命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

五幕 「紅前会議」 四

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 それから暫くの議論と王の裁可である『刻定』を経て紅前会議は終了し、アレクシスは現在、王城にあるヴィエルニ家専用執務区域内の一室で会議の結果を思い返していた。

 審理多数決は、アレクシスの提案により審理事項を修正したうえで実施に至った。

 その修正内容とは、本件にセレンティート国の王位継承者が絡んでいる以上、元セレンティート国三煌という経歴を持つノエル家はこの先も同様の疑いを持たれる可能性が多分にあるため、反倫理行為である深淵輝葬による調査など行わず、今この場においてノエル家の権限を全て剥奪し、リアスに関する問題が全て解消されてからお家取り潰し又は復帰について改めて審議してはどうかというものだ。

 アレクシスの真意はもちろん、ヴェルノの深淵輝葬回避にある。

 ボルプス事変の真相をうやむやにし、お家取り潰しに関しても先送りするという苦しい提案とも思われたが、権限剥奪だけは直ちに行われるという内容がよかったのか意外にもゼブは修正をすんなり了承した。

 また、プラウも深淵輝葬を行わないことと暫定措置であるということをもって、それならばと好意的な態度を示す。

 更に六華の意見が一致した様相を見せたことから三府会の意向も賛成に傾き、結果として審理多数決は満場一致で賛成となったのだ。

 そして、審理多数決の結果を踏まえたうえで、王からは次の七条が申し渡され、今回の紅前会議は刻定に至る。


 一、六華権限を含む、全ての権限をノエル家から剥奪し二等貴族へ降格とする

 二、セレンティート国民を対象とした優秀者救済制度を凍結する

 三、西の都メルウルハにあるセレンティート自治区民の区外往来を禁止する

 四、ノエル公とディオニージ卿をイレヒ島へ流刑とする

 五、現ノエル公は隠居、ノエル家次期当主をノエル公の次男ネイハム卿とする

 六、ボルプスの公式調査を六華筆頭のヴィエルニ家に一任する

 七、統政府監察局からノエル家に対して監査員を派遣する


 お家取り潰しにはならなかったとはいえ、この内容はアレクシスの予想を遥かに超える重たいものであった。

「・・・ノエル家には悪いが、とりあえずは深淵輝葬を回避できたから良しとするか」

 一人そう呟く中、部屋の扉をノックする音が響く。

 その後入室の許可を求めるニコラスの声が続いたため、アレクシスが入れと伝えるとゆっくり扉が開いた。

 部屋に入ったニコラスは神妙な面持ちでアレクシスの前に進む。

「何か?」

「ノエル公とディオニージ卿が訪ねて参りましたが、如何いたしますか?」

 まさかの訪問者に驚いたアレクシスがその場に勢いよく立ち上がる。

「ノエル公が!?・・・用件は?」

「会ってお話ししたいとのことで」

「分かった。とりあえず応接室へ案内せよ。すぐに行く」

「かしこまりました」

 ニコラスが一礼して部屋を出ると、アレクシスは額に手をあてて大きなため息を吐いた。

 流れの中とはいえ、会議において即時の権限剥奪を提案したのは自分であることから、今一番会いたくない相手であったからだ。

「報復?・・・フフッ、流石にそれはないか」

 あり得ない想定をした自分を自嘲しながら、アレクシスはゆっくりと立ち上がり応接室に向かった。



 アレクシスが応接室に入ると下座のソファに腰掛けるドローレンスとディオニージの姿があった。

 二人はアレクシスを視認するとすぐに立ち上がり一礼した。

「お忙しいところ申し訳ない」

「いえいえ、それよりノエル公、どうぞ上座へ」

 アレクシスがそう促すが、ドローレンスは首を振る。

「なりません。今の私は公ではなく二等貴族で御座いますゆえ」

