命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

六幕 「地下に煌めく光」 六

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 雨が降りしきる森の中、ヴェルノが泥だらけの女性を抱き抱え叫んでいた。

 女性はぐったりとしており、虚な目でヴェルノを見つめる。その瞳は深く澄んだ青色をしていた。

 よく見れば女性の口元には吐血の跡があり、泥だらけの服にもおびただしい血が混じっている。

「・・・ヴェルノ様」

「エリザ、気を強く持て!すぐ医者のところに連れていく!」

 女性はうっすらと笑みを浮かべるとゆっくり頭を振った。

「もう、体の感覚がありません。・・・アスは?」

 ヴェルノが自身の横に視線を向ける。そこには雨よけの天幕が付いたベビーバスケットがあった。

 ヴェルノが天幕をまくると中には生後間もない赤子が穏やかな表情で寝息をたてている。

「無事だ。君がしっかりと守ったんだ」

「よかった・・・。ヴェルノ様、私の最後のお願いを聞いてくださいませ」

「体が治ったらいくらでも聞いてやる!諦めるな!」

 そう言って体を持ち上げようとするヴェルノの手をエリザは拒むように押し除けた。

「大切なことですので伝えられるうちに・・・。私を輝葬した後、この子は大きな運命を背負うことになりましょう。それは、この子とのつながりを残したいがための私のエゴでもあります」

 エリザはそこで大きく咳き込み、大量の血を吐いた。

「もう、無理をするな!村までいけばきっと助かるから!」

 ヴェルノが心配そうに眉をひそめるが、エリザは首を横に振って続ける。

「・・・それでも、この子にはそんな運命などに翻弄されることなく自由に世界を羽ばたいてほしいと願っています。・・・ヴェルノ様、アスにそれと分かる変化が訪れましたら、・・・どうか、どうか双極分枝で輝葬師の洗礼を受けさせて、この子に自由を与えてくださいませ」

