命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

三幕 「誘い(いざない)の下降」 四

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 屋上に着いた二人は吹雪の中、早速準備にとりかかる。

「雪は然程積もってはいないとはいえ、こうも寒いと身体が動かしにくいな」

 そうこぼしながら、ジェレルは懐から魔吸石を複数取り出した。

「とりあえず、五つだ。貴族の豪邸が建てられる程の大盤振る舞いだが、本当にこれでここにおびき寄せられるだろうか」

 懐疑的な顔をしながらもジェレルは一つ目の石に念を込めて起動させ地面に放る。すぐに魔吸石は周囲の魔力を強力に吸い込み始めた。

「シオンの輝波は止まって黒フレアは明確な目標を見失っているだろうから、ここで大袈裟に魔吸石を使えばきっとやってくるさ。まぁ階下の余計な白フレアも呼び寄せることになるだろうが」

 ジェレルから魔吸石を受け取ったヴェルノも石に念を込める。

「・・・正直なところ、あんまり来てほしくはないところだよ」

 ため息を吐きながらジェレルが二つ目の石に念を込め始める。

「そうだな。ここに来ずにどっか去ってくれれば御の字だが、既にこの建物は攻撃対象として認識されているみたいだし、放っておけば多分闇雲に街を破壊しながら向かってくるだろう。鳳へ討伐を引き継ぐにしても、街の被害を抑えるにしても、ここにとっととおびき寄せるのが一番だ」

 ヴェルノは起動させた魔吸石を放ると、魔力の吸収を始めた石を一瞥してから空を見上げてつぶやいた。

「まさか、また黒フレアと対峙することになるとはな・・・」

「ん?なんか言ったか?」

「いや、なんでもないよ」

 首を傾げるジェレルが四つ目の魔吸石を起動させようとしたとき、ヴェルノが吹雪が吹き荒れる上空に、闇夜に紛れる黒い物体があることに気付いた。

 にわかに荒々しい輝波が発せられる。それはフレアが戦闘体勢に入った時に発せられる輝波に相違なかった。

「ジェレル、来たぞ!」

 ヴェルノが剣を構えると同時に複数の火球が降り注ぐ。一つ一つはそれ程大きくはないものの数が多く、屋上は一気に火の海になった。

 そこにゆっくりと上空から黒フレアが舞い降りた。

 白のフレアと異なり目と口を有した禍々しい黒の生命体。その腰には剣を帯びている。

「空も飛べるとは恐れ入った。見た目は白フレアよりよっぽど人らしい形だが圧は桁違いだな」

「ジェレル、ここからは一切気を緩めるなよ」

 剣の柄を握るヴェルノの手に力が入る。

 黒フレアの目がギョロッと気色悪い動きをする。その目はヴェルノとジェレルの姿を捉えたようで、黒フレアは二人に正面を向けた。

 そのまま両者が相対した状態が続く。

「なぜ、動かないんだ?」

 ジェレルがほんのわずか、気を抜いた瞬間、黒フレアの姿が視界から消えた。

「伏せろ!」

 ヴェルノの声に反応して咄嗟にその場に伏せたジェレルであったが、黒い影がわずかに肩をかすめ、その衝撃と風圧で大きく吹き飛ばされる。

 体勢を崩しながらもなんとか着地したジェレルは何が起こったのか分からないといった様子でありながらも、すぐに追撃に対処すべく氷壁を生成して身を守る行動をとった。

 ヴェルノの優れた動体視力をもってしても、かすかに目で追える程の高速で動く黒フレアは、勢いそのままに氷壁ごとジェレルをその拳で打ち抜く。

 先程よりもさらに強く吹っ飛ばされたジェレルの身体は、そのまま屋上の貯水タンク群に突っ込んだ。

 その凄まじい威力によって、貯水タンク群は大きな破壊音をたてながら軒並み倒壊し、大量の水が一面に吹き出した。

 ジェレルへの攻撃を終えた黒フレアはその場に立ち止まり、改めてそのギョロッとした目をヴェルノに向ける。

「くそ、気を抜くなといったろうに」

 苦渋の表情で、剣を構え直すヴェルノ。

 目の前のフレアの姿が、再びフッと目の前から消える。

 目の端に黒い影を捉えたヴェルノは身体を捻り、黒フレアの拳をかろうじてかわすと、続く連撃を紙一重でかわし続けた。

 その攻撃の一つ一つかどれも凄まじい威力であり、避けるたびに巻き起こる風圧が都度ヴェルノの体勢を崩す。

 最早、攻撃を避けることに手一杯で反撃に転じるなど不可能な状態であった。

 このまま体力を削られれば打つ手が無い。

 ヴェルノが焦りの表情を浮かべる一方で、攻撃が当たらないことに苛立った様子の黒フレアは、一旦距離をとって、魔力を練り始めた。

 肩で息をするヴェルノは、この好機を逃すまいとすぐに地面に熱火の魔力を放ち爆裂させる。

 足元に人一人が通れる程度の穴が空き階下への道ができた。

「地下までの道のりは長いな・・・」

 本来はジェレルと共闘する中で、一人が黒フレアを引きつけ、もう一人が階下への道を作ることで順繰りと地下に降りていく段取りであり、更に建物内部に入れば狭い通路や室内、防衛用の設備等を駆使することでもっと効率的に戦える算段であった。

 ジェレルのいきなりの失態で目論見が崩れてしまったが、とりあえず下層への道を作ることに成功したヴェルノは早速その穴に飛び込もうとする。

 しかし、急にヴェルノの身体に魔力による荷重がかかる。

「しまった、振重魔操か!」

 ヴェルノは剣を突き立てて支えにするが、それでもその荷重に耐えきれずその場に片膝をついた。

 重い身体を動かしながら、這うように階下へ向かうための穴に入ろうとするヴェルノであったが、それよりも早く接近してきた黒フレアが拳を振り上げる。

 なんとか防ごうと重たい体で剣を構えるが、ヴェルノの体勢は明らかに不十分であった。

 被弾を覚悟したその時、黒フレアの側方から疾風の如く人影が接近する。

「ジェレル!?」

「・・・仕切り直しだ、この野郎!」

 間一髪、側面から急襲したジェレルが思いっきり黒フレアの側頭部を斬りつけた。

 不意の一撃と水氷系魔錬刃の追い打ち魔操によって、黒フレアが大きく吹き飛ぶ。

 更に黒フレアの意識がヴェルノから外れたことで振重魔操も解除され、一気にヴェルノへの荷重も和らいだ。

「ジェレル!大丈夫なのか!?」

「すまんな、久々の戦いで勘が鈍ってた。黒フレアの一撃で一気に目が覚めたから、ここからは大丈夫だ」

 そう言って笑みを浮かべるジェレルであったが、油断の代償は大きかった。

 左腕は骨折したようであらぬ方向に不自然に曲がっている。さらに大きくえぐられた肩口の傷からはおびただしい出血を伴っていた。

「活生系の魔操士でもいればよかったが」

 ジェレルはボヤくとすぐに肩の傷口を氷の魔操で固め、応急的に出血を止める。

「さぁボヤボヤせずに、アイツが体勢を立て直す前に下へ行くぞ!」

 ジェレルが間髪入れずに先ほどヴェルノが作った穴に飛び込む。

「・・・ふぅ、かろうじて望みは繋がったか」

 ヴェルノは安堵した表情でそう呟いてから、ジェレルに続いた。
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