命導の鴉

isaka+

文字の大きさ
74 / 131
第三章 受け継がれるもの

四幕 「赤の閃光」 五

しおりを挟む
 しばらくしてエラルの処置を終えたアスは、今もフォンセの治療を続けているジェレル達の様子を伺った。

 遠くからでは状況がよくわからなかったが、治療の様子を見守るディオニージとヴェルノの表情を見る限りではあまり芳しくないように思えた。

「シオン、ちょっと様子を見てくるよ。悪いけどエラルのことお願い」

 うんと頷いたシオンにありがとうと微笑んでから、アスはジェレル達の方へ向かった。

「気管の血抜きをして気道は確保できたし外傷による出血箇所も応急的に氷で塞いだが、折れた骨で痛めた内臓の状況が良くない。すぐにでも活生系の魔操で回復させないとこのままじゃ・・・」

 ジェレルの深刻そうな声がアスの耳に届く。

「シオン!活生系の魔操は使えないか!?」

 シオンならばもしかしてとアスが思うのと同時に、同じ考えに至ったと思われるディオニージが離れたシオンに大声で問いかける。だがシオンは小さく頭を振った。

「駄目か、ジェレルなんとかならないのか?」

 ディオニージが急かすように問いかける中、思案するジェレルが、アスを見るなり何かを思いついたように目を見開く。

「いや、やはり危険か・・・」

 だが、ジェレルはその考えを否定するかのようにすぐに首を横に振った。

「何か手立てがあるのか?聞かせてくれ!」

 ジェレルの肩を掴み、懇願するかのような声でディオニージが迫る。

 少し逡巡した様子のジェレルであったが、一刻の猶予も許されないと思われるフォンセの容体を見て、意を決するかのように重々しい口調で話し始めた。

「・・・かなりの荒療治になりますので心して聞いてください。今この場で開胸し、痛んだ臓器を水氷魔操で止血しながら縫合手術を行うのです」

「なっ!?」

 唖然とした表情をするディオニージにジェレルが続ける。

「今、手元には僅かですが麻酔薬がありますので手術自体は可能です。ただ、フォンセの体力が持つかどうか。更に・・・」

 ジェレルの表情がより険しくなる。

「私は片腕が使えませんので、縫合は私の指示の下、別の者がしなければなりません。ディオニージ様かヴェルノのいずれか・・・」

 ジェレルの提示した方法に皆が押し黙る中、アスが不意にある異変に気付いた。

「黒フレアの輝波が・・・消えている?」

「輝波が?足止めで残った三人が討伐に成功したということか?」

 ディオニージの問いかけにヴェルノが静かに首を横に振る。

「いや、まだ強烈な圧を感じるから戦闘体勢を解除しただけ、おそらくだが足止めしていた三人が敗れたという可能性が高いだろう」

「そうか・・・。フロイラン、ジーモー、ナシオ・・・すまない」

 ディオニージが項垂れながら力無く呟いた。

「そうだとしたら非常にまずいな。この通路を俺たちが利用していることは既に黒フレアも知っているからすぐにここに辿り着くぞ。ほぼ魔力が切れている俺たちでは迎え撃つこともできないし、こんな状態のフォンセを置いて逃げるわけにもいかない。・・・最早覚悟を決めるしかないのか」

 ジェレルが握る拳に力を込め、無念そうな声で苦悶の表情を浮かべる。

 現状は確かにジェレルの言う通りで絶望的に思えた。

 だが、それでもヴェルノの目には諦めの色が見えなかった。打開策を探すかのように腕を組んでじっと考え込んでいる。

 やがて一つの考えに至ったのか、組んでいた腕を解くとゆっくりとアスに顔を向けた。

 ヴェルノは微笑んではいたが、少し寂しそうな、それでいて何か強い決意を秘めているような不思議な表情をしており、アスにはそれが堪らなく不安に感じられた。

 ヴェルノは大きく息をはいてからディオニージに視線を向ける。

「・・・閃光石を出してくれ。六華当主の長子なら持っているだろう」

 ヴェルノの意図を理解したディオニージが慌てて首を振る。

「いけない、分かっているのか!?お前は・・・」

「分かって言っている。現状それを使って黒フレアを足止めできるのは間違いなく俺だけだ。・・・時間がない、渡してくれ」

 鋭い視線を向けるヴェルノにその決意を感じたディオニージが、やむを得ないといった面持ちで懐から小さな宝石のついたピアスを取り出した。

 その宝石はダイヤのように無色で透き通っておりキラキラと光を乱反射させて美しかった。

「ありがとう、ディオニージ」

 ヴェルノはそのピアスを受け取ると吸排済みのピアスと取り替えるようにすぐに耳に装着した。

「閃光石って、何!?」

 そのやりとりに何か言いようのない不安を覚えたアスが焦る口調でその得体の知れない石の正体を尋ねるが、ヴェルノは頭を振った。

「すまないが説明している時間はなさそうだ」

 時間がないというよりは説明したくないという雰囲気がアスの不安を更に増大させる。

 ヴェルノはニッコリ微笑み、大丈夫と言ってアスの頭をポンポンと優しく叩いた。

「僕も行く!」

 目に涙をいっぱい溜め込んだアスが、足を引きずりながら叫ぶがジェレルがそれを制する。

「その体じゃ足手まといになるだけだ。それにフォンセの手術にはアスの力が必須なんだ。ここに残って力を貸してくれ」

「僕の力?」

 涙を拭いながら問い返すアスにジェレルが頷く。

「術後感染症の対策だ。こんな不衛生な場所で、かつ消毒も不十分な状態で手術をするなんて本来あり得ない。手術は衛浄系のアスが滅菌をすることが大前提の手段なんだ。フォンセのためにも頼む」

