命導の鴉

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第四章 星天燃ゆる雪の都

二幕 「鴉の品格 前」 二

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 クレムの話を聞いて急を要する事態だと判断したアス達は、すぐにルフェコの東にあるユージャ村を目指して出立する。

 ユージャ村はルフェコから然程遠くはないが、昼を過ぎてからの出立で、かつ日が落ちる前までに辿り着こうとするとかなりの早足にならざるを得ない。

 老体には厳しい行程になるだろうということで、クレムは明朝出発することにして、三人だけで村へ向かっていた。

 夕刻頃、三人はユージャ村の入り口に辿り着く。早足で駆けたこともあって、三人ともにそれなりの疲労の色が見えた。

「お、看板だ。村への案内板かな?」

 額の汗を拭いながらエラルが道の脇にある木製の看板に書かれた文字を読む。そこには『この先 ユージャ村』と書かれていた。

「よかった。なんとか日没前には着けたね。とりあえずクレムさんに言われた通り、村長さん宅に向かおう」

 三人は看板の前で深く呼吸をして乱れた息を整えてから村内に足を踏み入れた。

 だが、アスは村に入ってすぐにその足を止める。

「どうしたアス?」

 怪訝そうにエラルとシオンが視線を向ける中、アスはゆっくりと首を横に振った。

「残念だけど、微弱な輝波を感じる」

「そうか・・・、駄目だったか」

 アスの言葉の意味を察した二人は肩を落として、落胆の表情を見せた。

「・・・とりあえず先に進もう」

 村の道中で見かけた住人に村長宅を教えてもらい、その通りに村の中を進むとやがて茅葺き屋根の大きな家が見えてきた。

 アスはその家の扉の前に立って金属製のノッカーでノックしてからごめんくださいと声を発する。

 しばらくして扉が開き、中から年老いた女性が顔を出した。

「・・・どなたでしょう?当家に何かご用ですか?」

 女性は暗い表情でボソボソとしゃべり、暗い雰囲気を放っていた。

 クレムの依頼でここに来たことを伝えると、女性は合点がいったのか頭を下げてからどうぞと三人を中に招き入れ、応接間に案内してくれた。

 村長宅というだけあって、応接間はかなり広い。

 その応接間には村長と思われる男性の老人と旅装束に身を包んだ二十代くらいの男が二名、ソファに座っていた。

「君達は?」

 老人は訝しげな表情でアス達に視線を向ける。

「クレムさんの依頼で来られたそうですよ」

 先程の女性がそう言うと、老人は納得したかのように頷いた。

「そうか、クレムの・・・。私はこの村の村長をしておりますマールトンと申します。案内したのが家内のリンザです。さぁどうぞ、あなた方もおかけになってください」

 マールトンに促されるまま、アス達はソファに腰を下ろす。

「さて、こちらの二人には少し話をしていたところでありますが、改めて最初からお話しをさせていただきましょう。御二組ともあらかたの話はそれぞれの依頼主から聞いているかと思いますので重複する部分もあるかと思いますがご容赦いただきたい」

 マールトンは深く息を吐いてから、重々しい口調でゆっくりと喋り始めた。

「皆様に依頼したい内容は村から続く森に発生したニードルリーパーと呼ばれる蟲の討伐と我が孫ラナセスの捜索です。四日前の朝、ラナセスは妹のオレリアと共に山菜を取るために山に入ったんですが、そこで運悪くニードルリーパーの縄張りに入ってしまったようなんです。ラナセスがその蟲を足止めしている間になんとかオレリアだけが村に逃げ帰ってこれまして・・・。オレリアから話を聞いた我々はすぐにラナセスの救助に向かいましたが、森にいたニードルリーパーは通常の四倍程のでかさで、更にそれが大群となってひしめいていたため、どうにもならないと判断して引き返してきたのです。今もラナセスは帰って来ていません。・・・それで救援を求めるために村人数名がルフェコに向かい、皆様方にお声がけをした次第です」

