命導の鴉

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第四章 星天燃ゆる雪の都

五幕 「邂逅」 一

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 ゼラモリーザの麓にあるラウル教の社に向かって、アスは先を行くシオン達の足跡をなぞるように一歩ずつ雪道を進む。

 昨日の話し合いは、ユフムダルには引き返さず、予定通りゼラモリーザを目指そうということでアスたちの意見は一致していた。

 その結果を受けて昨夜過ごした建物を早朝に出発した一行は、昼頃には社までもうすぐというところまで来ていた。

 昨日に比べると穏やかな天候で、風は弱く降雪も無い。だが、相変わらずの曇り空で一帯は薄暗く見通しは悪かった。

 社に近づくにつれて気温もぐっと下がり、寒さが身に染みる。

 呼吸をする度に吐いた息が大きな白いモヤとなって消える様子が余計に寒さを感じさせた。

 アスは殿として最後尾を歩いており、すぐ目の前にはエラルがいる。その少し先にシクステンとモードレッドが続き、更にその先に隊列の先頭を務めるシオンとレンの姿があった。

 シクステンの歩き方は少しぎこちなく雪道を歩くだけで精一杯と言う様相であり、その影響もあって一行の進行速度は若干遅い。

 モードレッドの見立てでは、鋭利な刃物で切断された足の腱を下手な活性魔操で無理矢理に治したために、腱が変な状態で繋がってしまったせいであろうとのことだった。

 そんな状態のシクステンにとってゼラモリーザまでの道のりは過酷を極めるだろう。それにも関わらず、ここまで文句の一つも言わず懸命に前に進む姿を見せるシクステンにアスは若干の不自然さを感じていた。

