深夜、ベッドで眠りについていたシオンは、息苦しさを感じて目を覚ました。

 もう一度眠ろうとしたがこの不快な息苦しさで目が冴えてしまったため、仕方なく体を起こした。

 ベッドから下り、カーテンを開けると部屋の中へほのかに月明かりが差し込む。

「なんかやだな、この息苦しい感覚」

 深夜のため、2階の窓から見える外の景色はほぼ暗闇ではあったが、眠れないシオンはなんとなしにぼーっと窓の外を眺めていた。

 突然、何かが爆発したような大きな衝撃音が響き、その衝撃で木造の家が大きく軋んだ。

「きゃあっ!」

 シオンはよろめきながらも、かろうじて家の壁に手をつくことで姿勢を保った。

 ただならぬ様子に心音が一気に高鳴り、不安感に押しつぶされそうになる。

 隣の部屋で寝ていたトリストが慌てた様子ですぐにシオンの部屋に駆けつけてきた。

「シオン、大丈夫か!」

「う、うん。お母さんは?」

「そうか。お母さんも大丈夫だよ」

「よかった。・・・今のなんだろ?」

「分からない。とりあえずお父さんは外の様子を見てこようかと思うから、シオンはお母さんと一緒にいなさい」

 トリストは、少し遅れてシオンの部屋にやってきた母に後のことを任せると、そのまま階段を降りて外に向かった。

 家の外からは村の住人達の悲鳴が聞こえ始め、そのすぐ後に再び轟音が鳴り響く。

 不安と恐怖で体を震わすシオンの頭を母が大丈夫と優しく撫でた。

 しかし、その撫でる手は震えており、シオンの心は更に不安感が募る。

 どこかで火災が発生したようで、次第に焦げ臭い匂いも漂い始めてきた。

「お父さん・・・」

 窓越しに外を見つめるシオンの目には、暗闇だった村が火災の炎によってほのかに赤みがかっていく様子が映った。
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