命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

四幕 「赤の閃光」 六

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「・・・はい、そうです。そこを塞ぐように縫い合わせてください」

 静かな広間にジェレルの声が響く。

 ヴェルノが戦闘を開始してからおよそ三十分。アス達がフォンセの手術のために開胸を始めてからでいえば約一時間が経過していた。

 ジェレルの的確な指示の下、滞りなくフォンセの手術は進んでおり、開胸後、速やかに損傷箇所を魔操で止血をしたこともあって、フォンセの心臓は止まることなく鼓動を続けていた。

 凍結による細胞の壊死を出来るだけ避けるために、ジェレルは縫合が終わった箇所の状況を確認しながら、凍らせて止血した箇所の魔操を順次解いていく。

 ディオニージの縫合技術が予想以上に高かったこともあって、魔操を解いた後の出血も微々たるものであった。

「そこの縫合が終わったら、後は臓器を再び傷つけないように折れた骨を整形して開胸部分を閉じれば完了です。・・・依然気は抜けない状況ですが、ここまでくれば当初の危機的な状況は脱したと言ってもいいでしょう」

 その言葉に少し安堵したのか、ここまで緊張した面持ちで手を動かしていたディオニージの表情が若干緩んだ。

「アス、まだもう少しかかるが大丈夫そうか?」

 ジェレルが、少し離れたところで滅菌のために両手を広げて衛浄の魔操を放ち続けているアスに声をかける。

「はい。魔力はまだ残っていますので、大丈夫です」

「そうか、それならなんとか上手くいきそうだ」

 ジェレルが再び視線をフォンセに戻すのと同時に突如、広間を揺るがす程の大きな地響きが起こり、アス達の体勢が若干崩れる。

「今のは、・・・かなりでかいな。もしかしてヴェルノの方で何か大きな動きがあったか・・・」

 一気に厳しい表情に変わったジェレルの呟きに、父の身を案じるアスが動揺の色を見せる。

 その動揺がここまで一定の出力を保っていたアスの衛浄魔操を大きく乱した。

「いや、悪いことが起こったとは限らないから、今は目の前に集中してくれ」

 ジェレルが慌てて取り繕うが、一度乱れてしまった心はそう簡単に戻らない。アスの全身を巡る血液はその不安から大きく脈打ち、周囲の音が上手く聞き取れないほどに身体の中で強く鳴り響いた。

「・・・閃光石・・・のせいですか?」

 得体の知れない石。アスが脳裏によぎった一つの可能性を口にするも、その声量はかろうじて聞き取れる程度に小さかった。

「いや、閃光石自体にはこんな大それた爆発や振動を起こすとかっていう効果はないよ。・・・そうだな、フォンセの治療を進めながらにはなるが、アスに閃光石について簡単に話しておこう」

 ジェレルは目線をフォンセの患部に向けると、ディオニージに骨の整形について細かく説明する。

 その整形処置の合間をみながら背中越しにアスへ閃光石の話を始めた。

「人はアーティファクトに魔力を宿すことで大きな力を得ることができるが、その魔力が使用できなくなる時が二つある」

「魔力限界と魔操限界・・・」

「そうだ。念の為説明するが、魔力限界は魔元石の魔力が尽きたことを指し、この場合は新たな魔元石があればすぐに魔操が使用可能となる。一方で魔操限界は魔力はあってもしばらく魔力を使用できなくなるインターバル的な状態になったことを指し、概ね24時間程度経過しないと魔力があったとて魔操は使用できない。ちなみにその魔操限界の閾値は各人の資質、才能によるところになる」

 自分の認識と相違はない。そう思いながらアスは、フォンセの処置を続けるジェレルの背中を見つめて、静かに次の言葉を待った。

「さて、例の閃光石についてだ。閃光石は念を込めると魔力と魔操を司るための擬似的な輝核を一つ生み出す。その擬似輝核は自身の輝核と融合させることで、今言った二つの限界を超えて一時的にではあるが無制限の魔力と魔操力を与えてくれる。簡単に言えば常に全力の状態で戦えることになるってことだ。だが・・・」