 村長が話した内容は、アスがクレムから聞いた話とほぼ相違なかった。

 付け加えるとすれば、クレムが軍施設に掛け合うも忙しくて兵の派遣までに時間がかかると言われたこととラナセスが生存している可能性があると聞いていたことだ。

 そのため、アス達は慌てて村に駆けつけたのだ。

「失礼ですが、この村で今現在、輝葬待ちとなっている、その・・・御遺体はありますか?」

 アスが村に入ってから感じている輝波が本当にラナセスのものであるのかを確認するために質問するが、マールトンは寂しそうな表情をしてただ俯く。

 代わりに先に来ていた二人の男の内の一人が答えた。よく見ればこの男も青い目をしている。

 かなり使い込まれた旅装束に身を包んでいることから双極専属の輝葬師ではなく、アスと同じ鴉であると思われた。

「若いがお前も輝葬師のようだな。・・・残念だが、その質問には俺が既に『ない』と返答をもらっている。つまり今お前が感じている輝波はラナセスのものでほぼ間違いないということだ」

 この不躾な質問が二度目であったことを知ったアスは慌ててマールトンに頭を下げた。

「すみません。そうとは知らず嫌な思いをさせてしまって」

「いや、いいんです。必要な確認なのでしょうから。ただ、孫を失ったという事実はやはり苦しいもので、少々言葉に詰まりました・・・」

 その心中を慮ってアスが小さく頷く。しばしの間、皆沈黙した。

「・・・さて、マールトンさん。つらいところ悪いが、話を先に進めたい」

 輝葬師の男が静寂を破って口を開く。

「依頼内容については承知したが、今の話だとそのニードルリーパーは恐らく大型変異種と思われるため討伐となれば高くつく。捜索費と合わせて前金二千べトラ、成功報酬八千べトラの計一万べトラで請け負うがいかがか?一応、伝えておくが今回は輝葬がほぼ確定的な状況だから、双極に頼めば無償でやってくれるだろう。だが、双極の輝葬師は人手不足で忙しいから対応までに時間を要する懸念があるし、更にニードルリーパーは縄張りを犯さない限り人を襲うことはないことから時間にも猶予があるため、かなり後回しにされると思われる。その辺も考慮して判断してほしい」

「い、一万ですか・・・。早く対応してほしいとはいえ、とてもそこまでの余裕は・・・」

 金額を聞いたマールトンは青ざめた表情で首を振った。

「そんなの俺たちだったら成功報酬千べトラでも十分だよ!なっアス!」

 突然、エラルが立ち上がって声を上げる。恐らく困っている人を助けたいという一心であっただろうが、今度はアスが青ざめた表情となった。

「駄目だよエラル!・・・他の輝葬師が依頼者に契約条件を提示している最中に割って入るのは重大な違反行為になるんだ」

「えっ?そうなの??」

 エラルが驚いた表情でアスを見返す中、輝葬師の男が舌打ちをしながらアスとエラルを睨みつけた。

「おい、ちゃんと衛士の教育くらいしておけよ。ったく、交渉が台無しだ。お前らこの責任をどうとるつもりだ?」

 大声ではないものの明らかに怒りのこもった声色を放つ輝葬師の男に対して、アスはやむなく頭を下げる。

「・・・すみません。今のは完全にこちらの落ち度です。もし先程エラルが言った条件でマールトンさんが契約するというのなら、僕たちが討伐と輝葬をして、そのうえで報酬は全額お渡しいたします」

「ほー、仕事はお前達がして金は全部俺たちが貰えるってことか?ちなみに双極から支払われる輝葬報酬は?」
「それもお渡しいたします」

 アスの全面降伏の提案に輝葬師の男はニヤリとして頷いた。

「殊勝な心がけだな。まぁ当然か。こっちとしては一万ベトラの商談をぶち壊されたんだからな。・・・マールトンさん、こいつらが千ベトラで請け負うらしいが契約はどうする?」

 先程の怒りが尾を引いているようで、輝葬師の男は少し乱暴な口調である。

「わ、私としては、その、千ベトラであればお願いしたいと思いますが・・・」

 男の問いにマールトンが怯えるような小さな声で答える。

「なら、契約は成立だな。今日はもう日が暮れたから出発は明日でいいだろう。明日、お前らは蟲を討伐しラナセスを輝葬する。そして、その報酬は全部俺たちに渡す。それで異存はないな?」