 もしかしたらこの男もゼラモリーザの社に行くつもりだったのではないかと。

 そんなことを考えていると、ふと目の前を歩いていたエラルが速度を緩めてアスの隣に並んだ。

「アス、そろそろ社に着くかな?」

「あ、うん。多分あと一時間もかからないんじゃないかな」

「そうか。それにしても、シオンが元気になってよかったよな」

 エラルはそう言うと前方で楽しげにおしゃべりをするシオンとレンの二人に視線を向けた。

「そうだね、レンのおかげかな」

「ああ、昨日の落ち込みようにはかなり心配してたけど、レンが部屋に入るなりすぐに二人の笑い声が聞こえてきたんだからな。まったくあれには驚いたよ」

「そうそう、意気投合したからってその後も二人で一晩中話をしてたっていうんでしょ?朝その話を聞いた時は流石に唖然としちゃったよ」

「だな。女子同士だとああも違うもんなのかね」

「ほんとに」

 アスとエラルがお互いに顔を見て苦笑いをする中、二人の話が聞こえていたようで少し前を歩くモードレッドが振り返って話に割り込む。

「そうは言うが、わしからすれば童がノエル家のエランドゥール卿であったということの方が驚きじゃったがな」

 ニカっと笑うモードレッドを見てアスは一つ頷いた。

「たしかに。ノエル家の血族が鴉の輝葬衛士をやってるなんて思いませんよね」

「うむ」

「うーん、あんまりノエル家の話を持ち出されるのは好きじゃないんだよなぁ。昨日も言った通り、お互い家柄のことは忘れてただの旅人同士ってので頼むよ」

「ほっほ、そうじゃったな。レン様も歳の近いシオンさんと行動できてうれしそうじゃし、お主達と行動を共にできてよかったよ」

「はは、そりゃまぁじいさんとの二人旅じゃ流石に退屈だよな」

「ほぅ。・・・童、ただの旅人同士なら年長者に対する失礼な発言にゲンコツは構わんよのう?」

 モードレッドは笑みを浮かべたまま、胸の前で拳を力強く握りしめた。

「いっ!?冗談だって!そんなに怒んないでよ」

 必死の形相をして両手で頭を庇うエラルの様子を見て、モードレッドが大きな声で笑う。

「かっかっか、わしも冗談じゃよ。さてとおしゃべりはこれくらいにして先に進むかいのう」

 再び前進するモードレッドの背中を見ながらエラルは安堵の表情を浮かべてふぅと息を吐いた。

「まったくもう、あのじいさん冗談がきついよ」

「ふふ。さぁ僕たちも進もう、エラル」

 それからしばらく雪道を歩き続けたアス達は、ようやくゼラモリーザの麓にあるラウル教の社に到着した。

 社は三十メートル四方、木造造りの平屋建てで、梁や柱、門、扉など随所に彫刻が施されている。

 各個の彫刻はそれぞれ九系統の魔力、すなわち熱火、水氷、風音、活性、衛浄、雷光、封陣、震重、魔吸を現しており、これら彫刻の全てをもって星の命を表現しているとされていた。

 星の命を現す彫刻が社の荘厳な様相を演出する中、更に神秘的ともいえる光景がアス、エラル、シオン、レンの四名を驚かせる。

 それはこの雪山にあってこの社の一帯だけ全く積雪がなく、ここが雪山であることを忘れさせるくらいに暖かく穏やかな環境を作り出していたことであった。

「不思議な場所ね・・・」

 社がある一帯を眺めながらシオンがポツリとこぼす。

「この場所は常に高密度の魔力磁場が発生しておってな、その影響でこのような現象が起きるらしいんじゃ。ちなみにこの現象がゼラモリーザを神山と呼ぶ一因にもなっておるんじゃよ」

「ねぇじい、中に入ってもいいの?」

「勿論、構いませぬよ」

 モードレッドが柔和な声でそう応じるとレンが満面の笑みを浮かべてシオンの腕を引いた。

「入っていいって!シオン姉様、早速中に入ってみようよ!!」

「あ、うん。アス、エラル、先に行くね」

 シオンはそう言うとレンに手を引かれて一緒に社の扉に向かって小走りで駆けていく。レンはシオンの二つ年下ということもあって、昨日からはシオンのことを姉様と呼ぶようになっていた。

「ほんと仲良いよな、あの二人」

「そうだね、ああやって見ていると本当の姉妹みたいだよね」

「ほほ、レン様には兄がおるのだが、こいつがまたかなりのうつけ者でのう。それもあってか日頃からシオンさんのような理知的な姉がほしいとぼやいておったから、余程うれしいのじゃろうて」

 目を細めながらレンの後ろ姿を見つめるモードレッドの言葉にエラルは首を傾げた。

「えっ?兄ってことはヴィロック家の者じゃないのか?それなのにその言い様って、じいさんにしては珍しく失礼な発言だな」

「おっと、これは余計なことを言ってしまったな」

 モードレッドはバツが悪そうに顎髭をさする。

「何か事情があるんですか?」

「うむ。まぁラースィアでは公になっていることだしお主らに話しても構わんかのう。・・・実はそやつは、レン様の母君であられるエリシア様がヴィロック家に輿入れする前にもうけた連れ子でな、ヴィロック家の血は引いておらずレン様とは異父兄妹にあたるんじゃ。なので、ヴィロック家には属さず立場としてはわしと同じヴィロック家の従者にあたるんじゃよ。いや、武術に関してはわしが師匠であるから、立場はわしの方が若干上になるかのう」

「ふーん、そっか。なんかややこしいんだな」

 エラルが腕を組んでそう言う横で、アスはなんとなくここまで聞きそびれていたことを問いかけた。

「モードレッドさん、もしかしてですがレンのお兄さんはセロロミゼだったりしますか?」

 その言葉を受けたモードレッドの表情が途端に険しくなる。

「むぅ、よく分かったのう。なぜそう思ったんじゃ?」

「えっと、実はここに来る途中のユージャ村で・・・」

 アスがユージャ村で見たラナセスの記憶のことを簡潔に語るとモードレッドは大きくため息を吐いた。

「なるほどのう。そんなことがあったとは。確かに話を聞く分にはその者はセロで間違いなさそうじゃな。あのたわけめ、内密に事を進めておったのにどこでレン様の巡礼のことを聞きつけたのか・・・」