 その続きを発言することに若干の抵抗を示すかのようにジェレルの声が小さくなる。

「まぁ、そのなんだ。・・・それだけの効果を持つ石だから当然、副作用がある」

「・・・副作用」

 アスが不安で顔を曇らせる。何故かその言葉にディオニージも肩をピクリとさせて小さく反応する。

「副作用って言っても命にまで影響を与えるようなものじゃないよ。後遺症の一種でな、擬似輝核が活動を終えて体から剥がれる際に元の輝核に損傷を与えるため、使用後は輝核欠損と呼ばれる魔力と魔操が不安定になる症状と付き合っていかなければならなくなるんだ。後遺症の度合いは輝核の欠損箇所にもよるが、重くても日常生活に支障を与えることはない。ただ、少なくとも戦闘能力は今より著しく落ちることになるだろう・・・」

 ヴェルノの長所が失われるということに対する思いからか苦々しい口調でそう語るジェレルであったが、アスはそれ以上の感情でジェレルの言葉を受け止めていた。

 アスの顔面は蒼白となり、体を振るわせ呼吸も荒くなる。それは閃光石の説明を拒むような素振りを見せたヴェルノの意図をなんとなく察したことに起因していた。

 アスはハマサ村でのニリルとのやりとりを思い出しながら、弱々しい声でジェレルに尋ねた。

「・・・もし、・・・もしも仮に輝核を欠損している人が閃光石を使用したらどうなるんでしょうか?」

「輝核欠損者が使用した場合?」

 ジェレルは、意識の大部分をフォンセに向けていたために、深く考えるそぶりも見せずアスに背中を向けたまま問いに答えた。

「その場合、閃光石の使用は厳禁だな。欠損状態の輝核ってのはヒビの入ったガラスのようなもので非常に脆いから、擬似輝核の剥離には多分耐えられないだろう。そんな事例は稀だから断定はできないが、少なくとも俺は耐えられたという実績は聞いたことがないな。・・・ディオニージ様、ここまでの処置は完璧です。最後の開胸部分の縫合に移りましょう」

 ふとディオニージの手が止まる。

「ディオニージ様?」

「ああ、・・・続けよう」

 ジェレルに促されて開胸部の縫合を始めるディオニージであったが、その手つきは先程までとは比べものにならないくらいに辿々しい。

 同時にフォンセを包んでいた衛浄の青白い魔力の膜が目に見えて微弱なものになる。

「アス、魔力が弱まっているぞ。もう少しだから集中してくれ。ディオニージ様もあと少しです。集中くださいませ」

 急に様子がおかしくなった二人にジェレルが焦りながら声をかける。

 振り返ってアスの表情を見たジェレルは、そこで初めてアスの目から、とめどなく涙が溢れ出していることに気付いた。

「副作用の件はしょうがない部分もあるが、その代わり閃光石を使用したヴェルノであれば黒フレアが相手であっても足止めでヘマするようなことはない!大丈夫、あいつならちゃんと戻ってくるよ!」

 ジェレルは、アスの精神の摩耗がヴェルノの身を案じてのものだと思ったようで、懸命に励ましの言葉をかけた。

 だが、アスの様子は一向に変わらない。

「すまない、アス」

 突然、縫合の針を進めていたディオニージが口を開く。

「俺は例のハマサ村の件について、黒フレアが襲来してくる前に簡単にだが報告書を読んでおいたんだ。アス達のことは報告書の怪我人欄に記載があって、更にヴェルノに関しては身体症状についての特記事項も記されていた。だから、俺はヴェルノが今どういう状態であるかを知っていた。知っていて、どうなるか分かったうえで、俺は、・・・俺は閃光石をヴェルノに渡してしまったんだ」

「・・・なにが何だか分からない。二人とも一体どうしたんですか!?」

 困惑した様子でそう発したジェレルであったが、二人のただならぬ様子とその会話の内容から、ようやく先程アスが質問した内容の真意を理解したようで、その表情が一気に真っ青になった。

「まさか!?」

 アスが涙を袖で拭い、頷きながら答えた。

「お父さんは、・・・お父さんは、輝核欠損者なんです」
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