命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

三章終幕 「その羽を広げ、大きく飛び立つ鴉」 一

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 ヴェルノの輝葬から五年の月日が流れ、アスは十五歳となっていた。

 この五年、アスはディオニージのはからいでシオンと共にエラルの従者として貴族学校に通っていた。

 貴族学校に通っている間もオーべの協力の下、ジゼルの情報収集を続けていたが有益なものはなく、依然として行方は分かっていない。

 また、ヴェルノの記憶で得たエリザとジルクという人物についても調べてもらったが、輝核台帳において非開示となっている人物であるということ以外、何も分からなかった。

 各地では相変わらずフレアの被害が散発的に発生していたが、黒フレアに関して言えばボルプスでの出現を最後にその動きはなく、目撃情報すら全くなかった。

 アスは晴天の空を見上げ、手首に装着した黒と銀のマーブル模様のブレスレットを触りながらそっと目を閉じる。

 心地の良い風が吹き抜け全身を撫でた。

 ここは王都ユト・リセゼテアの王郭内にある貴族学校で、アスはその校舎屋上にある貯水タンクの脚に寄りかかっていた。

 あまり人がよりつかないこの場所は、考え事をするのにうってつけで、アスが特に好んで利用している場所だった。

 先ほどまでアスが屋上から見下ろしていた校庭の草木には、開花に向けて大きく膨らんだ花のつぼみが沢山ついている。

 そんな春の訪れを感じる今日、エラル、シオン、アスの三名は貴族学校の卒業の日を迎えていた。

「アス!やっぱりここにいたのか。もう卒業式が始まるから教室に集合しろってさ!」

 アスが声の方へ視線を向けるとそこには背が伸びて少し大人びたエラルの姿があった。

「ああ、もうそんな時間?ありがとう、わざわざ呼びに来てもらって」

「全くだよ、なんで従者を主人が呼びに来るんだよ!逆だろ普通」

「ははは、ごめん、ごめん」

 ムスッとした表情をするエラルにアスが笑顔で手刀を切りながら歩み寄る。

「まぁいつものことだからいいけどさ。さぁ行くぞ」

 エラルは踵を返すと屋上の出入り口に早足で向かう。
 その背中をアスも早足で追った。

「やっと戻ってきたね。また屋上で考え事?」

 教室に戻るとシオンが声をかけてきた。その成長した姿は、まだあどけなさは残るもののの少女から女性の色合いが強くなった印象を受ける。

 白くきめ細やかな肌に切れ長の目、整った容姿に落ち着いた性格は可憐で清楚という言葉が相応しく思えた。

 そして、その耳には五年前から変わらずに、漆黒の石がついたピアスが装着されている。

「うん、ちょっと思うところがあってね」

「ふーん。あっエラル、ノイシュが探してたよ。卒業式後のことを話したいって」

「ノイシュが?・・・うーん、生真面目なあいつのことだから卒業式の後で配属先に挨拶に行こうとか言いそうで嫌だな」

 エラルが眉間に皺を寄せて面倒くさそうな表情をした。

 エラルは卒業後、統政府 治安局 王都治安本部 内郭北区治安部 副部長という長ったらしい肩書きを持つことが内定している。

 ノイシュという同級生は三等貴族、俗にいう下級貴族の出で同部の三区治安課 主任としてエラルの部下になる予定の男であった。

 貴族の身分にあって士官学校に進まない者は、所有する領地を統べるための後学として卒業後三年は王都で働くことが義務となっているのだ。

 ちなみに家の長子ではない場合、幹部候補生としてそのまま役割を継続し、ゆくゆくは国の重要なポストに就くという道を選択する者も多くいる。

 今回エラルに与えられた役職は六華の子息であったとすればあり得ないくらいに低いが、二等貴族として考えればそれなりに優遇された立ち位置でもあった。

「しょうがない。もう時間が無いということで後回しにしよう」

「いいの?」

「いいの、いいの、生真面目ノイシュに合わせて行動してたら身体がもたないからな」

 エラルが手をひらひらさせながら、やる気のない口調でシオンにそう返すのと同時に魔伝機による校内放送がかかる。

「卒業生は二階大ホール前に集合してください。繰り返します。卒業生は二階大ホール前に集合してください」

 その放送を皮切りにガヤガヤと雑談していたクラスのメンバーが一様に教室から移動を始めた。

「お、本当にもう時間のようだな。二人とも行こうぜ」

「うん」

 エラルの促しに応じて返事をしたアスとシオンは、エラルに追従する形で二階大ホール前に向かった。

 その後、式は卒業証書授与、学長の祝辞、来賓の祝辞、優秀者の表彰、在校生の送辞とつつがなく進行し、卒業生の答辞を残すのみとなった。

 答辞は一等貴族、即ち上級貴族であるティバルトという首席の男子生徒が行う予定である。

「実技は圧倒的に一番だったから、もう少しちゃんと勉強してればエラルが首席だったのにね」

 シオンが壇上に上がるティバルトを見つめながら残念そうに呟いた。

 その右隣に座るエラルの胸元には、先程の表彰式で授与された最優秀武芸者の証である金バッジが光っていた。

「首席とかどうでもいいよ。それに本当の首席はアスだからな。貴族以外は序列から除外される制度だからしょうがないとはいえ、ティバルトも不本意そうだったよ」

「でも実技の成績はアスよりもエラルの方が上だったでしょ?だから勉強さえしてればエラルが名実ともに首席になるんじゃない?」

 その言葉にエラルは少しムスッとした表情をした。

「アスの魔操適性は補助系統の衛浄系だから総合的には俺の方が上になるけど、単純に剣の腕だけなら悔しいけどアスが一番だよ。魔操無しの模擬試合は最後までアスに勝てなかったからね」

「そっか」

「でも、魔操有りなら僕はエラルに一度も勝てなかったけどね。それにティバルトだって最終筆記試験は一番だったんだから、みんな正当な評価を受けてると思うよ」

 シオンの左隣に座るアスが、壇上で答辞を読み上げるティバルトを真っ直ぐに見つめながら、二人の会話に混ざる。

「まぁここでウダウダ言っててもしょうがないことだけどな。そういえばアス、明後日の件だけど準備は進んでるのか?」

「・・・うん、みんな正心の儀も終えて成人したし、今日の卒業も無事迎えられたから、明日支度をして予定通り明後日には旅立つよ」

「そうか、まぁそれぞれ大人になったんだし各々好きな道を行けばいいとは思うけど、そんなに慌てて旅立たなくてもいいんじゃないか?」

「この日を迎えたらお姉ちゃんを探すって前から決めてたからね。ネイハムさんには本当に良くしてもらったから恩返しができないことは心残りだけど」

「ネイハム兄様はそんなこと気にしないよ。・・・俺とシオンは今日明日と色々用事があるから手伝えないけど明後日はちゃんと空けてあるから勝手に旅立つなよ」

「大丈夫だよ、流石に勝手に出て行くことはしないさ」

「絶対だぞ!」

 アスが分かったとエラルに頷きを返すのと同時に、周囲から盛大な拍手が巻き起こった。

 どうやら答辞が終わったようで、ティバルトが壇上でお辞儀をしている。

 卒業生全員の門出を祝福する盛大な拍手の音はしばらくの間、大ホールに鳴り響いた。
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