「やはりそうだったんですね。正直、言うべきかどうか少し迷っていたんですが」

「いや、教えていただいてよかった。あやつから身を隠さなければならないという気持ちの備えが出来たからのう」

「あの、どうして身を隠す必要があるんですか?」

 アスの素朴な疑問にモードレッドは渋い顔をしてゆったりと顎髭をさすった。

「セロは妹のレン様を異常なまでに溺愛しておってのう、レン様が光武になることにはずっと反対しておるんじゃ。間違いなくあやつの目的は巡礼を妨害し、レン様を連れ戻すことじゃろうて。知っておるかもしれんがあやつはシンという力の適合者で常人のそれを遥かに超える力を持っておる。だからあやつに見つかって巡礼を妨害されるとなるとかなり面倒なんじゃよ」

「人類最強の男が妨害してくるってのか・・・、そりゃ面倒な話だな」

「うむ、本気のあやつを止めるのはおそらく志征の鳳であっても無理じゃろう。・・・レン様が光武になるのはヴィロック家のしきたりでもあるが、それ以上にレン様は人を救う力を得たいという大きな志の下、弛まない努力を重ねてきておる。だから此度の巡礼はなんとしてもやり遂げたいのじゃ」

「でも、ここまで来ればもう大丈夫じゃないのか?ここが最後の巡礼地なんだろ?」

「いや、一般の光武であればここで終いなのじゃが四天であるヴィロック家は最後にもう一つ、光武の開祖であるナラスラス様が生誕した地、即ち禁断の地セレンティートにある聖廟を訪れる必要があるんじゃ」

「げげっ、セレンティートにも行かないといけないのか!?セロロミゼが追ってきている中でそれはきついな」

「じゃがなんとかするしかない。まぁ一つだけ致命的な欠点があるセロがわしらに追いつくかは五分五分といったところじゃろうが」

「欠点?セロロミゼに欠点があるってのか?」

「ああ、意外かもしれんが実はセロはな、・・・想像を絶する程に極度の方向音痴なんじゃ」

「えっ?」

 モードレッドが真面目な表情でそう言うと若干の間をおいてエラルが肩を揺らす。

「ぷっ、くくく」

「え、どうしたのエラル。・・・まさか!?」

 不意に放たれた極度の方向音痴という言葉によって、エラルがユージャ村での出来事を思い出してしまったのだということに、はたと気付いたアスは、すぐにエラルをたしなめようとするがもう止まらない。

 エラルは腹を抑えながら大きな声で笑い始めた。

「あっはっは。だって、ふふ、流石にそのワードは不意打ちすぎるだろ。そんな真剣な表情でそれは駄目だって!ぶくぅ、くくく!」

「急になんじゃい、童」

「いや、ごめん、なんでもないんだ。くくく、ごめんごめん」

 手刀を切って謝るエラルであったが、笑いを堪えるために肩がプルプルと震えている。

「むぅ、よく分からんが、童のせいで一気に緊張感が薄れてしまったのう」

 その様子を見たモードレッドがやれやれといった様子でため息を吐いた。

 そんな中、なかなか社に入ってこないアス達に痺れを切らしたレンが、社の中から頬を膨らませて顔を覗かせる。

「ちょっと、じい!いつまで外で話をしているの!?早く中に入って案内してよ、待ちくたびれちゃった!」

「あいや、申し訳ない。今参ります」

 慌てた様子で頭を下げるモードレッドを確認したレンは、強い口調で早くしてねと念を押すと社の中に戻っていった。

「なんか締まらん展開になったが一旦話はここまでじゃな。皆、社の中に入ろうぞ。・・・シクステン、お主も一緒に中へ」

 モードレッドはここまで無言でじっと三人の様子を伺っていたシクステンにも声をかけると社に向かって早足で歩を進める。

 その背を追いかけるようにアス、エラル、シクステンの三名も社に向かって歩き始めた。
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