命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

序幕 「黒の咆哮」 三

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 アウリーに連れられて、シオンは母のブリットと共に村の近くにある林まで避難していた。

 この場所には同じように村から避難した人たちが集まっている。

 寒さをしのぐために誰かが起こした焚き火を囲みながら、それぞれ体を休めていたが、皆一様に疲れ果てた顔をしていた。

 その集まりの端で、シオンは一本の木に寄りかかり村のほうを見ていた。 

「お父さん・・・」

 父の身を案じるシオンが不安そうに呟く。

「お父さんならきっと、・・・きっと大丈夫よ」

 シオンの隣で同じように木に寄りかかって座る母はそう言うが、その表情はシオン同様不安そうだった。

 それでも、アウリーからフレア三体の足止めをするためにトリストが単身残ったという話を聞いた時の取り乱した母を考えれば、今はかなり落ち着いているように見えた。

「シオン、悪いんだけどお水をもらっていい?」

 シオンは頷くと取り急ぎ水筒に詰めてきた水をカップに注いで母に渡した。

 受け取った水を一口喉に流し込んでから、ブリットは何かに気づいたように村の方に視線を移す。

「さっきから大きな音が聞こえなくなったわね・・・」

「言われてみればそうだね。フレア、いなくなったのかな?」

 周囲の人達も音が鳴り止んだことに気づき始め、何やら騒然としてきた。

 そんな中、アウリーが二人の下に近づいてきた。

「知り合いから食べ物をもらってきたから、二人で食べるといい」

「ありがとうございます、アウリーさん」

 ブリットが頭を下げてから食糧を受け取る。

「それより、騒がしくなってきたみたいだがなんかあったのか?」

「ええ、先ほどから村の方がやけに静かだということで皆不思議がっていたところなんです。もしかしたらフレアがいなくなったんじゃないかと」

「そうか・・・、それならいいんだが」



 それから、少しして周囲が更に騒々しくなってきた。

 血気盛んな若者の何名かが、村の様子を見に行くと言い始めたのだ。

 ボルプスからの救援を待って明るくなってから行動するべきだという年長者の意見も聞かず、その若者達は意気揚々と村に向かってしまった。

 だが、すぐにこの行動が過ちだったと思い知らされることとなる。

 しばらくして、村に向かって行った若者の一人が血相を変えて戻ってきた。その顔は汗と涙と鼻水でグシャグシャだった。

「どうした?なにがあったんだ!?」

 若者達がここを出ていく前にその行動を諌めていた男が慌てて駆け寄る。

「嗚呼ぁあ!み、みんな、みんな捕まって殺された!」

「なっ、みんな殺されたのか!?それに捕まってって、そんな話聞いたことないぞ!?フレアにそんな知能はないはずだが」

「一匹黒いヤツがいるんだ。そいつが白いヤツに指示を出してみんな捕まって・・・」

 若者が自分の両肩を抱えてガタガタ震える。

「不気味な声でオンとかリットとか意味不明なこと言うから、ダビノが分からない、助けてくださいって言ったら、俺以外、みんな殺された」

 話を聞いていた男があることに気づいて真っ青になる。

「お、お前はなぜ助かったんだ?」

「分からない、殺されると思ったら、なぜか黒いヤツも白いヤツもどっかに行ってしまって」

「それで戻ってきたのか?」

「うん、そうだよ」

「まずい!」

 男が危険を察知して、すぐに若者が駆け込んできた方に視線を向け、愕然とする。

 そこには若者の話にあった黒いヤツを先頭にして、フレアが三体立っていたのだ。

「やはり後をつけてきていたか。みんな!逃げろ!フレアだ!!」

 その声を聞いた人々が悲鳴を発する。

 深夜で視界が悪く、更にどこに逃げればいいのか分からない村人達はただただ右往左往するだけで、一帯は再び混乱の極みに陥った。

 次々とフレアに村人達が襲われる中、シオンとブリットはアウリーに連れられて林の奥に逃げ込んでいた。

 しばらく進んだところでブリットが木の根につまずき転ぶ。

「お母さん大丈夫!?」

 すぐにシオンが駆け寄るが、ブリットは顔をしかめながら頭を振った。

 転んだ際に痛めたと思われる足首は、骨折しているのではないかと思われるほどに大きく腫れ上がっていった。

「シオン、ごめんなさい。お母さんはもういいからあなただけでも逃げて」

「そんなことできるわけないじゃない!私が支えるから一緒に逃げよう」

「お願い、せめてあなただけでも助かってほしいの。お母さんの言うことを聞いて」

「いやだ!いやだ!いやだ!絶対にいやだ!」

 大粒の涙をこぼしながらシオンが叫び続ける。

「アウリーさん、嫌な役目を押し付けることになってごめんなさい。シオンだけを連れてここから逃げてください」

 そう言って頭を下げるブリットの姿に苦悶の表情を浮かべるアウリーであったが、それが最善であると判断したのか、すっくと立ち上がり、ご無事を願っていますと一言添えてから、嫌がるシオンの腕を引っ張った。

