命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

序幕 「黒の咆哮」 二

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 トリストは火の手から逃げ惑う人の流れに逆行しながら、火の元に向かって駆けていた。

 その手には愛用の剣が握りしめられている。

 住民の大半は既にボルプスへ移動していたこともあって、火の手から逃げ惑う人の数はまばらでそこまで多くない。

 途中、トリストは逃げ惑う人の中に知っている顔を見つけた。

「アウリー!よかった無事だったか、何があったんだ?」

「はぁはぁ。ああ、トリストか。この村はもう駄目だすぐに逃げないと」

 アウリーは息を切らし慌てたながら早口でまくしたてる。

「落ち着け、何があったんだ!?」

「フレアだよ、それも三体!一体どうなっているのか俺が聞きたいくらいだ!お前も早く逃げろ」

 すぐ近くの家屋が轟音を立てて吹っ飛ぶ。

 粉塵が舞い散り、周囲で逃げ惑う住民達が悲鳴を上げる中、全身真っ白で顔に黒線の模様を刻んだ異形の体躯が目の前に一つ現れた。

 フレアは付近の魔力を探査するように周囲をゆっくりと見回している。

「あああ。こんな近くまで、もう駄目だ・・・」

 アウリーが絶望したような声をあげて膝をついた。

 周囲には我先にとフレアから逃げる住民達の姿がある。

 その様子を見たトリストが覚悟を決めてゆっくりと鞘から剣を抜くと、漆黒の刀身が姿を現した。

「ここは俺が引き受ける。アウリー、俺の家にブリットとシオンがまだ残っているんだ。すまないが、二人も一緒に連れて逃げてくれ」

「戦う気か?相手はフレアだぞ、いくらお前でも無理だよ!」

 トリストは、アウリーの脇に手を入れ立ち上がらせると、その背中を軽く叩く。

「犠牲者を減らすためには、ここで誰かが足止めしないと。大丈夫、みんながここを逃げる間の足止め位ならなんとかできるさ。・・・だから、頼む!」

「・・・分かった。だが、無茶はするな。お前もすぐに逃げるんだぞ!」

 アウリーはそう言うとトリストの家の方角に向かって走り始めた。

 走り去るアウリーを尻目に、トリストは漆黒の剣を構え熱火系の魔力を込める。剣の色は黒いままだったが、次第に強力な熱気を放ち始める。

 フレアもその魔力を感知したのか、トリストに顔を向けた。

「いくぞ!」

 ビリビリと大気が振動するほどに強力な悪意を放つフレアに対して、トリストが一気に詰め寄る。駆け寄った勢いそのままに振るった高速の剣がフレアの片腕を切断した。

 続けてすぐに剣を横に払い胴に大きな斬撃の痕をつける。

 フレアが残った片方の手で拳を振るうが、トリストは既に後方に跳んでおりその拳は空を切った。

 距離をとったトリストが呼吸を整えて再度剣を構えると、フレアは腕を再生するためにその動きを止めた。

「よし!」

 なんとかいけそうだと手応えを感じた矢先に、突如トリストの頭上から無数の氷の棘が降り注いだ。

 トリストは舌打ちをしながら、すぐに手を上空に向けて熱火の魔操で円形のシールドを展開する。

 氷の棘は熱火のシールドにあたると次々と蒸発していった。

 息つく暇もなく側面から風の刃がトリストを襲う。

 体勢を崩しながらもなんとか紙一重のところでその刃を避けたが、僅かにかすめた頬に小さな切り傷がつき、少量の血が流れた。

 目の前のフレアはまだ腕の再生中であるため、一連の魔操による連撃は対峙していたフレアによるものではない。

 最悪を想定したトリストがゆっくりと周囲を見渡す。

「囲まれたか・・・」

 左右からトリストを挟む形でフレアが一体ずつ立っており、前方のフレアと合わせて計三体のフレアと対峙する形となった。

「これはキツイな。でもやるしかない!」

 トリストは自分を奮い立たせるようにそう言うと、剣の柄を強く握り直し目の前のフレアを睨みつけた。

 にわかに発生した黒いオーラがトリストを包み込む。そして額にうっすらと黒い紋が浮かび上がった。