「わかった、わかったからもう無理をするな」

 伝えるべきことを伝えられた安堵感からかエリザは大きく息を吐いてから、ベビーバスケットへ慈しむような視線を向けた。

 ヴェルノがその意図を察して、アスをバスケットからエリザの胸元へ移動させる。

「アスごめんね、もっと貴方と一緒に過ごしたかった。・・・貴方に会えて幸せだったよ」

 エリザが眠るアスの頬をそっと撫でて微笑む。

「・・・私もジルクも、・・・常に貴方の幸せを願っています」

 そう呟いてまもなく、エリザの手が力無く地に落ちた。




 おそらく実の母と思われる人物の予期せぬ登場に、
心を大きく揺さぶられたアスは、光の糸を切ることが出来なかった。

 それどころか、その揺さぶりは輝葬の集中をも大きく乱し、一度は取り戻した体の支配権を喪失するに至っていた。

 アスが再度支配権を取り戻そうとするが揺さぶられた心は中々落ち着かず、上手く集中できない。そんな中、また次の記憶が再生され始めた。

 同時に胸元が焼けるように熱くなる感覚が生じる。どの程度の時間が流れたのか分からないがもうそんなに猶予はないことだけは確かだった。

 このままではまずいという思考が更にアスの焦りとなって集中を削いだ。



 礼拝堂で輝葬の様子を見守っていたオーべが不安そうに自身の腕時計を見た。

 時計は無機質に時を刻んでいる。

「フランケさん、もう六分を超えるぞ。本当に大丈夫なのか?」

「先ほど手が動いて輝核を上昇させる動作が見られたということは意識乖離を脱した証拠。ゆえに大丈夫と判断したのですが。・・・まさかここから動かなくなるとは」

「駄目そうなのか?もう止めた方がいいのか!?」

 オーべが今にも駆け出さんとする様相でフランケに指示を仰ぐが、フランケも判断に迷っているようでなかなか明確な指示を出さない。

「・・・やむを得ません。オーべさん、止めましょう」

 少し思案してからフランケが決断した矢先、礼拝堂に大きな衝撃が走り、重低音の地鳴りと共に礼拝堂全体が振動する。

「ああぁ・・・」

 その衝撃に、フランケが嘆くような声を発しながら、力無く膝から崩れ落ちた。

「オーべさん、・・・申し訳ない、完全に私の落ち度です」

「何を仰ってるんですか!?」

「今しがたの振動、おそらくアスさんの輝核排出が始まったのでしょう。こうなっては最早手の打ちようはありません」

「なっ!?」

 オーべが慌ててアスに視線を向けると、アスがゆっくりとその場にひざまずき項垂れる様子が映った。

 その後、排出されたアスの輝核は激しく発光しながら、上空で浮遊したままのヴェルノの輝核に引き寄せられるように同じ高さまで上昇する。

 生者であるアスの光の糸は死者のものと比べて太く短く強い力を有していることもあって、輝核の上昇に伴ってアスの胸元を釣り上げた。

 結果、アスは、宙に浮かぶ輝核に向かって胸を突き出し、仰け反るような格好となった。

 背面にいるオーべ達にはだらんと逆さに垂れるアスの顔が見えた。その目は閉じられており、顔色にも正気は感じられない。

 輝核排出の影響からなのか礼拝堂の振動に合わせて徐々に大気の振動も大きく荒々しいものに変化していく。

 周囲にいた調査団も異常な事態に陥っていることを認識したようでざわつき始めた。

「・・・まもなくお互いの輝核が融合のため引かれあって衝突します。その衝突の余波でそれぞれの光の糸が切断され、二人の輝核は双極まで送還されることになるでしょう」

 フランケは肩を震わせながら、祈りを捧げるように目を閉じて手を合わせた。

「誠に、誠に申し訳ない」

「くそっ!他に打つ手はないのか!」

 オーべはやり場のない怒りから、ただただ強く拳を握りしめた。

 爪が食い込み血が垂れる。それでもオーべの力が緩まることはなかった。

 そんな中、突如アスの光の糸がバチバチッと激しく電気火花を散らす。

「つ、次は何だ?」

 不可解な現象がオーべの怒りの感情を緩め、一気に困惑の色に塗り替える。

 怪訝そうな顔でオーべがフランケを見つめるが、フランケも何が起こっているのか分からないといった様子で頭を振った。

 火花はどんどん強くなり、やがて光の糸を伝ってアスの輝核と体の間を青白く激しい閃光が幾重にもほとばしる。

 あまりの眩しさに目を細めるオーべが僅かな変化に気づいた。

「輝核が・・・、輝核が下降している?」

 激しい閃光とともに輝核がアスの胸元にゆっくりと下降を始めたのだ。

「まさか、戻ろうとしているのか!?」

 輝核はそのままアスの胸元に着地すると吸い込まれるように体内に入る。

 瞬間、オーべの視界が眩む程の真っ白い光が放たれる。続いて大地を揺さぶる大きな衝撃が礼拝堂を突き抜け、大量の粉塵が舞い上がり足元の小石がつぶてとなって多方に拡散した。

 数秒の後、光が収束し視界が回復するとそこにはふらつきながらも自らの足でしっかりと立ち上がり、再度ヴェルノの輝核を見つめるアスの姿があった。

 礼拝堂内の地響きや大気の振動も収まり、場は一転して静寂となる。

 アスの周囲ではエネルギーの残滓が時折青白い電気火花となってパチッパチッと弾け、静寂の中にあって、その弾ける音だけがやけに大きく反響していた。

 アスが大きく深呼吸をしてから、ゆったりとした動作で両手をヴェルノの輝核の下に添える。それからその手を慎重かつ丁寧に押し上げた。

 やがて張りつめた光の糸は音もなくプツリと途切れ、断面から若干の光の粒子を撒いた。

 激しく発光していたヴェルノの輝核は穏やかな光を放ちながら、アスの手の平の上でフワフワと漂っている。

 天井の巨大な穴から降り注ぐ陽光が、荒れた礼拝堂の一部を照らす。

 そんな中、首から上を失ったラウル像の前で輝核の淡い光に照らされるアスの姿は、何故かオーべ達に神秘的なものを感じさせた。

「おおぉぉ、まさに奇跡!ラウル様の御加護じゃ!」

 フランケが涙を浮かべて咆哮するように叫び、オーべはすぐにアスの下に駆け寄った。

「アス!大丈夫か!?」

「すみません、一瞬意識が飛んでしまいました」

「心配したぞ!体はなんともないのか?」

 少し疲れた表情をしつつもアスはニッコリと微笑み頷いた。心なしかその瞳は少し紫がかっているようにも見える。

 心身に何か変化があったのではとオーべが心配そうにアスの瞳をじっと見つめたが、それは錯覚だったのか、アスはいつも通りの澄んだ青色の瞳でオーべを見返していた。

「オーべさん?」

「いや、なんでもない。それにしてもよかった、本当によかったよ」

「はい、気を失った後から何故か体が軽くなって。・・・もしかしたらお父さんが危なっかしい僕に力を貸してくれたのかもしれませんね」

 はにかむように笑みを浮かべるアスが、手の平で漂う輝核に顔を向けた。

「お父さん、・・・今までありがとう。これから僕は僕の道を歩みます。本音を言えば、まだ心の整理がついたわけじゃないし、心細いし、寂しい」

 そうこぼすアスの目にじわりと涙が滲む。だが、真っ直ぐに輝核を見据えたその目には力強さも感じられた。

「だけど、頑張って精一杯、自分の道を生きていくから見守っていてね」

 アスがすっと手を引くと、輝核は一度瞬き、暖かい光を放ってから上昇を始めた。

 輝核は天井の大穴付近に辿り着くと一気に加速し双極に戻るべく大空へ飛び立つ。

 ほどなくして輝核を失ったヴェルノの肉体は光の粒子となり、大気に吸収されるかのように霧散した。

 オーべとアスはヴェルノとの別れを惜しむかのようにしばらくの間、大穴の底から輝核が飛び立った空を見上げていた。

 その足元では、ヴェルノの遺品である銀と黒のマーブル模様のブレスレットが僅かな陽光を反射し、一度だけ仄かに煌めいた。
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