命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

六幕 「地下に煌めく光」 一

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 ボルプスの一角にある一際大きな宿『古龍亭』。

 ディオニージの計らいでその四階の部屋に滞在していたアスは、開け放たれた窓から朝日で明らむ街の景色を見下ろしていた。

 ここ数日続いた快晴が、街を白く染める雪の厚みを少し薄くしていたが、それでも部屋に吹き込む風はかなり冷たく、外に向かって吐いた息は白いモヤを作った。

 アスは、ボルプス事変の後から目を閉じるとあの惨劇が脳裏に蘇るために上手く眠れなくなっており、ボルプス事変から三週間程が経過した今も、体が限界を迎えたら気を失うように眠りにつき、すぐに覚醒してしまうという生活を続けていた。

 心身の摩耗は著しく、目の下には大きなクマができている。

 今日も朝方に目が覚めてから眠れなくなり、やむなくぼーっと窓の外を眺めていたアスにとって、この冷たい風は心と体を引き締めるのにちょうど良かった。

 ふいに部屋の扉がノックされる。こんな朝早くから誰だろうと思いつつも、扉に向かってどうぞと声をかけると厚着をしたエラルが部屋に入ってきた。

「朝からごめんな。朝早くに目が覚めたし散歩でもしようかと思って外に出たら、窓から外を眺めるアスの姿が見えたからさ、やっぱり散歩はやめてこっちに来た。その様子だと今日もあまり眠れてないみたいだな」

「うん・・・。それより、散歩って一人で行くつもりだったの?」

「そうだよ。ずっと宿の中にいると息が詰まるだろ?だから衛兵がトイレに行ってる間に部屋を抜け出してきたんだ。俺が部屋にいないことにはまだ気付いてないと思うよ」

 エラルは悪戯っぽく笑いながら部屋の椅子に腰掛けた。

「駄目だよエラル、君は六華なんだから何かあったら」

「大丈夫だよ。宿の周りを少し歩くくらい危険なことなんてないさ。それにもうノエル家は六華じゃない」

「えっ?」

「昨日の夜遅くに兄上からの使者が来てさ。三日前に開催された臨時の紅前会議で正式に除名が決定したって連絡があったんだ。実は事前にこうなるだろうってことは兄上から聞いていたから驚きは少なかったけどさ、それでも正直ちょっと動揺してる」

「なんで除名になったの?」

「詳細はメルウルハに戻ってから話すって。だから俺も詳しいことまでは分からない」

「そっか・・・」

「あと、ヴィエルニ家が今回の件についての公式調査を行うことになったらしい。正式な調査開始はまだ少し先になるけど、今日先行してヴィエルニ家の特使がここに来るって。その特使からの聴取を受ければ、俺達はとりあえずこの軟禁状態から解放されるだろうってことも聞いてる」

 エラルがそこまで言ってから真剣な表情に変わる。

「大丈夫だと思うけど一応念のため意識合わせをしとこうか。特使の聴取においても、兄上から申しつかった通りシオンがフレアと同質の輝波を放ったということは禁句だからな」

「うん、分かってる。ちなみにシオンに特使が来ることは?」

「昨日の今日だからな。当然まだ伝えてない。特使が来るとしたら多分昼過ぎになるだろうから朝食の際にでも言っておくよ」

 そこまで言うとエラルは椅子から立ち上がり微笑を浮かべながら、アスを真っ直ぐに見た。

「そろそろ衛兵も気づく頃だろうし、俺は一旦戻るよ。・・・六華除名の件で動揺してたけど、アスと少し話せて良かった。ありがとう」

「僕も眠れなくてぼーっとしてただけだから、エラルが来てくれてうれしかったよ。ありがとう」

 またあとでな、と手を振るエラルが部屋を出てから、再びアスは窓から外を眺め一つ息を吐く。その息は白いモヤとなり程なくして消えた。



 エラルが言った通り、昼頃にヴィエルニ家の特使がやってきた。

 アス、エラル、シオンの三名は宿の一室に呼ばれ、特使と対面する。

 その特使の顔を見たアスは驚きの表情を浮かべた。

「オーべさん?」

 オーべはニッコリ微笑み、アスに向かってゆっくりと頷く。

「なんだアス、知り合いなのか?」

 エラルが怪訝そうにアスに尋ねる。

「うん、お父さんの親友だよ」

「そうか、ヴェルノさんの・・・」

 質問したことを少し後悔するようにエラルがアスから目を逸らした。

「さぁ、三人とも立ってないで座ってくれ。おっと、エラル様には失礼な物言いになってしまいましたな。ご容赦くださいませ」

 深く頭を下げるオーべにエラルが頭を振る。

「別に構わない。話は聞いているから、早速聴取を始めてもらえるか」

 アスと話す時と違って、貴族の風格を漂わせるように凛とした態度で言葉を放つエラルにオーべが苦笑いをする。

「エラル様がどのようにお聞きになっているか存じませぬが、此度は聴取ではありません。早々に三名をここから解放しようというアレクシス様のご配慮があり、一足先に私がその意向をお伝えにきただけのことでございます」

「では、特に質問等もなく解放されるということか?」

「はい、公式調査団でボルプスに関する報告資料を確認した結果、三名に対する追加での確認事項はないと判断いたしましたので、エラル様は速やかにメルウルハへ帰還いただけます。とはいえ現在、エラル様は休学中となりますので貴族学校へ復学するため、帰還後すぐに王都ユト・リセゼテアに移動いただくことになりますが」

「シオンとアスはどうなる?」

「二人はディオニージ様のご要望通り、正心の儀を終えるまではノエル家の従者としてエラル様と共に行動していただくことになっており、エラル様と共に王都に入る予定です。既に両名の貴族学校への編入手続きも完了しております」

 その言葉に安堵したのか、そうかと応じたエラルの表情が少し綻ぶ。

「但し、アスにはここで少しやってもらうことがありますので、まずはエラル様とシオンの両名だけがメルウルハに戻ることになります」

「アスにやってもらうこと?」

 オーべはエラルに頷きを返しながらアスに視線を移すと、言葉を選ぶかのように少し間を空けてから話を続けた。

「アスにはヴェルノの輝葬を行なってもらいたい。ヴェルノのことはアスにとって辛い出来事だっただろうから、酷なことを言っているというのは重々承知している。だが、これがヴェルノとの最後の別れになることを考えれば、やはりアスが実施すべきだろうというのが俺の想いだ。どうだろうかアス、引き受けてくれないか?」

 突然の話に驚いたアスがどう返事してよいか分からず俯いて押し黙る。

 その様子を見たエラルが腕組みをして口を挟んだ。

「オーべの言うことは分からなくもないが、しばらく待つことは出来ないのか?確か輝葬はかなりの集中を要する筈。今回のことでアスはかなり疲れが溜まっているし、更に輝葬も一人でやったことはないと聞いている。そんな中で父君の輝葬を強行すればアスは・・・」

 オーべが苦虫を噛むような表情でゆっくりと頭を振る。

「先程も言った通り、酷なことを言っていることは重々承知しています。そしてエラル様が懸念している通り、経験の浅いアスが乱れた精神状態で輝葬をすれば最悪『もっていかれる』可能性もあります。ですが、申し訳ありません。ヴェルノの輝葬は可及的速やかにというのが調査団の決定であり、既に輝葬をアスが行うか別の者が行うかを決めなければならない段階にあります。・・・アス、急な話で悪いがやるかやらないかを今決めてくれ。勿論、バックアップは全力で行うつもりだ」

 しばしの沈黙の後、アスは意を決して顔を上げる。

 そして真剣な表情で一言、やりますと力強く答えた。
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