「かかってこい!化け物共!」

 その声に応じるように、左手にいたフレアが大きく拳を振るいながら突進してくる。

 その動きに合わせて前方と右手に立つフレアの両腕が赤く輝き、それぞれからトリストに向かって火球が放たれた。

 突進してきたフレアに対して、トリストが手を広げて念じると地面から巨大な氷柱が出現しフレアの体を貫いた。

 身動きが取れなくなったフレアはその場でジタバタと暴れている。

 トリストは流れるような動作で自身に迫る二つの火球に手のひらを向けると、強力な逆風を放って勢いを止めた。

 勢いを失った二つの火球をそのまま魔操で操り、前方のフレアに向かって投げつける。更に追い風を起こして火球を一気に加速させた。

 この加速はフレアの想定以上だったようで、火球は見事に直撃した。

 フレアの炎上する様子を確認してから、次に右手方向にいたフレアに突進し、熱火の魔力が十分に込められた剣をフレアの頭に向かって振り下ろす。

 その凄まじい威力にフレアは縦に真っ二つとなり、さらに切り口から発生した火炎がフレアの肉を焦がした。

 トリストは剣を大地に突き立て、肩で息をする。

 その目には最初に氷柱で串刺しにしたはずのフレアが接近してくる様子が映った。

 フレアの体には氷柱で貫いた傷跡を中心に大きく火傷の跡がついている。

 他と戦っている間に熱火系魔操で氷柱を溶かしたのだろうと思われた。

「はぁはぁ、流石に三体と戦うのはきついな」

 剣を構え直すトリストの額の紋が赤く変色する。

「くそっ、もう魔力切れか。・・・こんなことならちゃんと補充しておくんだった」

 トリストが左の手のひらを広げて強く念じると、大地を揺さぶるような重低音が鳴り、額の紋が発光した。直後、左手を通して大気の魔力がトリストに吸収され始める。

「このまま魔力を最大限まで吸収させてくれれば、なんとかこの状況は打開できそうだが・・・」

 そんなトリストの願いも虚しく目の前のフレアが攻撃を再開する。

「やはり待ってはくれないよな」

 魔力の吸収を継続するために左手と魔操が使用できないこともあって、明らかに劣勢ではあったが、回避に専念することでトリストはなんとか三体のフレアと渡り合っていた。

 気の抜けない時間がしばらく続く。

 致命傷だけはかろうじて避けてはいるものの、トリストの体力は目に見えて消耗していた。

 目が若干虚になりつつもトリストは最後の切り札を放つタイミングを窺う。

「はぁはぁ、なんとか一発分の魔力は溜まったぞ。後はフレアを一箇所に固められれば・・・」

 回避に専念していたトリストが魔力の吸収を止めて一転、攻勢にでる。

 三体のフレアに接近戦を挑んでは離れるという動作を繰り返しながら、少しずつ巧みにフレアを一箇所に誘導していった。

「死ぬ気でやればやってやれないこともないもんだな」

 疲労の色が顕著に見えるトリストであったが、残る力を全て注ぐかのように一箇所に集めたフレアに向かって手を広げ全力で念じた。

 にわかに三体のフレアに対して紫の魔力による強力な荷重が発生する。

 その荷重に耐えきれず、三体のフレアはその場に膝をついた。

「全力で放った震重系の魔操だ。フレアといえど、しばらくは動けないだろう。今のうちに退散させてもらうよ」

 足止めの成功を確信したトリストは逃げるために後ろを振り返る。

 パンッ!

 背後から風船の割れるような乾いた破裂音が鳴った。

「・・・な、なんだ?」

 言いようもない悪寒を感じたトリストが再びフレアの方に目を向ける。

 トリストは、その瞳に映った光景に戦慄する。

 先ほど間違いなく魔操で行動を封じ込めたはずのフレアが何事もなかったかのようにその場に立っていたのだ。

「ば、馬鹿な震重の魔力が消えている!?」

 ゆっくりとトリストに近づいてくるフレア。

 最早、体力も魔力も尽きて打つ手を失っていたトリストはフレアに絶望の表情を向けた。
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