「やめて!離して!お母さん!」

「シオンちゃん、つらいかもしれないが分かってくれ」

 腕を引っ張るアウリーに対して、その場を離れまいと抵抗するシオンであったが、腕を強く握っていたアウリーの力が急に弱まったことで腕が抜け、そのまま尻餅をついた。

「痛っ」

 臀部への衝撃に顔をしかめながら、アウリーの方に視線を向けたシオンはその衝撃的な光景に声を上げることも出来ずただ震え上がる。

 そこには、漆黒の刃で心臓を貫かれたアウリーの姿と、暗闇に同化してしまうくらいに真っ黒な体をした生命体の姿があった。

 黒い生命体は筋骨隆々でフレアに近しい表皮をしていたが、フレアより人型に近い体型をしており、目や口といった器官を有しているといった点は明らかに異なっていた。

 黒い生命体はその目を震えるシオンにゆっくり向けながら、アウリーを貫いた漆黒の剣を引き抜く。

 支えを失ったアウリーの体は力無くその場に倒れた。

「・・・オォォン」

 突如、黒い生命体が不気味な声を発する。

「シオン、逃げなさい!」

 ブリットが足を引きずりながらも、なんとかシオンの前に立った。そして黒い生命体の目を真っ直ぐに睨みつける。

「シオンには指一本触れさせない!」

「リィット・・・」

 再び黒い生命体が不気味な声を発する。

 黒い生命体を睨み続けていたブリットがあることに気付き、その目から涙が溢れ出す。

「そのピアスは・・・、それにその剣も・・・」

 次の瞬間、漆黒の刃がブリットの体を貫いた。

「ああっ、お母さん!!」

 シオンの叫びも虚しく、ブリットはその場に力無く崩れ落ちた。

「お母さん!お母さん!」

 シオンはすぐに母の下に駆け寄り、既に事切れた母を強く抱きしめた。

「オオオオオオオオォォォォ!!」

 その姿を見た黒い生命体が大地を震わすほどの大きな声で叫んだ。

 母の命を奪った憎い相手であるはずなのに、何故かシオンにはその咆哮が悲しみに満ち溢れたものに聞こえ、胸がしめつけられた。

 シオンが涙を流しながら黒い生命体を睨みつけると、その生命体もまた涙を流していた。

「なんで・・・。涙を流すくらいなら初めからこんな酷いことしないでよ・・・」

 力無くそうこぼしたシオンは母の横で項垂れて泣き続ける。

 黒い生命体はそんなシオンに手を出すことなく、そのまま何処かへと去っていった。


 
 朝日が昇り、惨劇のあった林を太陽が明るく照らす。

 シオンはあれからずっと母の遺体にくっついたままであった。

 寒さで凍てつく林にずっといたために、最早シオンの意識は朦朧となっていた。

 そのシオンの耳に、シオン達の方へ近づいてくる足音が聞こえてくる。

 だが、起きることも億劫となっていたために、シオンはそのまま目をつむっていた。

「ざっと回ったが、生き残りはこの子だけみたいだな」

「そうだな。トドメはどうする?」

「このままにしておけばいい。かなり衰弱しているしこの寒さだ、時期死ぬだろう。まだ俺たちのことは秘密にしたいから、余計な証拠は残さないようにしよう」

「・・・それもそうだな。それにしてもアイツはどこいったんだか」

「まぁ、ああなると自我がほぼ無くなるからしょうがないさ。・・・これだけ探してもいないんだ。あとは大いなる意思の下、勝手に暴れるだろう」

「そういえば、例の旧都の件、人の出入りも増えて紛れ込みやすくなってきたみたいだからそろそろ行くか?」

「そうだな。今度こそ四王の珠が見つかるといいんだが」

「まぁ期待せずに楽しむつもりで行こう」

「遊びじゃないんだけど、まぁいいか」

 二人の男は一通り話し終えてからその場を去って行った。

 残されたシオンは薄れゆく意識の中で、聞き覚えのある二人の声を思い返していた。

(あの声、・・・昨日、父を訪ねてきた二人だ)

 シオンは心の中でそう呟くとそのまま意識を失った。
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