「でも・・・、お父さんが・・・」

「アス、気持ちはうれしいがジェレルの言うとおりにしてくれ。それに衛浄でのサポートはアスにしかできない大切な役目でもあるからな。・・・そして黒フレアを止めることは俺にしかできない役目、生き残るためにそれぞれが今できる役割を果たそう」

 ヴェルノが目を細め慈しむように、震えるアスの頭を撫でる。

「じゃあ行ってくるよ」

 ヴェルノがアスの頭に添えられた手をスッと引くと、アスの頭にはその手のほのかな温かさが余韻として残った。

「すまないヴェルノ、頼んだ・・・」

 ディオニージが深く頭を下げる。

「ここまできたらやむを得ないだろう。まぁやれるだけやってみるさ」

「お父さん、必ず戻ってきてね・・・」

「ああ、大丈夫。必ず戻ってくるよ」

 ヴェルノは、絞り出すように発したアスのか細い声に力強く頷いて応えると黒フレアを迎撃するために反転し歩み始める。

 そのまま立ち止まることなく地下通路に入り、暗がりの中に姿を消した。

 その後ろ姿をじっと見つめていたアスにジェレルが声をかける。

「黒フレアはヴェルノがきっとなんとかしてくれる。だから俺たちも俺たちのやるべきことをやろう。・・・ディオニージ様、フォンセのために力をお貸しください」

「・・・ああ。だが、助けたい気持ちはあっても自信がない。本当に俺で大丈夫なのか?」

「先程言った通り止血は魔操で行いますので、私の指示通り慌てずゆっくりやれば大丈夫です。考える時間はありません。さぁみんなでフォンセを助けますよ!」



 アス達がフォンセの開胸を終え、止血と縫合を開始した頃、暗がりの通路を進んでいたヴェルノが黒フレアを迎撃する予定の広間に到着する。

 そこはアス達が退避中に通過した地下の礼拝堂で、ラウルを模した石像が無機質に広間を見下ろしていた。

「決戦の地が礼拝堂になるとはな。あまり信心深くはない方だが流石に今回ばかりはラウルの御加護ってやつに期待したくなる」

 石像を見つめて一つぼやいてから、ヴェルノは確実にこの場に近づいてくる黒フレアの圧に備えるように耳のピアスについた閃光石に念をこめる。

 閃光石はふっと輝いたかと思うと赤く煌めく光球を吐き出し、すぐに乾いた音を立てて砕けた。後にはふわふわと漂う赤い光球だけが残る。

 ヴェルノはその赤い光球を手の平で優しく誘導して胸元に持ってくると、その光を見つめながらなんとなしにフッと笑った。

「またこれを使う日が来るとはな。・・・さてと、そろそろか」

 ヴェルノの青く澄んだ瞳が見つめる先には、志征の三人が黒フレアを足止めをしていた大広間へと続く地下通路があった。

 そこに悠然と姿を現した黒フレアがゆっくり礼拝堂に侵入してくる。

 その手に握られた黒い刀身を有する剣の切先からは赤い雫が滴り落ちていた。

 黒フレアの姿を視認したヴェルノは覚悟を決めるかのようにグッと手の平に力を込めて胸元の赤い光球を自分の体に押し付ける。

 光球は溶け込むようにしてヴェルノの体に吸収された。

 一瞬、ヴェルノの周辺の空間が捻じ曲がる程の歪みが生じる。

 その空間の歪みが解消されると共にヴェルノの全身から大河を思わせる程の強大で淀みのない魔力が放たれ、ヴェルノが握る魔錬刃も呼応するかのように一気に紅く染まった。

 突然の強大な魔力に黒フレアがすぐに反応し黒い剣を構える。

「もうこれで後戻りはできない。俺の全てをかけてお前を止める。行くぞ!」

 疾風の如く黒フレアに詰め寄り、赤く染まった剣を振り抜くヴェルノ。それを黒フレアが黒く染まった剣で受け止めた。

 ぶつかり合う両者の剣から発生した凄まじい衝撃波が礼拝堂を大きく揺るがす。

 更に力を込めるヴェルノの体が、黒フレアを圧倒するほどの膨大な熱火の魔力によって赤く、強く、そして美しく輝き始めた。

 それはこの戦いに全てを賭したヴェルノの儚い閃光の如き命の輝きでもあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

勇者辞めます

緑川
ファンタジー
俺勇者だけど、今日で辞めるわ。幼馴染から手紙も来たし、せっかくなんで懐かしの故郷に必ず帰省します。探さないでください。 追伸、路銀の仕送りは忘れずに。

処理中です...