 その言葉に少し胸を突かれる思いもあったが、アレクシスは一つ頷いて上座のソファに座った。

「どうぞおかけください。わざわざノエル公・・・失礼、ドローレンス卿がお訪ねしてくるとは思いませんでした。それでご用件は?」

「感謝を申し上げにきた。流刑の身となった以上、御身と話せるのも最後となるやもしれませんからな」

 思いもよらない言葉にアレクシスは訝しげな表情をする。

「感謝とは驚きましたな。逆ならまだしも、そのようなことを言われる覚えはありませんが?」

 ドローレンスが小さく笑みを浮かべる。

「今回の会議を私達の期待していた通りに進めていただいたからです」

「期待通り?かなり重たい罰であったと思われるが、それでよかったと?」

「ええ。細かくは話せませんが十分満足のいく結果でありました」

「あの結果と天秤にかけられるほどのことがあったと・・・」

 少し思案したアレクシスがハッとした表情をする。

「まさか、リアスとの結託が真の話であったとか!?」

「いいえ、それは絶対にないです。そもそも私達はリアスが王位継承者であるとは思っていませんし、もしそうだとしてもその行いを正すべきだと考えていますので。・・・そんな大袈裟な話ではなくもっと単純で瑣末的なことなのです。それでも私とディオニージの信念に関わるものであって、それが守られたのだとご理解ください」

「それを教えていただくことは」

「できません。ヴィエルニ公もヴェルノという輝葬師の深淵輝葬を回避することで守りたかったことをお話しすることはできないでしょう?」

 唐突にヴェルノのことを放り込まれたアレクシスの表情に狼狽の色が現れる。

「な、なんのことか?意味が分からない」

「失礼、お話できないということを承知いただきたかっただけで他意はないのでご容赦願いたい。そうですな、話の流れから二点ご忠告申し上げておきましょう。まず、此度の会議は私の期待通りであったことはさることながら、デュランダ公の思惑通りでもあったということです」

「・・・それはどういうことか?」

「デュランダ公の狙いはもとからノエル家の六華除名のみだったと思われます。愛国心の強いお方だ、外様のノエル家が国政の中枢に関与することが疎ましくて仕方なかったのでしょう。だが、ノエル家の除名をデュランダ公が直接行ったとなれば世間の心象は悪い。なのでヴィエルニ公を除名立案の張本人にすべく利用したのです」

 利用したという言葉に若干の腹立たしさを覚えたアレクシスの眉間にしわが寄る。

「それは違う。此度の件の起案者はデュランダ公であるぞ?」

「その通りです。ですがデュランダ公の最終提案は調査の上でノエル家の進退を問うという内容で除名一歩手前でした。一方で六華除名を決定付けたのは最終提案者であるヴィエルニ公です。結果だけ見れば世間はノエル家を追放したのはヴィエルニ家と考えるでしょう」

「まさか・・・」

「デュランダ公はとぼけていたが、おそらくヴェルノという人物の立ち位置を私と同様に理解しているだろう。クレア王妃に瓜二つのジゼルという少女とその父親だというヴェルノ、ここから想像を膨らますことはそう難しいことではない。そのうえで深淵輝葬をちらつかせれば、ヴィエルニ公が回避策をとってノエル家の除名を強行すると考えたのです」

「もしそうだとしたら、デュランダ公もドローレンス卿もジゼルのことを誤解されている。ジゼルはただの遠戚で・・・」

「その事実はどちらでもよかったのです。結果としてヴィエルニ公を動かせればそれでよく、違っていてもノエル家の調査が始まるだけですから。そして調査の結果、ノエル家がシロなら国を想っての行為であったと言うだけ、クロなら大義名分を得てノエル家を除名するという流れです。ただ、その調査は私達にとっては好ましくないため、ヴィエルニ公が動かなかった時点で私が自発的に除名を申し出るつもりでした。この場合、私の動きとしてはやや不自然であり疑惑が残るため、調査強行の可能性も残る。だからヴィエルニ公が動いてくれて助かったのです」