「ええ、それで構いません」

 アスが頷くと輝葬師の男は満足そうに頷きを返した。

「よし、それじゃあ後の細かい段取りは仕事を請け負ったお前達に任せて、俺たちは宿に向かわせてもらおう。・・・あと森に出発するときは俺たちに声をかけろ。よもや逃げるなんてことはないと思うが、念のため俺たちも見張りとして森へ帯同させてもらうからな」

 そこまで言うと輝葬師の男と仲間の男はソファから立ち上がり、そのまま振り返ることなく村長宅を出ていった。

「・・・すみません、荒々しい雰囲気にしてしまって」

 男達が去るのを見届けてからアスはマールトンに深く頭を下げた。エラルもバツが悪そうな表情で一緒に頭を下げた。

「お二方とも頭を上げてください。よかれと思っての発言だったのでしょうから気にいたしません。むしろ千ベトラで請け負っていただいて感謝しているくらいです」

「そう言っていただけると心が軽くなります」

 張り詰めた雰囲気が和らぐと同時にマールトンの表情からも緊張の色が消えていく。

「この後はいかがすればいいでしょうか?」

「こちらの捜索依頼書に捜索対象者のお名前と依頼者であるマールトンさんの署名をお願いします。続いて下の報酬金額を記載いただき、最後に輝印を押していただければそれで手続きは完了です」

 マールトンは頷いてアスが差し出した紙を受け取ると必要事項の記載を始める。

 ふいに応接室の扉が開いた。アス達が視線を向けると、そこには幼い少女がクマのぬいぐるみを抱えて立っていた。

「おじいちゃん、お話は終わったの?・・・この人達がお兄ちゃんを助けてくれるの?」

 少女は弱々しい声色でマールトンに問いかける。

「すまないな、オレリア。もう少しで終わるから部屋で休んでいなさい」

 マールトンが優しく声をかけるが、少女は頭を振ってから、アスの方に向かってゆっくりと部屋の中を進む。

 近くまで来ると少女の目は腫れぼったくなっており、更に充血していることが分かった。おそらく今ほどまで泣いていたのであろう。

 マールトンがオレリアと呼んだことから、アスはこの少女が森から一人帰ってきたラナセスの妹だと理解した。

「・・・大丈夫だからって、必ず戻るからって」

 オレリアの目が次第に涙ぐむ。

「お兄ちゃんは今まで嘘を言ったことなんて一度もない。多分沢山の蟲に囲まれて困っているだけなの。きっと、きっと今も怖い思いをしながら一人で助けを待ってる。・・・だからお願い、お兄ちゃんを助けてあげて」

 ボロボロと溢れる涙を袖で拭いながらしゃくりあげるようにオレリアは泣いた。

 アスは立ち上がってオレリアに真剣な表情を向ける。既に輝波を感じているこの状況にあっては、おそらくこの少女の期待には応えられないだろう。

 そう考えるアスの心中は穏やかではなかったが、それでもできるだけ柔らかい声色を心がけてオレリアに語りかけた。

「オレリアちゃん、お兄ちゃんは僕たちが必ず探し出すよ」

「うう、お兄ちゃん、会いたいよ」

「・・・リンザ、オレリアを部屋で休ませてあげなさい」

 弱々しいマールトンの言葉を受けてリンザは一つ頷くと、泣き止まぬオレリアの肩に手をそえて一緒に応接室を出た。

「兄妹の両親にあたる私の息子夫婦は三年前に事故で亡くなっておりましてな。その寂しさもあってか二人は何をするにも一緒で・・・、本当に仲のいい兄妹でした。だから今回の件は不憫でならない。あなた方が感じたという輝波の件、何かの間違いであってほしいと切に願います」

 顔の前で手を組み肩を振るわせるマールトンの頬を一筋の涙が伝う。

「・・・出来る限りの手は尽くします」

 悲しみに暮れるマールトンに対して、アスはやるせない面持ちで頭を下げた。
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