「信じられない。あのデュランダ公がそこまで考えていたと仰られるのか?」

「デュランダ公は貴方が思うより狡猾ですよ。今後も十分ご注意くださいませ。・・・そしてご忠告の二点目、王から申し渡された七条ですが、除名の他に付与された条項が多くヴィエルニ公も仰った通りかなり重たい罰でした。この意図は六条にあると考えます」

 アレクシスが首を傾げる。

「六条?確かボルプスの公式調査をヴィエルニ家に一任するという内容であったと記憶しているが」

「その通りです。ヴェルノの件、ヴィエルニ公は先ほど否定されておりましたので見当違いならお聞き流しくださって結構ですが、ヴェルノの輝葬を上手く処理しないとクレア様の件が公になる恐れは残っております。ゆえに王はヴィエルニ家に任せたいと考えた。しかし、六条だけを付与すると国王の意図があからさまになるため、他にも色々条項を付与しカモフラージュしたというのが真意でしょう」

 勿論、アレクシスはヴェルノの輝葬は上手く処理しないといけないと考えていたが、まさか王がそのように考えていたとまでは思っていなかった。

 確かにそう言われれば、王がそのようにお膳立てをしたとも考えられる。いや、多分そうなのだろう。

 アレクシスはソファの背もたれに体重を預け思案にふける。そして一つの解を導き出してドローレンスを見つめる。

「・・・ヴェルノの子供、アスはどうなった?多分一緒にいただろう?」

 ドローレンスは笑みを浮かべて小さく頷く。

「多分そうくるだろうと思っておりました。ディオニージ、ご説明を」

 ドローレンスに促され、ディオニージが口を開く。

 先程の会議での印象とは異なり、凛とした表情でアレクシスを真っ直ぐに見つめた。

「アスは今ボルプスの宿におります。怪我は然程でもありませんが心はかなり磨耗した状態です。父を亡くしたのだから当然でしょう。アスには私の従者の命を救ってもらった恩がありますので、できれば父であるヴェルノの輝葬は彼にさせてあげたいと思っています。しかし、アスはまだ輝葬師の公的資格を有しておりません。ヴィエルニ公を訪問したのはこの件の取り計らいをお願いしたいという理由もありました。何卒よしなに」

「なるほど、この流れも読まれていたと思うと微妙な気分だが、・・・了解した。その方向で取り計らおう」

「ありがとうございます」

 ディオニージが深く頭を下げると、合わせてドローレンスも頭を下げた。

「ちなみにだが、アスの今後はどのように考えておられるか?もし何もあてがないならヴィエルニ家で面倒を見たいと思うが」

 アレクシスの申し出にディオニージがゆっくりと頭を振る。

「申し訳ありませんが、ノエル家で引き取らせていただきたい。末弟のエランドゥール、リメリト村のシオン、アスの三名はボルプス事変の災禍によって不安定になった心をお互いが健気に支え合っております。・・・齢十歳の少年少女が直面するにはあまりに悲惨な出来事でした。できれば正心の儀を迎えるまでは共に過ごさせてあげたいのです」

「弟君も災禍にみまわれておられたのか。そういうことならしょうがないな、アスのことはお任せしよう。・・・さて、ドローレンス卿、その他に話はありますかな?」

「いえ、お話ししたかったことは以上となりますので、私達はこれでお暇させていただこうと思います」

「承知した。応接室の外に控えている従者にホールまでの案内を申付けてあります。・・・ドローレンス卿、本日は貴重なご忠告を賜り感謝いたします」

「こちらこそ、貴重な時間をいただきありがとうございました」

 ドローレンスとディオニージはソファから立ち上がると、深く一礼し応接室を後にした。

 二人が去った後、しばらくしてアレクシスはソファから重たそうに腰を持ち上げ、応接室の窓から城下の景色を見下ろした。

 ドローレンスの話を思い出し、一つ息を吐く。

「俺もまだまだだな・・・」

 苦笑いをしながら自嘲気味にそう呟くと、アレクシスはすぐにニコラスを応接室に呼び寄せた。

「お呼びでしょうか。アレクシス様」

「ああ。・・・大至急オーべを呼んでくれ」
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